プロジェクト概要

 

【第二目標:700万円を目指します!】

 

皆様のおかげで、第一目標を達成することができました。あたたかいご支援に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 

ここからは6月28日(金)23時の募集期間終了日まで、次の目標として700万円を設定し、残りの期間も頑張りたいと思います。

 

本文中でもお伝えしている通り、建築費や施設完成後に必要な什器の購入を考えると、費用は約700万円にのぼり、その購入費用が不足しています。

 

もちろん、簡単に達成できる目標ではありませんが、今の、そして未来の利用者さんたちにとって、少しでも良いサポートが提供できるよう、最後の瞬間まで頑張りたいと思います。

 

引き続き、応援のほど、何卒よろしくお願いいたします。

上前 薫

 

 

 

鹿児島県 鹿屋市に、
【地域唯一の】医療的ケアが必要な子も受け入られる
ショートステイ施設をつくりたい。

 

はじめまして、鹿児島県鹿屋市にある「生活介護事業所 ドルフィン」施設長の上前薫と申します。シングルマザーとして、今年26歳で「滑脳症」を患っている障害程度区分6(重度障害)の息子"健太"を育てています。

 

滑脳症とは

MRI普及前には約10万人に1人の珍しい病気だと言われていました。脳の障害の一種で、脳性麻痺や知的障害を併発することが多くあります。最近では医療も進みましたが、平均20歳〜40歳くらいまでの寿命と言われている重い障害です。

 

そして、鹿児島市で通っていた生活事業所で経験させていただいた優しさを地元で還元したいと思い、2016年立ち上げた「生活介護事業所 ドルフィン」は、重症心身障害者と一緒に過ごす8組の家族の方々が通ってくださるようになりました。放課後や学校が休みの日には、養護学校の生徒さんが11名も来てくださります。

 

 

一方で、重症心身障害の子のケアはご家族にとって、気が抜けない毎日であることは間違いありません。そのため、ショートステイという1日単位で預かれるサービスもありますが、医療的ケアの必要な子は鹿屋の小規模施設では受け付けてもらえず、

 

「鹿屋は重症心身障害の子が泊まれる場所がないから、ドルフィンでショートステイできたら近いし助かるんだけど…」

 

との声も利用者さんからお伺いするようになりました。健太も過去に他の施設で「痙攣(けいれん)の子は…」と断られた経験もあり、気持ちはとてもわかりました。

 

ただ、ショートステイ可能な部屋をつくるには、建築費や備品類を購入するために、約700万円かかります。しかし、健太をはじめ、鹿屋で困っているお子さんやご家族の力になりたいと考え、鹿屋初の試みに取り組むため、今回クラウドファンディングへの挑戦を決意しました。ご協力のほど、何卒よろしくお願いいたします。

 

 

 

人生が変わった瞬間。
「健太くんは、滑脳症です」

 

健太は、生後4か月で「脳性麻痺」と診断されました。

 

それから一生懸命にリハビリを頑張っていた健太ですが、3歳のときに突然「熱性痙攣(ねっせいけいれん)」を起こしました。

 

正直、それは一過性のものだと考えていましたが、そんな安堵も束の間。その後、頻繁に痙攣の症状が起こり始めました。詳しく検査を受け、主治医から言われた一言で、当日の私は頭が真っ白になりました。

 

「健太くんは、滑脳症です」

 

 

それからというもの、寝ている健太を見るたびに涙があふれ、主人には「母親なんだからしっかりしなさい」とまで言われる日々でした。

 

健太は、障がいの影響でうまく言葉を話せません。健太は、成長が遅く、小さい頃は上手にミルクを飲めませんでした。

 

それでも、1回でいいからママと呼ばれたい。

 

そう願いつつ、友達の赤ちゃんが上手にミルクを飲む姿を見ては微笑ましくなったり、首が座りしっかりしていく姿も羨ましいものでした。

 

 

滑脳症と診断を受けている健太は命の時間が決まっています。

 

主治医からは、「今は医療も発達し、治療法はなくとも平均寿命も20歳〜40歳くらいまでは延びていますよ」と言われました。

 

この子といられる時間に何ができるのだろう。そんなことを考える前に私は、健太のためにはお金も体力も惜しまず、とにかくできることをすべて全身全霊で行いたいと思うようになりました。

 

 

 

