プロジェクト概要

盲目のセーラーとヨット素人が2人で挑む!

アメリカ サンディエゴ ~ 福島県 小名浜への9000kmの航海

 

9000kmの太平洋横断を盲目&素人で!

 

こんにちは。ブラインドセーラーの岩本光弘です。アメリカではヒロと呼ばれています。私は目が全く見えませんが、太陽が肌に射す位置や風を使って方向を計算し、ヨットでのセーリングをしています。

 

最初は見えないことに気づかないくらいの軽度な先天性弱視であったものの、高校生の時に全盲になりました。多感な思春期の時期に少しずつ3年間かけて視力を失ったので、見えなくなっていくことの恐怖と日々葛藤し、自殺を図ったこともありました。しかし、5年前になくなったおじさんが耳元で言った「一度切りの人生、ネガティブに不幸を呪うくらいなら、ポジティブに希望を求めて生きろ」という声にあてられ、やたらとポジティブになりました。それ以上でもそれ以下でもありません。そして、教員を目指し大学に入学、奨学金を得てアメリカへ留学を挟み、卒業後は教員になりました。その後、英会話教室で出会ったキャレンさんと結婚し、ヨットにはまり、ブラインドセーラーとして、日本視覚障害者セーリング協会(JBSA)で積極的に活動しました。授かった子どもの教育のためにと、今では公務員という安定を捨てアメリカで暮らしています。

 

そんな私は今回、成功すれば世界初となるブラインドセーラーによる太平洋横断(アメリカ西海岸〜日本)にチャレンジします。※当チーム調べ。前回チャレンジが成功すれば世界初だった(参照元:Wikipedia

 

▲舵社提供


もちろん一人だけではそんな偉業を達成することはできません。大海原を2ヶ月もの間航海するというとてもリスクが大きいこのチャレンジですが、遂に協力者 ダグラス・スミスと出会いました。彼は、東京と京都をつなぐ東海道をラフティングと自転車で横断したりと、とてもアクティブなライフスタイルを好んでいますが、ヨットは完全な初心者。それでも、2013年に実施した同様のチャレンジで命を失いかけても、もう一回挑戦するという心意気に感動した!という理由だけで、サポートを買って出てくれました。
 

こんな2人が、2019年2月、サンディエゴから福島 小名浜間9000kmを横断するチャレンジをしたいと思っています。

 

 

 

10ヶ月の準備で2ヶ月の大勝負に備えます。

 

今回のプロジェクトはアメリカ サンディエゴを出港し、およそ9000kmの距離をノンストップで、60日程かけて横断するというものです。ヨットに乗るのは全盲の私と、ヨット初心者のダグのみ。しかし、これまで世界視覚障害セーリング大会で2006年に日本代表をつとめ、2015年には西海岸南カリフォルニアのニューポートビーチからメキシコのエンセナダまでの外洋レースを複数経験したこともある豊富な経験を持つ私と、目は見えるし健康体そのもののダグのチカラを合わせれば、必ず実現できると思っています。

 

<航海予定>

2019年2月15日 サンディエゴ出発

 約60日間の航海

2019年4月中旬 福島県 小名浜港

 

<現在想定している出港までの準備>
▶2018年

4月20日~23日:外洋でのトレーニング
8月1日~12日:外洋でのトレーニング(カタリナ島までのセーリングトレーニングを含む)
9月10日~20日:ヨットのメインテナンス(ドック上げ)
10月10日~17日:外洋でのトレーニング(オーバーナイトトレーニングを含む)
12月5日~13日:概要でのトレーニング(すべてのマリンナビゲーションシステム、オートパイロット、音声コンパス等が正常に作動するかの最終チェックを含む)
▶2019年

1月15日~2月15日:最終点検、食料の積み込み、壮行会(支援者へのご挨拶) 等
2月15日:サンディエゴ出港
※スケジュールは変更の可能性があります。



▶夢と希望を託したヨット Dream Weaver(ドリームウィーバー)号
日本語で「夢を織る船」という意味で、「多くの方々のサポートが一本一本の糸となり、みんなの協力で夢を織っていく船」という意味を込めてつけられました。
 

ダグとともに練習航海

 

 

壮絶な失敗をしてもリベンジしない理由にはなりません。

 

