「失速を防ぐには速度低下を防ぐことが重要。だから速度計を確認して、必要な速度を維持して飛行しなくてはいけない。」 by飛行教官
 
訓練中によく聞かれたこの言葉。
一見すると正しいような、でもどうしても気になる。
数年前、再び耳にしたこの言葉の真相を探ってみました。
 
雲の低い、冬のメンフィス国際空港。ILS Runway 27で空港へ進入し、Runway 18Rへサークリングアプローチ。滑走路まではあと1/2 マイル。着陸に備えてフラップスを10度から20度、そして30度へ。すると突然、飛行機が右に傾き始めます。「左から風でも吹いているのかな?いや、これはAsymmetric Flap Extension(左右でフラップ角度が異なる異常事態)では?」
 
降ろしたフラップレバーを元に戻して、右へのロールを止めようと一杯に左エルロン。同時に右へのヨーイングを打ち消すために左のラダーも奥まで踏み込む。何とかまっすぐには飛ぶが、とても不安定。滑走路は左側、目の前には空き地。この際目の前の空き地に降りようか?でも、何とか滑走路まで戻れそうだ。
 
踏みすぎている左ラダーのせいで、醜くスキッディング気味に左旋回。ふらつきながら滑走路にたどり着き、あとは接地するだけ。速度が足りないので少しパワーレバーを足す。しかし次の瞬間には高度を上げてしまう飛行機。パワーが多すぎだ。絞らなくては。それを繰り返しているうちに機体はバランスを崩し始め、さらに速度を失い約80KTS、最後に機体は滑走路上で右にロールし、機首から滑走路へ。
 
響く激突音。
 
 
 
 
どうぞご安心ください。これはCessna C-208B、通称「グランドキャラバン」のフライトシミュレーターでの訓練でのことです。この日、異常姿勢からの回復操作に続き二度目の墜落をしてしまい、意気消沈しました。エアロバティックフライトのインストラクターである私のプライドは打ち砕かれましたが、危険な状況も安全に訓練を行える、フライトシミュレーターには感謝です。

「はい終了。Asymmetric Flap Extensionだとは判ったようだけれど、接地時の速度が遅すぎだね。打ち合せで言ったように、速度は90KTSから100KTSの範囲を保つように。この飛行機のVs0(フラップが下がった状態での失速速度)は50KIAS、Vs1(フラップが上がった状態での失速速度)は63KIAS。ということは、フラップの下がっている左翼は50KIASで、フラップの上がった状態の右翼は63KIASで失速するわけだ。フラップの上がった翼を失速させないように、速度を保ったままフラットな状態で接地することを忘れないように。では、飛行機を滑走路に戻すから少し待って。次は、ショートフィールド テイクオフで離陸して、ILS Runway 36Rで帰ってこよう…。」
 
 
 
 
このC-208Bという飛行機には、Cessna社製の小型単発飛行機によく見られる、スロッテッド ファウラー フラップスが装備されています。翼面積を増やして揚力を増やし、また翼とフラップの間に隙間を作り、翼下部から翼上部へ流れる気流を利用して、高迎え角時に剥離した気流を整え、臨界迎え角を増やします。これら強力な左右のフラップに同調がなければ、そこに生まれる揚力の不均衡は相当なものでしょう。
 
さて、私はここでの教官の説明に、不思議な違和感と懐かしさを感じました。
 
「失速を防ぐには速度低下を防ぐことが重要。だから速度計をしっかりと確認して飛行しなくてはいけない。」
 
なるほど、この教官の言いたいことは判りますが、何かが欠落しているような気がします。それは何なのか、とても気になります。
 
 
 
 
25年前、私が1992年の暮れに飛行訓練を始めてから、これまでいろいろな飛行教官に出会ってきました。その数およそ25人。もちろん、この中で「速度低下=失速」などという間違ったことを教える教官は皆無です。
 
