プロジェクト概要

岐阜県岐阜市で、石巻やきそばの移動車販売をニートの若者と一緒にすることで、東日本大震災を風化させない活動と、若者がニート状態から抜け出すきっかけにしたい!

 

はじめまして!こんにちは、杉浦陽之助と申します。普段はNPO法人コミュニティサポートスクエアの活動を通じて、若者の就労支援などを行っています。3月11日、テレビで目にした震災の様子が忘れられず、すぐさま現地に向かい、ボランティア活動をしました。岐阜に戻り、ここから何かできないかと思い石巻焼きそばの販売を行っています。とても小さな活動かもしれませんが、震災を風化させてはいけないという思いから、就労支援をしている若者と共に石巻焼きそばの販売を続けています。限定的な活動ではなくもっと岐阜県全域で活動を広めるべく、この度は移動車販売をしようと決意しました。

 

遠くからできることは震災を風化させないことです。そのための活動にどうか皆様のお力を少しばかり貸していただけませんか。よろしくお願い致します。

 

(石巻焼きそばの販売)

 

 

普段は、若者が社会復帰ができるよう支援する活動を行っています。

 

私は岐阜県岐阜市に住んでいます。2011年3月の東日本大震災発生の頃に、若者の自立支援を主な目的としたNPOで経営する「コミュニティ・カフェわおん」を開店しました。以降、若者向けのジョブトレーニング、若者と支援者の交流会、アート作品のミニギャラリー、個別相談などを日常的に実施しています。長年のNEET状態から抜け出せた若者や、わおんで出会ってカップルになった若者など、この4年で約30名の若者に関わってきました。

 

(支援している若者と車を背景)

 

若者支援の傍ら、個人的な強い思いから被災地に出向き、物資配給などのボランティア活動に参加してきました。

 

そういった若者の支援の一方、震災発生直後メディアが伝えるその様子はとても悲惨で、自分の目で確かめておかねば後悔するのではないかと思い、2011年7月、被災地への支援物資を集め、車3台7名で石巻市、東松島市へと向かい、現地ではその車を活用して物資配給のボランティア活動とともに、避難所でハーモニカ演奏の慰問をさせていただきました。現地を見たことで、同じような思いの人を一人でも増やしたいと考え、2011年10月には14名、2012年3月には35名を被災地に連れていき、漁業支援や避難道の整備などを行い、その後も3回、被災地に赴きました。

 

(被災地を訪れた際、悲惨は状況に言葉が出ませんでした)

 

 

避難者と岐阜の人を繋ぐカフェを開き、そこで出会った「須田さん」の思いに共感し、「石巻焼きそば」を県内のイベントで販売するようになりました。

 

2011年11月から約4か月の間に12回、わおんを活用して「チアカフェ(cheer=応援する)」という、岐阜への避難者と岐阜の人をつなぐ食事会を開催。そこで石巻市から岐阜に引っ越してこられた須田裕司さん(64歳)とつながりができました。石巻で経営していたバーは津波をかぶり、自宅は全壊。奥様の実家を頼って岐阜県瑞浪市に引っ越してきたのです。須田さんは2012年6月に瑞浪市に石巻焼きそばのお店を開いたのですが、そこで被災地への関心がどんどん薄れていると感じています。「忘れられるのが一番悲しいから、忘れられないために石巻焼きそばを焼き続けるんだ。」と言っています。

 

その思いに何かお応えできないかと考え、2013年と2014年には3月11日に、わおん前で石巻焼きそばを食べて東北を想うということを企画し、いずれも150食、200食を完売し、須田さんのバーがあった商店街への義援金を合計7万円拠出することができました。このことがきっかけで、「石巻焼きそば」を私たちも県内各地のイベントやお祭りで販売し、震災の風化を防ぐことと共に、活動のスタッフには当NPOがサポートしているニート状態の若者を加え、彼らの就労体験の一つにもしようと考えたのです。

 

(イベント参加の際の賑やかな様子)

 

 

「どうせお昼ご飯食べるなら、少しでも応援になるのだろうから」

「岐阜で石巻の名前を見られるとは思ってもいなかった。ありがとう!」

 

2014年5月から、簡易露店や私の車を利用してイベントなどに出店してきましたが、その反響は非常に大きなものがありました。まず岐阜で石巻焼きそばの存在を知る人がほとんどいないため、興味を持って多くの方が購入してくださいました。地域のお祭りでは、最高で1日350食売れたこともあります。寄付という形でお金を出すことが難しい雰囲気になってきている今、「どうせお昼ご飯食べるなら、少しでも応援になるのだろうから」というサイクルを作れたのです。また、東北出身の方から「岐阜で石巻の名前を見られるとは思ってもいなかった。ありがとう!」という感謝の声も何件かいただき、被災地から距離のある岐阜での風化防止に役立つことが確信できました。

 

そこで、とにかく出店できるイベントやお祭りの情報を集め、2015年5月までに約30か所、総販売食数は3500食に達しました。さらに2014年10月には、若者3名を連れて石巻市の仮設住宅に石巻焼きそば200食を振舞うという旅を敢行。震災発生から3年7か月で初めて被災地を訪れた若者は、女川町や大川小学校、南三陸町の防災対策庁舎を実際に見て大きなショックを受け、その後の岐阜での販売活動に改めて気合いを入れてくれました。

 

(被災地を訪れた時の様子)

 

 

これまでは、自分の車での移動販売もしてきましたが、この度は移動車を購入し正式に移動販売も行っていこうと思っています。

 

これまでの活動に際し、画像にある通り、私の私物の車を販売用の屋台に仕立てて、どうにか屋台販売の形も取れているのですが、後部トランク扉を屋根に見立て脇に幕を張るという形式では雨天に対応できない状況であったり、換気ができないため夏場は強烈な熱気で体力の消耗が激しかったりと、私の車を使用し続けることにも限界を感じています。さらに週末には同時に2か所の出店依頼を頂くことも出てきました。この現状を踏まえ、 専用の移動販売車があれば今よりも効率よく出店できますし、冷蔵設備なども常備できればもっと遠出も可能になります。しかしその専用の移動販売車1台を購入する費用とPR費用、その他合わせて80万円が足りません。

 

(現在は、私の車で移動販売を行っています。)

 

 

被災地支援 × 若者の就労支援 の両立が私が目指す最終ゴールです。

 

 現地になかなか足を運べない岐阜県民の支援マインドを焼きそば購入という形で満たすことができます。そして東北から岐阜に避難された方々への「忘れていないよ!」というメッセージにもなります。麺の仕入れは年間100万円を見込んでおり、石巻のメーカーを通じた直接的な経済的貢献になります。販売に携わるニート状態の若者にも収益から報酬分配を行い、就労への意欲喚起にもつなげていきます。

 

 

 

★ 引換券 ★

 

・焼きそば無料券付きのサンクスレター

 

・移動販売車へのお名前記入

・オリジナルスタッフTシャツ

・指定場所への1日出張販売

(岐阜県内限定)日程など詳細は要相談

 

 


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