【そもそも、どうしてネグロス島で活動してるの?】

 

ネグロス島で活動をしていると、日本の友人に「なんでネグロス行ってんの?」とよく聞かれます。

しっかりとした理由(=ストーリー)があるんですよ。

 

理由は、ネグロス島がスペインの植民地だった時代に遡ります。
スペインによって大土地所有制度というものが持ち込まれました。地主たちが広い土地を所有し、その広大な土地を開墾し、砂糖キビ畑を作りました。多くの人びとは自分の土地を持っていません。そのため地主のもとで日雇い労働者として働かざるを得なくなりました。


こうした状況は現在まで続いており、1980年代には、砂糖の国際価格が暴落した「砂糖危機」も経験しました。作っても高く売れない。売ったお金よりもコストの方が高くなってしまった。地主は砂糖の製造・砂糖キビの栽培を中止し、その下で働いていた多くの人びとは職を失います。お金がもらえない、食べものが買えない。そして、一番先に弱い子どもからどんどん餓死状態に陥ったのです。

 


(砂糖キビ畑の中にカネシゲファームの森が広がっています。)

 

そうした状況に対し、日本を含め、世界各国から緊急救援がありました。
しばらく経ったのち、緊急救援もひと段落し、砂糖の価格も戻ってきたこともあり、日本からの支援活動を終了させる話がでてきました。地主が農園を再開すれば、労働者たちもまた元の生活に戻れるだろうと。

 

そんなときに、ある砂糖労働者の代表が私たちに言ったのです。「私たちに必要なのは魚ではなく、魚を獲る網なのです」。魚は貰ったら食べてしまう、でも網さえあれば明日から漁に行って自活できる。これは、自立したいという重いメッセージでした。

 

砂糖労働者から自立した農民になる、そういう思いをもった人たちが経験や知識を共有するための集まる場所がない。同じ夢をもつ農民と出会い、交流したいが、みんな島のあちこちに点在している。有機農業のやり方をもっと教えてもらいたい。そうしたことが実現できる場所はないだろうか。さらには、農家の後継者になる子どもたちが、仲間をつくり、農業で儲かって自活し、楽しく農業を学べる場がないだろうか。学校に行きたくても行けなかった子たちが、色々なことを学べる場所。ないなら、そうした場をつくろう!となりました。

 

それこそが、今日、カネシゲファーム・ルーラルキャンパスがネグロス島にある理由であり、私たちが活動している理由です。

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