プロジェクト概要

石巻牡鹿半島福貴浦の殻付牡蠣を販売する「かき小屋」を作ります!元気な浜を再生し、新しい雇用を生み出したい!

 

初めまして、かき小屋を運営している寺岡征己と申します。夢は「三陸かき小屋街道」を構築して広島や福岡の様に多くの牡蠣ファンが訪れてくれる魅力ある「三陸沿岸地域」を作り上げる事。震災前に戻るだけでなく、魅力ある三陸沿岸部を作り上げる事です。

 

宮城県石巻市の中心部にほど近い石ノ森萬画館南側に牡鹿半島福貴浦・鹿立浜の牡蠣を中心に取り扱う、浜の色が濃いかき小屋をオープンさせます!牡蠣生産者のモチベーションと収入の向上を、震災前よりも良い状況と未来に向けた新しい取り組みを自らの力でカタチに変えていく新しい手法です!当方の資本の少なさもありますが、責任を持った運営をお約束するために、今回はクラウドファンディングという方法で皆さんのご協力を頂けないかと思っています。

 

既に1棟目の建屋の建設と開店に向けた準備は着々と進んでおり、12月中旬までにはオープン出来ます。2棟目とキッズスペース構築を、皆さんの力と併せて作り上げていきたいと思います。

 

あと1棟の大型テントとそれに係る設備費用が足りません。皆様のお力をお借しいただけないでしょうか。

 

(かき小屋は新鮮な牡蠣を提供します。)

 

震災後、加工場が津波で損壊し、剥き身の出荷が出来ないために牡蠣の消費形態を模索したら、殻付牡蠣を使用する「かき小屋」しかありませんでした。


震災から11ヶ月後の2012年2月に石巻市渡波というところに「かき小屋」を作りました。それから1年9か月。多くのお客様に認知していただき、ご来店いただき、軌道に乗せることが出来ました。石巻地区には渡波以外にも多くの浜があり、そのほとんどが現在も完全復旧していないのが現状です。震災を機に生産を止めてしまった方々も多く、このままでは衰退の一歩をたどる牡蠣生産。それを食い止めるべく、2013年の年末に牡鹿半島福貴浦・鹿立浜の「荒波牡蠣」を扱うかき小屋を新規開業します。


300坪のかき小屋渡波では成し得なかった大型バスの誘致などにより、より多くのお客様にご来店頂ける様、2000坪の土地と96名収容可能なテント1棟は用意しました。但し、あと1棟の大型テントとそれに係る設備費用がどうしても捻出できませんでした。当面は1棟で営業いたしますが、この場をお借りしてもう1棟分の支援を賜りたくプロジェクトとして立ち上げた次第です。かき小屋渡波でノウハウは積んでいます。集客さえ間違わなければ間違いなく成功すると思っています。

 

今回の募集に際し、満額以上のご支援を賜った際には、あと1棟のテントの増築はもとより、大人がゆっくり炭火焼を楽しんで頂ける様に、キッズコーナーの新設や現在は荒れ地を均して除草しただけの駐車場の整備を行います。

 

(新規開業に向けての作業)

 

実は種牡蠣出荷量の8割に上るシェアを誇る宮城県石巻市ですが、市内で牡蠣を食べる事の出来る店舗などはほとんどないのが現状です。

 

種牡蠣とは、牡蠣の赤ちゃんの事で、採取できる海域は日本国内に多くはなく、石巻の牡鹿半島はその数少ない種牡蠣出荷が出来る海域です。

その種牡蠣を使って養殖のみを行う養殖地が国内に多く点在します。具体的には、宮城産の種牡蠣を使って養殖した「三重県の牡蠣」「広島の牡蠣」「北海道の牡蠣」というわけです。

 

現在の日本の特に宮城県の牡蠣の流通市場は「牡蠣の剥き身(漁協による共販出荷)」と種牡蠣出荷しかほぼ受け入れておらず、震災前も牡蠣を製品として売る市場がほとんどありませんでした。

それは現在も変わっておらず、 ですから当然その殻付牡蠣を消費できる飲食店も皆無に等しく現在に至ります。

 

(殻付牡蠣を消費できる飲食店を作りたい!)