実は今回のチャレンジはリベンジです。前回チャレンジは2013年で、ニュースなどで取り上げられたこともあったので、もしかしたらご存じの方ももいらっしゃるかも知れません。

 

ニュースキャスターの辛坊次郎さんとともに、大阪北港を発ち、福島いわき小名浜港を経て、約2ヶ月かけてアメリカ西海岸のサンディエゴ港を目指すというものでした。約6ヶ月もの期間を準備に費やしての挑戦でした。しかし、小名浜港を出て約6日後の朝7時半頃、沖から約1200kmあたりで、事故が発生したのです。何かがぶつかり船が浸水(あとで船についていたカメラを確認するとクジラの背びれのようなものが映っていた)。結果、救難ボートに乗り込んだ私たちの横を船は沈んでいきました。

 

日本にいるプロジェクトチームに第一報を出したのが7時半頃、船を手放したのが8時頃。それから救助されるまで、約10時間もの間、二人はまさに漂流しました。無事、18時に海上自衛隊に救助されましたが、救助にあたった自衛隊の方は「訓練でもこんな海でレスキュー活動をしたことがない」というとても危険な海の状態だったと教えてくれました。

 

こんな九死に一生を得る経験をしながら、さらには税金で自衛隊に助けてもらうというご迷惑をおかけしながら(世間から多くのバッシングも受けました)も、あらためてこのチャレンジは意味があると信じています。
 

▲海上自衛隊提供

 

東日本大震災の時に、自分にできることは何かを本気で考えました。

 

今回このプロジェクトを実施する理由、福島をゴールとする理由はご想像の通り、東日本大震災が根っこにあります。

 

東日本大震災があった、2011年3月11日、私はカリフォルニア州サンディエゴの自宅アパートにいながらそのニュースを聞いていました。

 

なんていうことが起こるのだ、人はどうなっているんだ、心臓がどきどきと拍動を早めるのが自分でもわかりました。さらに日にちが経つにつれて、津波被害者のことが報道されるようになり、亡くなった方々の人数に加えて、生き残った人たちの経験や思いが、私の耳に入ってきました。

 

黒い壁のような津波が電信柱をなぎ倒しながらやってきた、必死で坂を駆け上がりやっとの思いで助かったという中学生。僕だけがなぜ生き残ったのか、握っていた妹の手が離れて彼女は悪魔の津波に流されたと悔やむ高校生の声、私はいてもたってもいられなくなりました。

 

彼らの話を聞きながら、このような経験をしている人たちがいる中、はたして自分はこのまま楽しく海でセーリングを継続して良いものだろうかと悩みました。しばらく海から足が遠のいたこともたしかです。

 

しかし、そのうちに「津波の被害者の人たちに自分がやれることは何だろう」と考え続けている自分に気づきました。そこで思い出されたことは、津波の経験から海を恐怖として、家族をさらっていった憎い海として思っている人々に、「素晴らしい海」というイメージをふたたび持ってもらいたい、ということだったのです。そうだ、小さなヨットを彼らに送り、そのヨットで海に出て、太陽の下で風を受けながらセーリングを楽しんでほしい。時間はかかるだろうが、一人でもそのような人が出てくればありがたいと。

 

 

 

そのときの私が選んだのはハーフマラソンチャリティーでした。

 

それからチャリティーを始めました。ハーフマラソンを走り募金を募りました。私は目が見えないので、マラソンを一緒に走ってくれるガイドが必要だったのですが、なんと、元大リーガーで地元サンディエゴのパドレスというチームでピッチャーとして活躍し、ワールドベースボールクラシック(WBC)で日本を優勝に導いた胴上げ投手でもある大塚さんが、私のチャリティーの思いに賛同してくださり、ガイドを引き受けてくださったのです。

 

苦しい上り坂をもう歩きたいと思いながら、頑張れ東北、頑張れ福島・・・と言っていると自然と力がわいてきて、歩くことなく完走することができました。多くの方々から募金をいただき、2013年のブラインドセーリングの出発前に、福島の子供たちに2艇セールボートを寄贈することができました。そして寄贈先の高校生からは『自分たちのセールボートは流されたり、壊れたりして使えるものがなかった。このようにして新艇をいただき、また海にでれることがうれしい』『もっともっと練習してレースで優勝したい』と未来に向けた一歩を後押しできたと実感するような本当にうれしい言葉をもらいました。

 

