プロジェクト概要

 

〜広島市安佐北区の安芸飯室駅〜
81年間の歴史ある駅舎を修復し、人の集う場所を存続したい。

 

皆さんはじめまして。プラットホーム安芸飯室運営委員会と申します。

 

2003年に廃線となった広島市安佐北区の安芸飯室駅の駅舎で、3年前から地域野菜などの提供販売、イベント開催、ミニコンサートや学習講座などを行ない、週末は100人以上の方々が集う場所になっています。

 

私たちは、ここをもっと人の集まる憩いの場所にしていくために活動をしています。

 

しかし、81年間の歴史あるこの駅舎を、ただの人の集まる場所としてでなく、平和学習なども出来る意義のある場所にしていきたいのですが、現在、建物が古くなってきている関係上、すぐに修理を進めないといけない状況にいます。

 

修理箇所があれば、今まで有志で修復をしてきたのですが、

屋根の修理となると、危険なため素人では、なかなか手を出すことが出来ません。

 

そこで今回、本格的に業者の方に頼んで、

修復を行なうことになったのですが、その費用は150万円以上かかります。

 

そのような大きな金額を準備することが出来ない私たちは、今回こうしてクラウドファンディングという形でプロジェクトを立ち上げました。

 

歴史あるこの駅舎を後世に残していくためにどうかご協力をお願いでしょうか。

 

電車が通っていた頃の安芸飯室駅。

 

〜駅の歴史〜
 81年間多くの人に愛されてきた安芸飯室駅。

 

1936年に広島の可部線(鉄道路線)の駅として開通し、

81年間多くの人に愛されてきた安芸飯室駅。ここは多くの人の思い出で溢れています。

 

しかし、14年前の2003年に廃線となり、いまここで鉄道が走ることはありません。町の人口も10年間で減少し、高齢化率も24,2%から38,1%まで上がっています。

 

素敵な街をもっと賑わいのある街にしていきたい。

 

この駅が多くの人に愛してきたことを一生残していきたい。

 

人が集える交流拠点として保存していきたい。

 

そんな思いで立ち上がったのが私たち、安芸飯室駅プラットフォームです。

 

ハンギングバスケットの講習会の様子。

 

〜駅舎の復活〜
 14年間、放置されて廃墟同然だった安芸飯室駅。

 

そんな私たちは、14年間放置されてきた安芸飯室駅の駅舎を

3年前から利用し、手作り雑貨、地元野菜の販売を始めました。

 

約1年前からはピザ窯を作り、ピザ、コーヒー、ケーキなどの提供も始め、他にもハンドメイドマルシェ、篠笛コンサート、ハンギングバスケット講座、折り紙講座などを開催し、世代間交流も増えています。

 

さらには、婚活パーティーイベントも2回開催し、

一組がそこで結婚したという話も頂き、嬉しい限りです。 

 

このように昔とは違った愛され方をしてきた安芸飯室駅。

 

私たちはこの駅がこれからも

ずっと憩いの場所となるように願いを込めて運営を続けています。

 

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安芸飯室駅で様々なイベントが行われ、地域の人が集まる場所になっています。

 

〜駅舎の現状〜
 突風の影響で屋根の一部が落下。

 

しかし、出来てから81年間経っているが故に、

建物のいろいろな箇所が少しずつ壊れています。

 

その中でも昨年、突風で屋根の一部が落下し、豪雨の日は天井から雨漏りがするようになってしまいました。応急手当として近所の大工さんが無償で補修してくださったのですが、屋根は朽ち果てており、少しの衝撃で破損するとのことでした。

 

見えないところにも気を配ることが出来なかった私たちの責任で大変申し訳なく思っています。

 

これまでは壊れた箇所があれば、有志で外装の塗装、窓ガラスの修理、電気・水道の設置をしてきたのですが、素人が屋根に上がって作業するのは大変危険なため、今回仕方なく建設業者に依頼して、屋根の葺き替え工事をすることにしました。

 

しかし、屋根の修復にかかる費用は150万円以上・・。

 

私たちは有志で集まり運営しているため資金的に余裕があるわけではありません。

 

また、現在駅の所有権は広島市にあり、その広島市は駅周辺の管理を地元自治会に委ねており、修理改修については公的な援助はできないということになっています。

 

このままでは屋根の修復も間に合わなく、運営の危機に陥ります。そこで今回皆様にご支援いただき、安芸飯室駅を歴史的な木造駅舎として保存していけるようにプロジェクトを立ち上げたのです。

 

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屋根が壊れ、ボランティアで応急手当をして頂きました。

 

〜安芸飯室駅と広島原爆〜
 安芸飯室に多くの被災者が避難してきたという歴史。

 

1945年8月6日、世界で初めて原子爆弾が投下された町、広島。

当時、安芸飯室駅は終着駅で、多くの被災者が避難してきたという歴史があります。

 

駅周辺に住む方々は、汽車から降りてくる人々を家の雨戸を担架代わりに、お寺や学校に連れていき、手当をしたり、とにかく一人でも多くの方を救うために必死に動きまわったそうです。

 

これは、カフェに訪れた80過ぎにの女性が教えてくれた貴重なお話です。

 

また、「原爆の図」で有名な丸木位里は安芸飯室出身で、駅の近くに親戚の方が住んでいます。戦争を体験した人が減少していく中、経験者たちの証言は貴重です。

 

だからこそ、安芸飯室駅を楽しい場所だけでなく

平和学習もできる場所にもしていきたいと、周辺の方々は口を揃えて言います。

 

雪景色になった安芸飯室。四季によって全く違う雰囲気を出す場所です。

 

木造の駅は風情があり、保存してこれからも人の集える楽しい場所にしていき、そして地元の方々が人を感じたくなったら「よし、安芸飯室駅にいこう。」そう思ってくれるような、それがもっと当たり前になるような場所にしていきたいと考えています。

 

そのために、皆様のお力が必要です、どうかどうか暖かいご支援をお願い致します。

 

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