走り回った2年間。
お子さん、親御さんのため、

私にできる全力で。


私たち親子は、鹿児島市の生活介護事業所にて、たくさんあたたかい経験を受けてきました。そのため、実家がある鹿屋市に引っ越すことになった時、健太を不安にさせたくなかったこともあり、友達がいない新しい施設に預ける勇気は出ませんでした。

 

そこで、「施設がないなら、つくればいいのではないか!」と思い立ったのです。

 

それまで専業主婦だったため、福祉のことは右も左も分からず、開所前には毎週のように住んでいた鹿児島市の施設に健太を預け、鹿屋市役所まで約2時間かけて通い詰めて相談を続けました。

 

ただ、「我が子だけでも大変なのに人様の大事なお子様をお預かりするなんて!」と、私の親は猛反対でした。それでも諦められず、相談をするために関係各所を走り回りました。しかし、50歳を過ぎた福祉業界経験ゼロのシングルマザーには高い壁ばかりでした。
 

 

県内の社会福祉法人様が運営する2ヶ所の施設へ見学に伺ったときは、

 

「未経験では難しいよ」

「福祉が何か分かっているの?」

 

友達のご主人が福祉業界にいたため、そこにも相談へ伺いましたが、

 

「そんな甘いもんじゃない」

「助成金のことも知らず、何ができると思っているのか」

 

少しでもご助言いただければと思っていましたが、散々なことを言われてしまいました…。正直、もう八方ふさがりでした。落ち込み、悔しく、涙があふれる日々。誰に相談しても一緒だと思うようになりました。

 


そこで、「これで最後にしよう」と思い、鹿屋市の地域振興局へ福祉担当の方と相談しに行きました。

 

「まだ生活介護事業所は市内に少ないからつくるべきですよ」

 

その方には、そう言ってもらえたのです。あの瞬間は、今でも忘れられません。そして、立ち上げに必要な手続きについても丁寧に教えてくださったのです。

 

私たちがそうだったように、きっと鹿屋にも施設を必要としてくださる親御さんやお子さんが必ずいらっしゃるはずだと思い、その人たちのためにもできることをしていきたいと必死にもがき続けました。

 

鹿児島市で経験させていただいた優しさを、今度は私が地元の障害児やその親御さんに還元したいと思うようになっていたのです。そうして2年の月日が過ぎ、融資を受け、祖父母が住んでいた空き家を活用しての準備を続け、協力してくれた友人や親族のおかげもあって当事業を開所できました。

 

 

 

鹿屋市に、医療的ケアの必要な方も宿泊できる施設を。

 

ショートステイできる部屋が必要だと思うようになったのは、私自身の原体験にもありました。正直、健太の世話をしていると、夜中に何度も起きたり、寝返りさせたり、水分補給させたり、ぐっすり寝られる日はほぼありませんでした。

 

建築予定の部屋は完全予約制で4名までの小さい部屋ですが、重症心身障害者でも安心して泊まれるようにします。スタッフは看護師が7割のため、医療的ケアが必要な子が滞在する際は、必ず看護師と介護職員が一緒に当直を担当します。

 

融資を受ける大変さ、ここまで全力で走り抜けてきて、この年齢でまた借金する恐怖もあります。だからこそ、一人でも多くの方々にお力を貸していただきたいです。
 

増築予定部分の平面図(右下)。2019年10月中に4部屋が完成予定。

 

 

ドルフィンの利用者さんたちと一緒に明るい未来を。

 

元気なお子さんなら、おじいちゃんおばあちゃんに頼み、ご夫婦で気兼ねなく外出できるかもしれません。しかし、障害のある子がいらっしゃる家庭では、そう簡単にはいきません。ご兄弟が入院するときに付き添いたいけど、障害のある子をどこに預けていいのかわからないという相談を受けたこともあります。

 

多くのお母様方も気持ちは一緒だと思います。私たちにお子さんを預けていただくことで、急用ができたときも安心していただいたり、たまには親御さんにゆっくりできたりする日があるのは、子どもとの時間をより素敵な時間にしてくれます。

 

健太と私は親子喧嘩することもありますが、ドルフィンを利用してくださるお子さんや、そのご家族とも、親戚関係のように楽しみながら一緒に、明るい未来を過ごしていけたら幸せです。どうか応援のほど、よろしくお願いいたします。

 

 

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