◆はじめに◆

 


みなさんこんにちは!月永悠と申します。

改めて自己紹介をさせていただきますね。

 

 

私は現在、フランスに滞在しながら作品を制作している京都出身の画家です。

 

私は11歳で画家になることを決意し、

芸術を学ぶために18歳で単身渡ったメキシコで聞いた

 

 

『どんなに多くの言葉よりも、たった一つの絵が世界を変えることがある』

 

という言葉に稲妻に打たれたかのような衝撃を受け、

 

 

そんな作品を生み出せる人間になりたい。

私の作品を通して世界中を愛で埋め尽くしたいと強く思うようになりました。

 

 

その思いは私の夢となり、人生の目標となり、私の中で今でも輝き続けています。

 

そしてその思いは私の原動力となり、私自身を突き動かし続け、

とうとうフランスまで来てしまいました。

 

私は、日本人として世界を代表するアーティストになりたいと思っています。

 

 

世界中のみんなの心に、私の作品を届けることが現在の目標です。

 

暴力や争いではなく、調和や平和を癒しとして届けられるように、

日々作品を制作しています。

 

 

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さて、本日から6日間ほど私が経験してきた人生の一幕を皆様に向けて綴っていきたいなと思っています。

 

というのも、これから紹介していく文章を読んだ友人たちから、

ぜひ他のみんなにも紹介したらいいんじゃないかという言葉をもらったからです。

 

 

世界には私よりももっと大変な環境、状況で頑張って生きている人たちがいます。

 

その中で自分が苦労した経験なんて別に言う必要はないんじゃないかと思っていたので今まで人に話したりしてこなかったのですが、

 

 

このプロジェクトを開始させるにあたり今まで黙ってきた自身の経験を語る機会に恵まれ、また、それを多くの人に知っていただくことになりました。

 

私の経験が、誰かの役に立てたなら、それはとても嬉しいことです。

 

 

 

最近、私の大切な友人が亡くなりました。私よりも若い子です。

詳しい原因はわかっていませんが、自分自身で命を絶ったようにおもわれます。

 

気づいてあげることが出来なかったことが、本当に悔しいです。

 

 

生きることって、楽じゃないと思います。

でも、苦しいことばかりでもないと思います。

 

私が精一杯生きることが、みんなの希望に繋がればいいなと思います。

 

 

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◆幼少からの摂食障害とアレルギー◆

 

 

小学5年生で芸術家としての人生を決心した私でしたが、

私の夢に対して周囲は猛反発。誰も私の夢を認めることはありませんでした。


そんな私は中学生で自律神経失調症になりました。

原因は家庭内環境での問題です。

 

元々60㎏あった体重は28㎏まで減ってしまい、心臓発作でいつ死んでもおかしくない状態だと医師から言われていました。

 


この病気は14歳から14年ほど続いたので最終的に病気の弊害(約8年間の無月経・骨粗鬆症)で医師からは、歩く以外の運動を禁止され、当時は子供を産むことも諦めるように伝えられることになります。

 

 

そんななか今度は、生まれつきアトピー体質だった私の身体は極悪状態になり、

頭のてっぺんから足の先まで全身の皮膚が極度の乾燥でひび割れて裂け、

 

皮が剥け、そこから出る体液と血液で常に身体中が覆われ、またケロイド状態になっていました。病院からの薬も全く効果がありませんでした。

 

 

服を着るのも、ベッドに横になって寝るのもすごく痛く苦痛で、痒くて夜も眠れないので毎晩睡眠導入剤を飲んで無理やり寝る日々でした。

 

全身にシャワーを浴びる度、毎回ショック死するんじゃないかというくらいの激痛で、これが一番キツかったです。

 

 

頭部の皮膚も剥(む)けるので髪の毛も抜け落ちて部分的に禿げ、

顔も腫れて変形してしまい、知らない人から、

 

『気持ち悪いから近づくな!!』と怒鳴られることもありました。

 

 

日常的に気持ち悪い・怖いなどと言われ続けましたので、

気合いを入れないと外には出れませんでした。

 

 

それに加えて骨と皮のような身体・・・そんな状態だったので、

まさに皿屋敷のお岩さんのようだと自分でも思っていました。

 

 

日々、こんな状態になってしまったのは自分のせいだと

自分自身を責め続けていました。

 

そんな毎日の中、私の心を癒してくれたのが絵画でした。

 

仏像を描き始めたのはこの頃で、描いている間は一種の瞑想状態に陥ったかのようでした。その時間、私はひたすら仏像と対話をするのでした。

 

ここが私の原点となり、

その後も神仏をテーマにした作品を制作していくようになります。

 

 

この時、私は女性として生きることを諦め、

一生このままかもしれない状況を受け入れることにしました。

 

ただ、夢を諦めることはありませんでした。

この時の私にとって、夢は一筋の希望でした。

 

 

私には、絵がある。

他のものを全部捨てることになっても、絵だけ描ければそれでいい。

そう思っていました。

 

 

今から考えると、

この病気はどちらも極度のストレスが原因だったように思います。

 

私の実家は京都で100年以上続く魚屋で私はそこの5代目でもあり、

複雑な親族関係もあり、

 

そういった環境も影響してか私は自分にとっては随分と窮屈な枠にはめ込まれていたように思います。

 

 

心の奥底では、

この病気の引き金になった両親を責める気持ちも少なからずありました。

 

彼らに対してこの病気を通してもっと苦しめばいいなんて思っていたことも正直ありました。

 

そんなある日、不思議なんですが、ふと、

 

"相手への復讐の為に自分が犠牲になるなんて阿呆らしい"

 

ということに気づきました。

 

 

『誰のためでもない、これは自分の為の人生なんだから、

自分の人生を生きなきゃね。自分をもっと大切にしなきゃね♪』

 

誰かにそう言われたかのようでした。

 

 

私の人生を大切に生きる生き方って・・

それは絵を描き続けて生きることなのだろうな。そう思いました。

 

 

この頃の私は、私の夢・目標があったので、

どんな状況であってもそれに支えられて生きることができました。

 

 

夢や目標の力って大きいと思います。

 

どんなに先が見えない暗闇の中であっても、それが希望となり先を照らす光になる。

 

生命力に繋がったと思います。
 

 

 

 

 

つづく

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