しかし残念ながら、飛行訓練の中では「速度低下=失速」と暗示をさせるような、そんな訓練を半数以上の方たちが行っていたことを思い出します。例えば、「パワーオフストールからの回復は、まず機首を下げ、出力を上げて、速度を回復してから上昇する。速度が遅いと、再び失速するから気をつけるように。」と。そしてゴーアラウンドも似たようなもので、「出力を上げて、速度を稼いでから上昇する。」と説明していました。ここで訓練生は、「そうか、速度さえあれば失速しないのか。」と無意識に認識してしまい、教科書に書いてある臨界迎え角の重要性を忘れてしまいます。
 
この誤解が生まれる原因は、英語のストールという言葉も、日本語での失速という言葉にも、減速や停止を匂わせる雰囲気があることも一因でしょう。例えば道路交通情報では、「A stalled vehicle is still on the right hand side of …(車が道路右側で、依然停止した状態で…)」というように放送します。
 
新聞での、「加速していた景気も、今期は失速気味で…」も似たようなものでしょうか。航空力学上は「臨界迎え角を超えた状況=失速」という言葉で定義しているので、不満を述べたところで仕方がないのですが、訓練生が米国人であっても日本人であっても、「速度低下=失速」ではないことを理解して頂くことは、とても難しいものです。
 
 
 
 
飛行訓練をしていると、まれに揚力が減ることを失速と理解している方と出会うこともあります。「パワーオフストールをしてみよう。」と提案して、生徒が見せるものが上昇から下降へと単に放物線を描いた飛行で、「機首が下がったから失速でしょう?」と答えたり。
 
時には、「L=1/2 x CL x ρ x V² x S」の揚力方程式を用いて、「速度低下が揚力低下を招くことは、この方程式からも明らか。速度低下が失速の原因だ。」と理解を拒む方もいました。

それでは、先のフライトシミュレーターのAsymmetric Flap Extensionでの墜落に戻って、その原因を考えてみたいと思います。墜落時の速度は約80KTS。フラップスの角度は、左は30度から少し上がり、途中の26-28度あたりで引っかかっている状態、右は10度で固定された状態だったと思います。墜落直前まで速度は失速速度以上にあり、それでも最終的に右にロールを起こして墜落してしまった。なぜでしょうか。
 
失速速度とは、最大離陸重量で、重心位置が最前方で…などの条件下で、+1G下の飛行をしているときに、翼が臨界迎え角に達する速度のことです。飛行中に1mでも高度変化があるということは、そこに迎え角の変化が起きているわけですから、Vsと記載した失速速度と実際の失速とで差が出てしまいます。エレベータを引いた時には、迎え角が増え、結果+1G以上がかかって失速速度は上がり、逆にエレベータを緩めた時には、迎え角が減って、+1G以下となり失速速度は下がることとなります。つまり、失速速度という数字を暗記しても、参考になることはあっても、失速を確実に防ぐことにはならないのです。
 
 
 
 
この失速速度という考えは横に置いて、「失速は速度にも姿勢にも関係なく、迎え角のみに関係する。」との考えを持っていれば、この問題解決は簡単です。あの状況を思い出すと、私はふらつく機体での接地に戸惑っており、雑なエレベータ操作によって、機体には無駄な迎角の変化がありました。強力なフラップ効果によって、フラップの下がった左翼の臨界迎え角は右翼よりも大きくあります。そこで不用意に与えてしまった迎角が原因で右翼が先に臨界迎え角を越えてしまい、左右の揚力差からロールを起こして墜落したのです。
 
「速度低下=失速」と解釈してしまうと、「速度は十分にあったのに、なぜ失速してしまったのか?」と、答えが出せなくなります。また、もし訓練所の担当教官が、「お前がエレベータを乱暴に扱ってしまったことで、フラップの出ていない右翼が先に失速したんだ。」と説明をされていたら、違和感も懐かしさも感じず、ここで書いたような考察もなかったことでしょう。
 
 
 
 
このトピックは飛行機の持つ飛行性能を最大限に発揮する必要のある曲技飛行訓練では欠かすことのできないことの一つです。曲技飛行訓練をご希望の方はぜひご相談ください。今まで目にしなかった、避けてきた暗闇に光を照らし、その先の領域へご一緒させていただきます。
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