プロジェクト概要

豊かな海や山に囲まれた石巻・蛤浜。

震災を乗り越え、これからの暮らし方を模索するプロジェクト
鹿と、とことん関わる『はまぐりジビエ』の立ち上げへ。

 

 

あの温かな雰囲気の中で、自然と関わりながら暮らしたい。

 

ーはじめに。

 

東北の太平洋側の沿岸部、宮城県石巻市の牡鹿半島にある蛤浜という小さなちいさな限界集落を次の世代につなぐ活動をしている一般社団法人はまのね代表の亀山と申します。

 

蛤浜は私のふるさとで、世界三大漁場と言われる三陸の豊かな海が目の前に広がり、リアス式の地形により背後にはすぐ山があるという、恵まれた自然環境を有しています。東日本大震災以前から9世帯しかない限界集落でしたが、みんなが大きな家族のようで温かく、私の大好きな場所でした。

 

一度は故郷を離れたものの就職をきっかけに蛤浜に戻った私は、結婚してもうすぐ子供も生まれる、というときに被災し津波で家族を失いました。

 

『また、あの温かな雰囲気の中で自然とか関わりながら暮らしたい』

 

震災から1年、あの温かかった蛤浜でもう一度暮らしたいと、全く見通しも立たたぬまま私は手さぐりで動きはじめました。

 

 

ー蛤浜で暮らしていくために。

 

震災から7年、人口は2世帯5人に減ってしまいましたが、想いだけではじめた活動は、“cafe はまぐり堂”を起点に年間1万5千人の交流人口を集めるまでになりました。さらには、共にチャレンジする仲間にも恵まれ、間伐からはじめる家具づくりや、SUP(スタンドアップパドル)、カヌー、BBQなどのアクティビティを稼働させ、狩猟や漁業についても六次産業化を目指して動きだすまでになっています。

 

それぞれの個性と蛤浜の自然環境を掛け合わせた活動で暮らしをつくります。

 

ー鹿をとらざるを得ない。

 

自然が豊かであることは、動物との距離が近いことでもあります。蛤浜に暮らす私たちにとってのそれは、鹿。様々な要因によって近年、地域に暮らす鹿が増えたことで、私たち人間にとって都合の良くない状況が生まれていました。

 

鹿避けのネットを張っても繰り返し侵入されることで、生き甲斐にしていた家庭菜園を辞める人。下草が食べ尽くされて土砂流出が起こるほどの状態になった山々。頻発する鹿との交通事故。一晩にして食い尽くされる植林したアーモンドの木。

 

「獲らなくて良いなら獲らない方が良いけれど浜での暮らしを考えると、鹿を捕獲せざるを得ない。でも、せっかく獲るなら肉を食べ、皮や角を利用して、その命をきちんと活かしたい。」

 

そうやって狩猟との関わりを探っている中で、東京から移住してきた大島くんと出会いました。当時から猟期中はずっと山に入り鹿を獲る暮らしをしていた大島くん。立場も違えば、視点や考え方にも違いがありましたが、田舎らしく様々な場面で接点が生まれたことで少しずつ打ち解けていき、今回の取り組みの全体像を一緒に描いていくことなりました。

 

一緒に試食イベントなども開催しています!

 

 

 

鹿の食肉処理施設を起点に、鹿と肌身で触れ合う。

 

ー狩猟に向き合い8年。

 

スーパーで買い物しながら、パッケージングされた肉を見て、『これって生きてたんだよな。』と、思ったことがきっかけとなり狩猟をはじめて8年。鹿を獲ることが好きになり、今では毎年自分が食べる分より多くの鹿を獲っている大島です。ここからは亀山さんに代わって大島から、今回の取組や特徴などについて紹介します。

 

ー美味しく、衛生的に。

 

捕獲した鹿を美味しく、衛生的に食べられるように、食肉解体処理施設をつくります。昔からの狩猟のスタイルでは、山の中で捕獲、解体することが当たり前となっていましたが、衛生面や美味しく食べること、そして自分たちだけではなく他の人にも食べてもらうということを考えたときには、食肉処理業の許可を得た衛生的な食肉処理施設が必要となるからです。

 

そしてこの施設を起点に、様々な人たちが“狩猟”や“生き物を食べること”と生身で触れることができる接点づくりを行います。

 

ー単なる肉の供給源ではない。

 

『生態系を守るために捕獲してるの?』

『オスとメスどっちが美味しいの?』

『買えばいいのに、何でわざわざ獲るの?』

 

狩猟をやっていると話すと、同じような質問を何度も何度も耳にするようになりました。でも、答えはきっと人それぞれ。大切なことは誰かの答えを聞いてわかった気になるのではなく、自分は何を感じ、どう考えるのか、そしてどう行動するかだと考えます。

