私が他人を支援しようと思ったきっかけの一つにこんなエピソードがあります。

 

私は小学生の頃、地元の駅で改札を通る時、

横に車椅子に乗られた方が改札を通ろうとしているのが見えました。

 

私は、0.5秒で改札を通りましたが、

彼は定期を駅員さんに見せてから、

ゆっくり5秒くらいかけて改札を抜けていました。

 

当時私が感じた事は、

”この差って何だろう”

というものでした。

 

その時は数秒の違いですが、もし人生全体で見た時にどれだけの差になるのかな、もし、その人が私と同じだけ時間を持っているなら、

その人は今以上にどんな事ができるのだろう、と考えていたのを覚えています。

 

そして、今も、生活に苦しんでいる人たちがいます。

 

もしかしたら、私より数百倍天才で、将来は世界を変え、僕が今悩んでいる事すら解決してしまうポテンシャルを持った人が現在飢えで死にかけていたとして、もし、私たちが支援する事で助けられるなら、手を差し伸べた方がいいかも、と思い始めました。(昔はそんな考え方しかできませんでした笑)

 

数年前、内閣府が出した情報通信白書には、こんなエピソードもありました。

 

「モンゴルでは、当時15歳の少年がedX(オンラインで一流大学の講義が受講できるサイト)でMIT(マサチューセッツ工科大学)が配信した「電子回路」の講座を受講し、この講座の受講生15万名の中で満点を取ったのは340名しかいないという中、満点を取得した。少年は、高校卒業後はアメリカの大学に進学したいという希望があったものの、経済的な理由から難しいと考えていた。しかしながら、edXから修了証を得た後に、MIT関係者から強くMITの受験を勧められ、大学に願書を提出し、現在はMITに学費免除の形で進学している。」

http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc113200.html

 

今回も、同じ事だと考えています。

僕たちの支援も、いつか必ず世の中を変えるきっかけになるかもしれませんし、絶対ならないとは言い切れません。

 

今この支援だけではどうせ何も変わらない、と思うかもしれませんが、何もしなければ銀行口座に入れている貯金額も何も変わらないので、どうせなら世の中を変えるかもしれないチャンスに投資してみてもいいのではないでしょうか。

 

[ペテロの手紙1,4:10-11]

神はあなたがた一人一人に賜物を与えておられます。それぞれに与えられた賜物によって、互いに助け合い、神からのあふれる恵みを他の人と分かち合いなさい。 語るものは神の言葉を語るにふさわしく語りなさい。人に奉仕するために選ばれた人は、神がお与えになった力に応じて人々を助けなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して神がほめたたえられるためです。

 

自分ができることを用いて、人を助けたい。

そんな想いを持って、今回の支援を始めています。