プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

《お礼とネクストゴールへのチャレンジ》

 

お陰様で期日まで10日以上を残して、目標金額を達成することができました!

支援者および応援してくださっていた皆様お一人おひとりのお陰と、心よりお礼申し上げます。

 

残りの掲載期間が約1週間となりました。ここで、新たなゴールを設定させて頂くことにしました。


慰霊碑に通じる小道を整備したいと思っております。そして建立されたら、メンバー皆でお祝いに駆けつけたいです!
当初は建立することだけに集中していましたが、その目処がたったいま、具体的な実現に向けて一歩前に進むための費用に充てたいと思います。

 

引き続きのご支援を、よろしくお願い申し上げます。

 

神 直子

 

1945年2月18日、フィリピン・ルソン島で男性住民らが
日本兵に井戸に生き埋めにされる事件がありました。

 

70余年の時を経て、NPO法人ブリッジ・フォー・ピースが、事件のあったフィリピン・ルソン島に想いを込めた慰霊碑を建立します。

 

ページをご覧いただきましてありがとうございます。NPO法人ブリッジ・フォー・ピース代表の神直子(じん なおこ)です。私たちは、10年程前から“過去の戦争を知り、未来のかたちを考えるきっかけをつくる”ということをミッションに掲げ、戦争体験者のメッセージ記録をもとに、上映会とワークショップ活動を行っています。

 

71年前、フィリピン・ルソン島で日本兵が無差別に男性住民を虐殺する事件がこりました。この事件の慰霊碑を日本人である私たちが建てるため、プロジェクトを立ち上げました。歴史を記憶する慰霊碑を、日本人の想いを込めて建てたいと思っています。皆様、お力添えを宜しくお願いいたします。

 

 

活動を始めたきっかけ


活動を始めたきっかけは、2000年大学生の時、初めて訪れたフィリピンで未だ戦争の傷が癒されない人々から苦しみをぶつけられた事です。

 

夫を亡くした女性は、「日本人なんか見たくなかったのに何であんたはフィリピンに来たんだい!」と泣きじゃくりました。 その後、過去の戦争の加害行為への自責の念に、年老いてなお苦しみながら亡くなった元日本兵がいたと聞き、いても立ってもいられない気持ちになり、聞き取りを始めました。

 

今思えばそのとき、私の価値観や人生は大きく変わりました。過去の戦争を「自分ごと」として考えるようになったのです。

 

それ以来、約10年で180名の元日本兵に取材し、毎年のようにフィリピンへ行って彼らの思いを現地で上映し続けてきました。 その過程の中で、フィリピン・ルソン島で起きた悲しい事件を知ることになりました。

 

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初めて行ったフィリピンで、涙ながらに私たち大学生に訴えてこられたバーバラさん(2000年3月3日)


 

ゲリラ容疑をかけられた成人男性約70名が、井戸の前で命を奪われました。

 

1945年2月18日。この日の朝5時頃、約50名の日本兵がバタンガス州リパ市のバランガイ・パガオにやってきました。彼らは一軒一軒をまわり、寝ている男性らを連行したそうです(ゲリラ活動をしている地域とみなされ、成人男性全員がターゲットとなってしまいました)。

 

その村には深さが20メートル以上ある井戸が二つあり、日本兵は男性たちを井戸の前に並ばせ、数珠繋ぎにし、何度も銃剣で突きました。 一つの井戸には約30名、もう一つには約40名が銃剣で刺された後に放り込まれてしまいました。全ての男性が落とされた後、日本兵はミシン、モーター、石など重たいものを井戸に投げ入れました。 これが、71年前に起こった悲劇です。

 

BFP(NPO法人ブリッジ・フォー・ピース)の活動でフィリピンを訪れる中で、この事件で父親を亡くしたアレックス・マラリットさんに出会いました。

 

彼は、9歳の時、目の前で父親が連行されるのを目の当たりにしてしまいました。物音で目覚めた時、すでに銃剣を構えた2,3人の日本兵が家の中にいたそうです。 「母は泣き、父親っ子だった4歳の妹は、父の足にしがみついていましたが、日本兵は強引に父を家から連行してしまったのです」 この光景が、71年経ったいまも目に焼きついて離れないと言います。

 

アレックスさんに虐殺現場である井戸に初めて連れていってもらったのが、2009年。それ以来、訪問の度に連れて行っていただいています。 しかし、荒れ果てたバナナ園にひっそりと佇むその井戸は、まったく整備されておらず、行くといつも場所を探すことすら困難です。危険だということで戦後コンクリートの蓋がされ、遺骨はいまも井戸深く眠ったままなのです。

 

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事件当時の凄惨な状況を再現したアレックスさんによるスケッチ図。


 

日本人の思いを込めた慰霊碑を建てたい3つの理由。

 

この井戸を訪れる度、アレックスさんの顔は普段見たことのないような険しい顔になります。戦争による心の傷は、何十年経とうとも癒されないことを毎回思い知らされます。 アレックスさんも80歳になり、彼や周辺に住む遺族が他界し、事件を知る人がいなくなってしまったら、次のようなことが予想されます。

 

  1. 誰がこの井戸にお参りにくるのだろう
  2. 墓標がないと、この事件も風化してしまうのではないか
  3. アレックスさんがもしいなくなってしまったら.... 

 

不安でどんどん頭がいっぱいになりました。 歴史の真実を振り返ることができる殺害現場を、そのままにしたくない。日本人の思いを込めた慰霊碑を建てたい!と心から思いました。 BFPツアーで訪問するたびに、何かできないかと提案し続け、今年2016年2月に訪問した際、初めて地域の長にこの件でお会いする事ができました。そして、具体的に話が進み始めています。 アレックスさんも、私たちの気持ちととても喜んでくれ、大変協力的です。 彼が元気なうちに、ぜひ実現したいのです。

 

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アレックスさんのお父様が未だに眠る井戸。あぶないからという理由で、戦後コンクリートの蓋がされた。


 

平和と祈りを込めて、日本人の手で慰霊碑を

 

ホスピタリティ溢れる陽気なフィリピン人は、普段戦争の話をほとんどしません。旅行で行ってもそういう話に触れる機会は皆無でしょう。しかし、ひとたび過去の話になると、心に傷を抱えている方が多くいることに気づきます。

 

ご支援頂いたお金で、この事件で亡くなった方々の名前を彫ったプレートを作成し、井戸に慰霊碑を建てます。必ず形に残るものとして、お預かりした資金を大切に使わせていただくことをお約束します。 今後の予定としては、2017年2月に皆様からのご支援をフィリピンに持参し、工事に着手して頂きます。慰霊碑の完成予定は、2018年2月頃です。

 

慰霊碑建設にむけたご支援を、皆様どうぞよろしくお願いいたします。

 

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BFPのビデオ・メッセージを観るフィリピン人の戦争体験者夫婦。


 

 

■皆様にお返しするリターンについて■

 

今回、10,000円以上ご支援いただく皆様には、BFPの10年の歩みをまとめた本をリターンとしてお届けします。

 

フィリピン戦のことはもちろん、歴史認識を踏まえてどう他国と向き合っていったらよいか、活動を経て得たものがわかりやすく書かれています。50,000円以上ご支援の皆様には、本場のフィリピン・マンゴーもお届けします!

 

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リターンの一部です。皆様のご支援をお待ちしております。

 


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