プロジェクト概要

花に携わって40年。もっともっと紅花の魅力を伝えたい

 

はじめまして、「最上紅花をいつくしむ会」代表の長瀬 正美です。

 

私は40年にわたって、昔の方法を取り入れて紅花栽培と紅餅作りをしています。先人が遺してくれた紅花加工の伝統技法を守りながら、紅花文化を地域の方々と共有し、次世代に繋げていきたいという思いで続けてきました。

 

紅花は山形県の県花ですが、その歴史・生産・色等の奥深い魅力について、知っているようで知らない人が意外にも多いのです。

 

そこで、たくさんの方にこの花の魅力を知ってもらおうと、2015年に「最上紅花をいつくしむ会」を立ち上げ、現在10名で紅花について伝える取り組みを始めています。

 

その一環として、2019年6月11日〜16日に「紅花の魅力を学ぶ講演と展示会」を開催いたします。

 

クラウドファンディングを通して、開催費用をみなさまにご支援いただきながら、多くの方に紅花のことを知っていただき、紅花文化を未来に繋ぐきっかけになればと思います。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

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形県の県花、紅花とは

 

紅花はキク科の植物で、7月上旬に可憐な花を咲かせます。その花色は黄色から徐々に紅色に変わっていきます。

 

世界中には多くの品種が存在しますが、そのほとんどが油をとるのに適した品種です。しかし「もがみべにばな」は、450年前から山形で栽培されている在来品種で、染料に適した赤い色素の多い品種です。

 

紅花には黄色と赤の2種類の色素が含まれていますが、赤い色素は紅花花弁にわずか0.5パーセントしか含まれていません。そんな紅花の赤色は大変貴重なものとされ、古くから染料や化粧紅、また、代々の皇室行事の際に使われてきました。

 

シルクロードを通って日本に伝わってきた紅花。山形には、山寺を建立した慈覚大師円仁が伝えたという伝説があります。

 

 

 

花を知ること、それは山形の歴史と文化を知ること

 

江戸時代の初期から、山寺の寺領地では紅花栽培が行われました。のちに最上川流域に広がり、最盛期には山形の紅花は全国生産量の50~60%を占め、質・量ともに日本一と言われました。

 

紅花は最上川舟運と北前船を介して上方へと運ばれ、多くの富を山形にもたらしました。山寺と関係の深い比叡山と縁故のある近江商人と地元の紅花商人が紅花交易の中心となり、山形の文化と経済を牽引してきました。

 

その栄華は、豪農・豪商の屋敷、上方文化とのつながりを示す調度品、贅を尽くして収集された雛人形や紅花染の衣装などからうかがい知ることができます。

 

 

 

しかし、明治以降、化学染料の普及や安価な中国産の輸入によって紅花栽培は衰退、更に戦時の食糧作付統制により途絶えてしまいました。

 

そこから時が経って、昭和24年。農家の火棚から一握りの種子が発見され、山形市出羽地区の人々の努力と熱い想いから山形県在来種「もがみべにばな」が蘇りました。

 

 

り育てた「最上紅花」が、日本遺産に

 

山形の紅花栽培は、江戸時代と同じような手順で行われ、種まきや花摘み、収穫した花びらの紅餅への加工など、すべてを手作業で行います。

 

4月中に播種し、その後間引き、除草、培土、倒伏防止の支柱立て。7月に入ると花摘みが始まり、その後加工、採種があり作業は8月上旬まで続きます。

 

生産者は、その技術を伝承し「最上紅花」を守り育てています。その姿が認められ、昨年度「山寺が支えた紅花文化」が日本遺産に認定されました。

 

「花ねせ」の様子。黄色のものはその日に摘んだ紅花で、
赤いものは1日から2日で発酵が進みだんだん濃い赤になったものです。

 

花びらを発酵・乾燥させてつくった染色用素材となる「紅餅」

 

 

花の魅力を学ぶ講演と展示会を開催

 

私たちはかつて紅花で栄えた山形の中心市街地、紅花の市が開かれた七日町から十日町に近い「gura」を会場に、紅花の歴史・生産・色等の紅花の魅力を学ぶ展示と講演会を開催することにいたしました。


紅花の最初の一輪が咲くのは、半夏生(今年は7月2日)と言われています。

 

その半月ほど前のタイミングでこのイベントを開催し、市民の皆さんに改めて紅花にまつわる様々なことを知っていただきたいと思っています。

 

【日程】2019年6月11日(火)~16日(日)
【会場】gura(山形市旅籠町2丁目1-41)

    街なかホール“きんこん館♪ ”

    JAやまがた本店会議室
【展示】▶︎紅花の歴史的資料
    ・武田家の江戸後期「紅花絵巻」全図の写真
    ・旧家に残る資料や文書
    ・昭和初期の紅花栽培の写真
    ▶︎紅花生産に関わる道具等
    ▶︎紅花染の布や着物
    ▶︎口紅(伊勢半)
【講演】紅花の歴史、紅花生産のあゆみ、紅花の色、紅花の薬効
【実演】伊勢半による口紅の実演

 

 

「gura」は山形市民から寄贈された「旧木村邸」跡地に建設された
山形市の歴史・文化・伝統工芸などを発信する拠点です。

 

 

上紅花をいつくしむ会メンバー

 

▶︎長瀬 正美(農業)

身近に貴重な伝統文化があることに感動した思いは、今も薄れるどころか紅花の持つ奥深さにますます惹かれています。

現在は、総合学習の一環として地元の小学校で紅花学習のお手伝いをしたり、一般市民を対象に紅花の普及活動に取り組んでいます。先人が遺してくれた紅花加工の伝統技法を守りながら、紅花文化を地域の方々と共有し、次世代に繋げていきたいと取り組んでいます。

 

 

 

▶︎佐久間 政子(染房瓶屋)

 

山形県花の最上紅花は私にとって染の材料としては特別な存在の花であり色です。この頃紅の古着物を見るたびに、大切な家族に着せたい心からの思い(魔除けや招福)を色に重ねていることが伺えることを感じます。人の心は昔も今も変わらないものだと思います。この思いを大切にしながら家族で紅花を育て、様々な表情の紅色に染め上げたいと思っております。

 

 

▶︎白鳥 宰(工房まゆはき)

 

35年前、置賜紬の染織りで初めて出会った紅花。当時手に入れられたのは中国産の乱花でしたが、染めた紬はそれなりに綺麗でした。その後の長いサラリーマン生活で感じた“切り捨ての社会”に違和感を感じ、「残すべき文化」に価値観を見いだして定年と同時に最上紅花栽培加工を始め今日に至ってます。従来の枠にはまらない栽培方法や紅花の利用方法などにチャレンジしてます。

 

 

寺が支えた紅花文化を全国に

 

一度は途絶えかけた紅花。今も江戸時代の絵巻物に描かれているのと同様の手法で生産・加工されています。

 

紅花の染料としての価値と魅力、紅花染の色の素晴らしさを多くの方に知っていただき、日本遺産の「山寺が支えた紅花文化」が認定された山形県から発信していければと思っています。

 

紅花に関心を持っている方はもちろんのこと、紅花を知らない方にもお越しいただき、紅花の魅力を知っていただけると嬉しいです。

 

 

 

精込めてつくったお品をリターンに

 

丹精込めてつくった紅花染のお品、紅花摘みをイメージしてつくった小寸こけしをリターンとしてお届けします。紅花を身近に感じていただけると嬉しいです。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 


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