プロジェクト概要

交通事故で車いす生活になった私の自叙伝を一人でも多くの人に届けたい

勇気を届けるために、本を紹介するWEBを制作します

 

はじめまして、米倉仁です。1961年福岡市生まれ、博多工業高校を卒業後、自衛隊に入隊。そして、23歳のときに事故で頚椎損傷し、車いす生活となりました。しかし、前向きに日々を過ごし、 2002年1月21日、NPO法人自立支援センターおおいたの理事長に就任し(現会長)、障害者の自立支援、バリアフリー・ ユニバーサルデザインコンサルなどを手がけてきました。

 

そうした中で感じたことは、世の中には、いじめを受けたこと、障害を負ったこと、不幸に見舞われたことなどで、生きる力を失っている方が多くいるということでした。どんな逆境にあっても、考え方を変えれば生きていける・・・

自分の置かれた環境を1冊の本にまとめることにしました。そして、自叙伝「車いすの暴れん坊」が誕生しました。



はじめに(自叙伝「車いすの暴れん坊」より)


いろんな出来事に出会うとき、人はどう生きて行くのか、俺はどう生きて来たのか、そんなことを考える。この半世紀と少し、決して誇れるような人生ではないけれど、俺が生まれてから今日までを、行きつ戻りつしながら振り返り、自叙伝として残しておくことにした。誰かが共感してくれればいい。いや、反感でもいい。笑ってもらってもいい。拙い物語のどこかに気に留まるところがあればと思っている。俺はこれまであらゆる場において、自ら選び、自ら決定し、結果に自ら責任を持つことを貫いてきた。このことは生きていく上で、とても大切なことだと思っている。親に勧められたからあの学校に行く、そこで挫折すれば親の責任にする。友達に誘われた、だからこうなった。結局は誰かのせいにして、逃げる言い訳にするような奴にもたくさん出会ってきた。もちろん俺も親や家族だけでなく、友人や知人にも多くの心配や迷惑をかけてきた。重ねて言うが、自分で選択し、自分で決定し、自分で責任を取ってきたということだ。もっと楽な順風満帆な生き方もあったのかも知れない。ただ、俺の人生がこうなったのは、運命論なんて信じはしないが必然だったのではないかと思うこともある。その場その場の判断が間違ったこともあったかも知れない。だけど、決して後悔はしていない。自分で決めてきたことだからだ。さあ、つべこべ言ってないで俺の物語を始めよう。

 

本を多くの人に手を取ってもらいたい、そのために紹介を行うWEB制作に力を貸してください。よろしくお願いします!

 

ラジオ出演時に

 

出版記念講演において

 

自身の人生で証明する生き方

 

今回のプロジェクトでは、本の内容がよく分かるサイトを制作します。5月1日に自叙伝「車いすの暴れん坊」を出版させて頂き、読んだ方からは、「元気をもらった」「生きていく力を貰った」と、言っていただいています。しかし、知名度がないので、多くの人に知っていただくことができません。サイトを作ることで、多くの人たちに、自叙伝「車いすの暴れん坊」のことを知ってもらい、読んでもらおうと思っています。

 

【読者の感想】

完読しました。この本は実に名著だと思いましたねぇ。

別府市のヘルプメイトグループ社長の米倉仁さんの著。

ヤンキー暴走族を経て自衛隊、そして事故を起こして車椅子の生活へ。しかし、そこから障がい者を支援するための会社を起こし、さらにはNPOをも設立し、今はユニバーサル社会の創設に邁進する日々。感服するばかりです。

特に後半の提言には多くを教えられます。

本の最後に掲載されている「俺の格言集」の中の最初の言葉をご紹介しましょう。「最大の幸福、最高の力は、現実を受け入れることである」

(衆議院議員 男性)

 

『車いすの暴れん坊』を読了した。

二度読んだ。一気に二度読んだ。

ズバリ言って、すごく良い本である。

誤解を恐れずに言うなら、「ポジティブシンキング」という言葉は、

まさにこの本のためにあってもいいと言える。

前半は地元で札付きのワルだった氏の武勇伝ほかが、その時代背景と共に詳細に語られ、その後の自衛隊への入隊、“社長になるべく”通った専門学校の過酷な日々、土建会社への就職、そして交通事故……

その時々で主人公は幾多の壁にぶち当たる。

しかしながら、氏はそのつど決してめげない。

どころか、持ち前の楽天気質も相まって、そのエピソードはどれも明るい。

もちろん、そこには多くの葛藤や、人知れず泣いた日々もあっただろう。

がしかし、本書には、そこはあくまでも行間に漂わせるだけにとどめ、文中にあるのは本当に前向きな主人公の己を信じて突き進む姿と、その周りの豊かな人間関係、または至極リアルな日常が赤裸々に描かれている。

