みなさん、こんにちは。
「義足の図書館」プロジェクト、チームメンバーの池田樹生です。

 

いよいよこのプロジェクトも残り14日となりました。

達成率も52%となり、「これまで応援いただいているみなさまの想いに応えたい」と、チーム一丸となって頑張っていますので、最後までどうぞ応援よろしくお願いします。

 

さて、今日はみなさんに、「僕自身の障害のイメージを変えたスポーツとの出会い」について話をさせてもらおうと思います。

 

僕は生れながら手足に障害を抱えて生まれました。

そのため、物心がつく前から義足を履いて生活をしていました。

 

 

幼かった僕は、自分に障害がある事は明確に理解しておらず、他の人より指の本数や形が少し違う程度の認識でした。

 

そんな僕が、初めて自分にある障害に気づかされたのが、小学校2年生時の体育の授業のことです。その日の体育の授業内容は、鉄棒。

 

自分の順番が回ってきた時に「他の人にはできることが、自分にはできない」事を身をもって知り、小学校2年生ながら、急に現実を突きつけられた感じがしました。

 

そこからは「自分にある障害=マイナス」と考え、葛藤の日々です。

 

そんなある日、僕は「自分にある障害が=プラス」に変わる「きっかけ」と出会いました

そのきっかけこそ「スポーツ」です。

 

男3人兄弟の末っ子として生まれた私は、幼い頃から兄の影響もあり、多くのスポーツに触れる機会がありました。

 

初めは兄たちに混じって、ボールを蹴ったり追いかけたり、投げたりする程度でしたが、だんだん自分のような体でも、何か工夫をすることで普通の人と変わらずスポーツができることを知り、その喜びや楽しさに夢中になっていきました。

 

 

中学生になると、サッカーやバスケといった球技に熱中する日々で、実は、今現在取り組んでいる陸上競技には、スポーツをはじめた当初は全く縁を感じていませんでした。

 

そんな僕に転機が訪れたのは、中学3年生の頃。

 

バスケットボール部に所属をし、バスケットボール選手になることを夢見ていた私は、毎日練習に明け暮れていました。

 

 

そんなある日、いつものようにシュート練習をしていると、シュートを打つ際に義足の部品を折って壊してしまいました。 

 

僕たちは義足を壊してしまうと、義足の製作所に行き、義足装具士の方に修理をして貰います。

 

その義足の製作所のロビーで出会った1枚の写真に、今まで感じた事のない衝撃を受けました。

写真には、1人のパラリンピック選手が、競技用の義足を履いて走ったり、遠くに跳んだりしている姿が収められていたのです。

 

その瞬間、心の中で「この競技用の義足を履けば自分も速く走ったり、遠くに跳んだりすることができるんだ」そう思いました。

 

それまで自分自身の中にあった、「義足だから陸上競技はできない」という考え方が覆され、「いつかパラリンピックという大きな舞台で、自分も活躍したい」と心の底から強く願うようになりました。

 

そしていま、僕はその想いを叶え「義足のランナー」として走っています。

 

 

こうしてスポーツは、僕に義足でも普通の人と変わりなく喜びや楽しさを感じれる事を教えてくれたのです。 

 

僕自身の人生の中において「きっかけ」という言葉はとても大切な存在です。

自分の障害のイメージを変えたのも陸上競技に出会えた事も、全て「きっかけ」と出会えたからこそです。 

 

僕はこの「義足の図書館」を、多くの義足ユーザーの方々にとって走る喜びを感じるきっかけになる、そんな場所にできたらと思っています。

 

 

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