Bonjour! みなさん、こんばんは(*^_^*)

 

フランスから月永悠がお送りするプロジェクトブログ6日目☆

 

 

・・・

 

それはそうと、今日、日曜日だったんですね。。。

気づいてませんでした(^^;)汗

 

 

さて、昨日からの続きです☆

 

 

約2年間のメキシコ滞在を終え、日本に帰国した私。

病気を治すために日本全国を巡るようになります(笑)

 

病気のこと、生活のこと、夢のこと―・・・

それらをどのように進めていったのか??

 

 

続きをご覧ください♪

 

 

 

 

◆自己改革とターニングポイント◆

 

 

帰国後、私は病気を治すために良いと思ったことは全部することにしました。

 

色んなことに負けたくありませんでしたし、夢を叶える以外に

"絶対に美人になってやる~!"というのも目標になっていました。

 

 

この頃には母が私に理解を示してくれるようになり、

お互いが歩み寄れるようになりました。

 

 

私は自分の病気を理解する為、心理学を学びにカウンセラー育成所に通い、

 

日本中を巡り肉体的なものから精神的なものまで様々なカウンセリングを受け、

 

有機野菜や自然農法の食材を取り入れた食事療法を学び、

 

また随分と多くの本を読むなどしました。

 

 

そのなかで段々と自分の病気に対する理解が深まっていき、

随分と多くのアイデンティティを手放しました。

 

 

メキシコ留学時代は作品のコンセプト(=意図)が構築できるようになるために哲学を学んでいましたが、

 

コンセプトとは、いつでも崩壊させ、

また、新しいカタチに構築し直す必要があるものだと教えられました。

 

 

芸術とは創造と破壊の繰り返しです。

 

 

この病気の理解が深まると同時に、

自分自身で自らの殻を破っていく必要性を感じましたが

 

まさにそれは、自分自身を破壊し、構築し直す作業でした。

何度も何度も創造しては壊し続けました。

 

 

その当時、私は絵を描いてはいませんでしたが、紛れもないアーティストでした。

 

 

自分自身の殻を破っていくということは、少なからず周囲にも影響を与えます。

そんなわけで家庭内の封建的な制度を破りまくることになり、

 

当然、物事が変化する際には大きな荒波が立つもので、

親との激しいぶつかり合いが何年も続きました。

 

 

『どうして普通に生きられないんだ!』とよく言われましたが、

逆に"普通"とは何かと聞き返していた私。

 

 

自分は自分であって、他の誰でもありません。

また、他の誰にも絶対になれません。

 

 

私は、私に忠実に生きる。その思いが私を突き動かしていました。

 

 

また、仕事面ではマッサージ師の資格を取り、マッサージ店や飲食店でアルバイトをしながら自分の経験を活かして、オーガニックカフェを立ち上げました。

 

 

私は最終学歴が中学で就職もしたことはありません。

10年くらいは絵を描きながら年中無休で働き続けていました。

 

 

睡眠時間が3~4時間だった頃もあり、さすがに体力的に辛いと感じる日々もありましたが、これも夢を叶える為の一環だと思えて頑張り続けることができました。

 

 

 

 

@南フランス・夜の船乗り場

 

 

つづく

 

 

 

新着情報一覧へ