(中略)

そして後半、主人公は起業を思い立つ。

そこには自身の状況をすべて把握し、受け入れた上での決心が漲る。

氏にしかわからない、氏だからこそできることを社会に向けて強烈なアピールと共に発信する。

迷いはない。

何故なら、すべては必然、運命だと捉えた男の覚悟がそこにあるからだ……

この本の根底にあるのは「思い」だ。

もちろん、そこには行動あってこそ、行動も伴ってこそともいえるが。

例えば、やりたいことが何もない、やりたいことが見つからないという人には、是非ともこの本を読んでもらいたい。

まずは見つける。

そして、思う。

思いは行動に直結する。

最後に本書巻末「俺の格言集」より、この言葉を引用させて頂く。

「人生は成りたい自分を演じることから始める。演じてることがやがて自分の人生になる。だからどんな人生も自分で創れる」

まさに、「思い」である。

(NOAS FM パーソナリティー作家 男性)

 

暴連坊の誕生(自叙伝「車いすの暴れん坊」より)

 

1970年代後半、時代の中心は団塊の世代からしらけ世代に移行しようとしていた。この頃の福岡にも、週末の夜ともなると、愚連隊や暴走族がアクセル全開で走り回っていた。俺たちも、どこか無気力で、行き場のないエネルギーを抱えて天神の街をヤンキーと呼ばれる衣装を身にまとい肩で風を切っていた。俺はその頃からアウトローでいることが心地良かった。

でも、そんなことを思っていたのは、俺たちだけじゃなく、当然のようにぶつかり合いがあちこちで起きる。そう、いろんな暴走族のグループから、ガンを付けただのと因縁を吹っかけられるのである。多くは2、3人から声をかけられることが多かったが、時に、漫画の世界のように、こちらはふたりに対して、相手は 30 人ということもあった。当然、勝てるはずもなく、死に物狂いで逃げる。言葉にならない屈辱に地団太を踏むこともあった。

 

テレビ出演時に

 

これからも続く夢

 

多くの人に読んでもらい、「車いすの暴れん坊」の売り上げで、全室ユニバーサルデザインのホテルを作ることが今の夢です。今までに、ユニバーサルマンション、ホテルのユニバーサルデザイン家族風呂とユニバーサルデザインルーム、ユニバーサルデザインの店舗などをユニバーサルデザインコンサルしてきました。最後に、全室ユニバーサルデザインのホテルを手掛けたいと思っています。

 

全ての客室をユニバーサルデザインにすることで、高齢屋や障害者の団体旅行にも対応できると考えています。

 

・全ての客室をユニバーサルデザインにする
・トイレと浴室は、車椅子対応
・ベッドサイドと浴室にリフトを設置

 

看護師さんとリハビリ(自叙伝「車いすの暴れん坊」より)

 

生死をさまようような事故である。ふつうなら事態は深刻を極めていないといけないのかも知れないし、俺も悲しみの中で動かない身体を受け入れられずに悶々としていなければならないのかも知れない。しかし、俺の頭の中の現実は違っていた。(中略)入院して何週間か過ぎた頃に、首の固定手術をすることになった。頸椎の4番と5番というところが、損傷を受けているようで、そこにセラミックプレートを入れ、ステンレスのビスで止めるという手術だ。首の後方からメスを入れた。手術から目が覚めると、人工呼吸器を付けられていた。当然、会話ができないので、文字盤を指差しながら会話をしようと、ICUの看護師さんに勧められた。しかし、もともと俺は近視でメガネをかけないとほとんど見えない。そのことをたぶん看護師さんたちは知らなかったのだろう。一生懸命に文字盤を指すのだが、全然見えない俺は、自分の思っていることが伝えられない。自分の思うことが伝えられないことが、これほど苦しいことだとは思わなかった。それで、やっと開く口で、「バカ、バカ、そんなもん見えんのじゃ、バカ」と言い続けた。

 

世界をユニバーサルデザイン社会にするために活動を続けていきます。

そして、いじめにあったこと、障害を負ったこと、不幸に見舞われたことなどで、生きる力を失った人たちが、生きていく力を持ってくれるようになれば幸いです。

皆様、この本を多くの人に広めるために手を貸してください。

 

NPO法人自立支援センターおおいたのみんなと

 


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