つまり、このプロジェクトを通じて、震災にあった人々や悩んでいる人々を勇気づけたい。失敗やハンディキャップがあっても諦めなければ夢は実現するということを身をもって伝えたいと思っています。

 

大塚さんとハーフマラソン

 

 

私がチャレンジを続ける理由

 

わたしは目が見えなくなったとき、しばらくのあいだ外に一歩も出れませんでした。車に轢かれるのではないか、事故に合うのでは、階段から落っこちるのではないか。地元の海の側を歩けば海に落っこちるのではないか……。周りの状況がわからないのがこわくて、しばらくのあいだ外出できませんでした。しかし、思い切って家から一歩外に踏み出しとき、その一歩が、その後のわたしの人生を大きく変えてくれました。

 

それからは、一歩踏み出すことをやめられなくなってしまいました。マラソン、水泳、富士山登頂、トライアスロン(フルアイアンマン226km)を完走するなど、あらゆる挑戦をしてきました。アクションを起こせば、アタマの中に描いた希望は、かならず実現できるということを証明してきました。

 

外になにがあるかわからない、見えない未来に何が起こるかわからないという怖さは私達みんなが持っているものだとおもいます。でも、とにかく考えているだけではその恐怖から抜け出す事は出来ません。自分が本当にしたいことがあったら、とにかく一歩でも、一歩ずつでもアクションに移してみる。もちろん失敗や寄り道もあるけれども、今の自分が考えられることを一生懸命実行に移しつづけると、必ず見たかった景色が見えてきます。

 

また今まで頑張ってくることができたのは、周りの皆さんがいてこそだと思っています。「見えない」私が踏み出し続ける一歩が、他の人たちの一歩を踏み出す勇気になっていることを、マラソンやセーリングへ挑戦する度に気づかされるのです

 

自分の思った未来は、行動し続け諦めなければ、必ず実現できるということを今回の航海で身をもってお伝えしたいと思います。

 

▶皆さんへのメッセージをダグとともに

 

 

◆ご支援金の使い道◆

皆さまからのご支援金は以下のような内訳で大事に使わせていただきます。皆さまの想いを帆にしっかりと受け、必ず太平洋を横断し、多くの方に勇気を与えます。

>内訳

音声ナビゲーションシステム:60万円
セーリングギア・救命胴衣・パーソナルビーコン等:50万円
保険:40万円
日本到着後の宿泊費とサンディエゴまでの交通費:30万円
広告活動費(ウェブサイト・人件費・日本での広報のための渡航費用等):50万円
チャレンジ中の家族へのサポート費用:50万円
予備費:20万円
Readyforへの手数料・消費税、その他:68万円
合計:368万円

 

◆本プロジェクトへのご支援者様へ◆

本プロジェクトは、2019年2月~4月に実行者・岩本光弘氏によるブラインドセーリングによる太平洋横断の成功をReadyfor事務局が保証するものではございません。2019年4月のプログラム実施の報告(新着情報もしくは、プロジェクト終了報告による報告)をもちましてプロジェクトを実施したものとみなします。

 

尚、2019年2月までに万が一、プロジェクトが実施できない事由が発生した場合には、そこまでにかかった費用(準備など)については収支報告を行い、残りの金額につきましては、【Trachoma Control Program 】への寄附へ充てさせていただきます。

また、2月の出発後、渡航が困難な状況が発生し失敗に終わってしまった場合には、プロジェクト実施に向けて全費用を充てていることから、全体の収支報告をもって、プロジェクト実施のご報告に代えさせていただきます。

 

本クラウドファンディングでは、太平洋横断の成功の可否に関わらず返金は致しかねることを十分ご理解いただいた上で、本プロジェクトへのご支援をいただきますようお願いいたします。

 

【Trachoma Control Program 】
https://www.cartercenter.org/health/trachoma/index.html 
トラコーマ・コントロール・プログラムは、2018年で活動20周年を迎えます。このプログラムはアフリカ6カ国で、トラコーマで視力を失う人々を減らすためのプログラムです。トラコーマとは、伝染性の目の結膜疾患。病原体はクラミジアで、主に衛生状態が整っていない、衛星的な水のインフラが整っていない発展途上の村などで発生します。急性結膜炎の形で始まり、慢性期には角膜が混濁し、視力低下を招くことが多い病気で、適切な治療で失明を防げます。

 


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