 

かき小屋を始めた経緯

 

2011年3月11日の東日本大震災を受けて残りの人生をこの地で何らかのカタチで遂げようと決意。自営で設備のメンテナンス業を岐阜県で営んでおりましたが廃業し4月末に石巻入り。当初は個人ボランティアとして石巻市内の個人宅で瓦礫除去や家屋内の泥のかきだしを行っていました。


個人活動と並行してボランティア団体の自宅避難者への物資支援も行いつつ、崩壊したコミュニティ再生を狙い「昼間のディナーショー」形式の食と音楽を楽しんで頂けるイベントや音楽イベントを企画運営、その際に知り合ったプロミュージシャン達やイタリアンのシェフ達とはその後も良好な関係を築く事が出来ています。

 

(ボランティア時代に知り合ったミュージシャン達がかき小屋でライブを行う様子)

 

2012年2月。ボランティア中に知り合った牡蠣の生産者が仙台の会社と共同で「かき小屋」を立ち上げるという事で、そのお手伝い(雇われ店長)をすると言う事で参加したのが最初です。

何故かき小屋という形態かと言いますと、処理場がほぼすべて津波で壊滅したため剥き身の出荷が出来ず、かといって殻付牡蠣の出荷を行ったことがほとんどないために殻付牡蠣をそのまま出荷できる「かき小屋」しか有り得なかったのです。

その後仙台の会社から私個人がその権利全てを購入、現在に至ります。

 

私自身飲食業の経験は全く無いため、いろいろ苦労しました。

夏場には牡蠣を食べられないと思っておられる方が多く(自分自身もそうでした)、店舗の経営的には通年営業が非常に厳しい事。雇用を継続するためには夏場はバーベキュー小屋にするなど工夫が必要で、広島にも視察に行きました。(広島の一部は夏場バーベキュー小屋として通年営業しています)夏場はイベントなどを開催して集客する事や、出張販売などそれらをひとつづつクリアしていく事が出来ました。ボランティア時代に築く事が出来たミュージシャン達とのご縁も役に立っています。

 

震災前から過疎と高齢者化は深刻な問題で、特に1次産業である水産業は多くの他がそうであるように、構造変更が必要です。震災前の状況に戻るだけではダメだと思います。


農業の多くは「顔の見える直販」が進み認知されてきています。牡蠣養殖業も「共販」という「石巻万石浦産牡蠣」ではなく、「石巻万石浦の寺岡さんが育てた牡蠣」というカタチに変えて行けば、生産者のモチベーションも上がります。その為にも「殻付きの出荷」は定着させなければなりません。多くの若い生産者たちは望んでいるのです。


そんな中で「かき小屋渡波」は1年9か月で認知されてきました。去年4月には当初かき小屋渡波を立ち上げた会社も仙台市内に「かき小屋仙台港」をオープンさせて軌道に乗っています。気仙沼でも「かき小屋唐桑番屋」が順調です。去年年末にはかき小屋渡波の隣の浜にもかき小屋が開店し、もともとあった松島や塩釜のかき小屋と併せて近い将来には「三陸かき小屋街道」を構築し、広島のオイスターロードや、北九州のかき小屋街道の様に地域でお客様を誘致できるようになれば、三陸全体の活性化にもつながります。

 

(みんなが楽しんで牡蠣を食べるかき小屋を作りたい!)

 

三陸沿岸部の中心、石巻市の駅からもほど近い「かき小屋石巻」がオープンする事により、そのアウトラインも明確になります。何より、ここだけで新規の雇用が10名以上生まれ、石ノ森萬画館隣接という立地を生かして、新しい石巻市のランドマークになる事請け合いです。


今回のかき小屋石巻は、石巻市牡鹿半島福貴浦産の牡蠣をそこの生産者自らが主導する新しいカタチです。全ては、県外から来た私自身が、石巻が牡蠣の名産地だと知らなかったこと。そんな名産地なら何故牡蠣を食べられる店がないのだろうと疑問を思ったこと。ならば、牡蠣=三陸(宮城・石巻)ともっと認知させなければ!と思ったことが始まりです。

 

引換券について

 

引換券ですが、心を込めた手書きのお礼状から、牡蠣やホタテなどの海産物セットの送付。かき小屋ご招待に至るまで、三陸、石巻の魅力を感じていただける内容となっております。

 

かき小屋の招待券について

かき小屋石巻店もしくはかき小屋渡波店の営業時間内において、2時間以内の牡蠣を食べ放題。他の海産物やお飲物は含みません。牡蠣の種類はお任せいただきます。(1名様分に付き1名様食べ放題)

 

 


最新の新着情報