 

ただ、食べること一つとっても、食べ物が生き物だった頃の姿を思い浮かべることさえ難しい今の日本で、これらの問題に真摯に向き合うことは簡単ではありません。日常とはかけ離れた世界と思われがちな“狩猟の世界”であれば尚更です。

 

だからこそ、狩猟や解体・精肉といった食肉処理、その鹿を実際に味わうことができるひらかれた場をつくるに大きな意味があると考えます。

 

自分自身、肌身で触れ合うことを通じて、生き物と人との関わり、食べることについて考えたい。そして、同じように考えるきっかけを求める人に、そのようなひらかれた場を提供できれば。そのような考えのもと、鹿の食肉処理施設を建設します。

 

 

ー運営面でのチャレンジ

 

食肉処理施設にとってのベーシックな運営手段は、肉の販売だと思います。もちろん、鹿肉の販売も行う予定ですが、建設費やランニングコストを賄うためにとにかくたくさんの鹿を獲り食肉として流通させるのではなく、様々な人が鹿と肌身を接する場をつくることを通じて、運営を成り立たせていきたいと考えています。

具体的には、以下のような接点を設けることを想定しています。


​1、解体/精肉の体験受け入れ

生きものが食べものになる過程を知りたい。一頭まるごとの生きものを解体できるようになりたい。そんな方々に向けた鹿の解体・精肉・試食等の体験プログラムをつくります。

 

2、新人ハンターの研修

「どの山に入ったらいいかわからない。」「実際に鹿が獲れたらどうしよう。」免許を取得した新人ハンターが猟場で実際に捕獲を始めるには、様々なハードルがあります。そんな新人ハンターにとって最初の一歩を踏みだしやすい研修プログラムをつくります。 

 

3、都市部のハンターの受け入れ

狩猟をやりたくても中々できる環境がない都市部のハンターに対して、罠や装備、軽トラの貸し出し、解体スペースの貸出し等を行うことで、狩猟へのハードルを下げるプログラムをつくります。

 

4、ハンターの解体・精肉・調理技術の向上に向けた研修

私たちは狩猟の基本は“獲った人が食べる”ことだと考えます。そのため美味しく鹿肉を食べる技術をハンター自身が身につけられるよう各分野のプロによる解体・精肉・調理技術等のディープな研修プログラムをつくります。

 

5、地域のハンターが利用できようなパブリックな施設に

“衛生的に美味しい鹿肉を食べれれば”ハンターにとって共通の思いを実現するために一定のルールを設けて、開かれた施設となるような仕組みをつくります。

 

、猟師任せの駆除捕獲からの脱却

一時的な効果としては猟師に任せる方が効率的な面もあるかもしれませんが、同じ環境を共にする生きもの(鹿)への関わり方として、この在り方が適当だとは思えません。そこで、困りごとだと感じている地域の方と捕獲との接点を少しずつ作っていき、鹿と人間との関わりについて再考できるよう、協働捕獲のプログラムを推進します。

 

 

 

 

共存? 共生? 生きることと食べること。

 

猟師と言うだけでもてはやされることもあれば、残酷だと言われることもあります。

そこで、ぼくという人間の実態の一端をここで明らかにしたいと思います。

 

ぼくは、自ら進んで狩猟をする分には何の戸惑いもありませんが、困っているから鹿を捕獲してくれとお願いされても、正直言って気が進みません。有害駆除の現場で耳にする『ばんばん獲ってくれ』『生態系のバランスが…』『個体数管理』などという言葉に対しては、反射的に嫌悪感やネガティブな感情を抱くこともあります。

 

一度にたくさんの鹿を捕獲すると、解体しながら『疲れたなぁ』『ちょっとめんどくさいなぁ』と思ってしまうこともあります。自分で好んで捕獲しておいて悪態を吐くなど冷静に考えるとどうかしていると思いますが、そう考えてしまう自分がいることは事実です。

 

『獲ったからには全て活かすことこそ、あるべき姿だ』と言われると、自然の循環を目にしたことがあるのかな?と否定的に反応する自分もいます。仕掛けた罠に掛かった鹿を見つけた瞬間は飛び上がるように喜ぶものの、仕留める瞬間には「ごめん」と思う自分もいます。そうやって、日々逡巡を繰り返しながら、狩猟や食べることに向き合っているつもりです。

 

また、昨今の狩猟に関する書籍や漫画、メディアの特集、ジビエブーム的なものなども手伝ってか、様々な人から声がかかります。自分で狩猟をやりたい人。狩猟に興味がある人。生きものと食べものについて考えを深めたい人。鹿の害で困っている人。そんな方々に対し、実際に猟の現場に連れて行ったり、捕獲方法をレクチャーしたり、鹿の解体を見せたり、体験してもらったり、鹿肉を食べる機会を設けたり、じっくりと話す機会を設けてきました。

 

そうした中で考えたこと、それは今あらためて生き物と人との関わりや、食べることそのものを根源から問い直す時期にきているのではないかということです。

 

汚いものには蓋をする。自分の手は汚さない。

 

そんなことをしていては、見えるものも見えなくなると思います。狩猟は、今の日本で唯一に近い特徴を持っています。それは、「生きている状態の動物を自らの手で食べ物に変え、口にすることができる」ということです。

 

この特徴を生かし、社会にひらかれた場をつくることで、生き物と人との関わりや、食べることについて考えを深めるきっかけをつくる。それこそが、この施設が生まれる意味だと考えます。

 

 

 

 

食肉処理施設「はまぐりジビエ」の概要。

 

今、農林業被害が増大していることで、国策として鹿や猪の捕獲が推進されると共に、捕獲した獣肉を活かすために食肉処理施設にも大きな額の補助金が投入されて建設が推進されています。しかし、これまでの例を見ると、大規模な施設を建設したところは軒並み赤字が囁かれており、狩猟の特性を考えるとそのような投資は大きなリスクを伴うと判断しています。

 

「お金を回すために躍起になり、哲学を失いたくない」

 

そう考え、施設サイズや設備内容は、必要最低限に設計しました。全体でも10畳に満たないくらいのごく小さな施設で、2人で同時に作業をするといっぱいになってしまうくらいの広さです。スペースは限られていますが、運営面の工夫により、衛生的でひらかれた施設に育てていきたいと思います。

 

ースケジュール

2018年11月末オープン

 

ー場所

宮城県石巻市桃浦字蛤浜9番地

 

ースペース

荷受スペース:捕獲した鹿を運び入れて、健康状態をチェックしたり、汚れを落とすスペース

1次処理室:内臓の摘出や、皮を剥ぐスペース

プレハブ冷蔵庫:体を冷やして、肉が美味しくなるように低温で寝かせるスペース

2次処理室:出荷するために骨を抜いたり、肉をブロックに切り分けるスペース

 

 

ー資金使途内訳

 

鹿解体処理施設建設費: 3,000,000円

設備費: 800,000円

備品: 200,000円

 

今回いただきましたご支援は、上記の一部として充てさせていただきます。

 

ープロジェクトのステップ

 

皆さんのご支援により、設備がグレードアップいたします。ぜひ、応援よろしくお願いいたします。

 

【200万円】ファーストゴール:鹿解体処理施設建設

【250万円】ネクストゴール:食肉加工品の開発のための設備の導入

【300万円】サードゴール:シェアキッチン

 

 

 
 

メンバー紹介

 

◆亀山 貴一・一般社団法人はまのね 代表理事

 

 

1982年、石巻市蛤浜生まれ。水産高校の教員となり、蛤浜にUターン。東日本大震災で被災し妻を失うも、2012年に蛤浜プロジェクトを立ち上げる。2013年に退職しcafeはまぐり堂をオープンし、2014年に一般社団法人はまのねを設立。はまのねスタッフ、猟師大島くんとニホンジカの効率的な捕獲方法、捕獲後の利活用、地域との共同捕獲体制、担い手育成など鹿と地域が共生する仕組みを作っている。

 

◆大島 公司・猟師、花火師、デザインユニット「meeet」共同代表

 

 

1985年、佐賀県生まれ。東京での2年間の会社員生活を経て、石巻へ移り住む。猟師8年目。猟期は毎日山へ行くほど鹿猟が好きだが、鹿の観察も同じように好む。自分の中の矛盾をそのまま受け入れ、その往復運動の中で考えを深めていくことを大切にしている。

 

◆島田 暢・一般社団法人はまのね 理事

 

 

1982年、鹿児島県生まれ。名古屋で10年間のクレーンオペレーターを経て、種子島のおばあちゃん家に移住し、就農する。東日本大震災の津波が種子島まで到達し、石巻にボランティアとして移住する。1年間NPO法人オンザロードでボランティア後、蛤浜プロジェクトのメンバーとして活動する。蛤浜のリノベーション、自伐林業・狩猟からのものづくりなどを行い、次世代の百姓を目指している。

 

◆宮城 了大・一般社団法人はまのね 理事

 

 

1989年、石巻市生まれ。ハワイ大学在学中に震災が起こり、帰郷する。心のケア団体、ダイビングショップ勤務を経て、蛤浜プロジェクトに加入。春から秋はカヌー、SUP、BBQ、キャンプなどの自然体験を主に行い、冬季は狩猟を行う。自然をこよなく愛し、石巻うみさくらのスタッフとして毎月1回の海の清掃活動も行なっている。

 


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