プロジェクト概要

 

 

自分に向き合える"ひとときは"ありますか?

 

「生きていく」ことに懸命で、意識をして自分のための時間を作れない現代。環境を変えるのは難しくても、自分に向き合うための環境は作り出すことができます。

 

 そこで今回、岡山県に【心】の声を聞くための施設をつくる【心プロジェクト】を立ち上げます。

 

 

 

「心の疲弊」からの解放。岡山県に自分と向き合うためだけの施設をつくります!

 

ページをご覧いただきありがとうございます。高野山真言宗 菩提山 鶯梅院の尼僧、尾田嵩月(おだこうげつ)と申します。

 

役僧としての務めを成す中、私には信者さまや友人、知人、家族、その他メディアなど、人との関わりで何とかしたいと思ってきたテーマがございます。それが現代特有の「心の疲弊」です。

 

こらからは心の時代。「心の疲弊」は常に生きている限りついて回ります。そこで、よりよく生きるための古からの知恵と教えの専門家であり、心の学問の教えを受けてきた仏教徒の立場からこの問題を解決できないかと一念発起、プロジェクトを立ち上げることにしました。

 

その名も『心プロジェクト』。

 

「心の疲弊」を解決するための場をつくり、曼陀羅アートセラピー、写経、瞑想など自分を見つめる時間をもてる施設をつくりたいと思います。その施設の購入費として650万円が必要です。皆さま、どうかご支援よろしくお願いいたします。

 

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温かい​​​​​応援・ご支援をお願いします。

 

一歩間違えば死んでいたかもしれない。大きな孤独を抱えていた過去

 

かれこれ12年ほど前でしょうか。私はうつ病に罹患しました。

 

毎日死ぬか生きるかの綱渡り。自分の気持ちと周囲の人の気持ちの狭間に立たされ、置かれた環境が精神的に自身を追いやるような過酷なものでした。「自分が我慢すれば、頑張れば何とかなる」と本当の気持ちを殺していました。そしてこの状態が約4年続きます。

 

気づいた頃には「私なんかいなくてもこの世は回り、私なんて必要ない。もうほっといてくれ。死なせてほしい。観音様、私を連れてって。おばあちゃん、もう迎えに来て」そんなことばかりを考え、体も鉛のように重く、涙でいつも顔はパリパリ。眠れない日々の繰り返し。

 

精神がどん底になるのに時間はかかりませんでした。心療内科に行き、カウンセリングを受け、服薬をする。治療は大体施しました。しかし、周囲の理解は希薄なまま。周囲も私とどう付き合っていいかわかりません。次第に距離を取るようになり、私の孤独は拍車をかけて深まっていきます。

 

本当に辛い毎日で、当時の記憶はすっぽりと抜け落ちてしまっています

 

うつ病は特別ではない。誰にでも起こり得る問題です

 

今思えば、自分を自分で抑えつけ過ぎた、自分を見て見ぬふりをして踏ん張り過ぎた、その結果、うつ病を罹患したのだと思います。もしあの時、自分の本心や悲しい気持ち、苦しい思いを発散できる場や、自分と見つめ合える一時があれば、もっと早くにヘルプを出せていたかもしれません。

 

うつ病に罹患する人は弱いのではなく、むしろ強く優し過ぎる人に多いと言われています。我慢の限度がない、自責感情が強い人が大半です。

 

だからこそ、心の内を外に上手に言ったり、表現したりしようとしたりするより、まずは自分と向き合う時間をつくってほしい。自分をまずは良く知ってほしいのです。そして自分の心の真の敵は、これもまた自分であるという事に気が付いて欲しいのです。

 

自分の心の動き方や、感じ方を知るには、自分が自分と向き合わなければ知れません。

 

今、私はうつ病の症状から立ち直り、しっかりと社会生活を営んでいます。以前と違うのはひとりの時間をつくれているという点です。そして、自分をよく理解しました。無理もしすぎなくなりました。一人抱え込む事も以前より格段に減りました。

 

そうすると、人間関係も上手くいくようになり、とても快適となりました。これは、自分と向き合い自分の心の癖や感情が理解できたからです。

 

しかし、現代社会でどれくらいの人がこれをできているでしょうか。

 

大半の方が多少の無理は生きていく上では当然とばかりに、自分の限界を知らぬまま頑張りすぎている。うつ病、または様々な心身病、罹患してからでは払う代償が大きく、命の時間を費やしてしまいます。

 

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本堂

 

心に余裕がない世の中で、誰もが自分と向き合える機会をつくる

 

通常の生活が送れるようになって早8年。今では私も自身の体験から相談を受けることも多くなりました。その中で気づかされたのが、鬱一歩手前と思われる人の多さです。私はこんなにも心が疲弊し、病気寸前の方が多いことに愕然としました。

 

同時に、こんな状況に至るまで、どうして周囲の人間は気づかなかったかという疑問も。ただ、人は心に余裕がなくなり、どうしていいかわからないとき、身近な人であっても心配をかけまいと頑張って隠そうとします。特にうつ病の方は必要以上に自分と戦い、自分を責めてしまいがちです(実際に私がそうでした)。

 

しかし、これが大きな落とし穴なんです。鬱を罹患した経験から、私は自分に尽くすことがいかに大事か、自分と向き合える時間があることがいかに大切か身をもって感じました。それから、うつ病をなくすという以前に、まずは鬱になる前段階の心のケアの必要性を説いています。

 

限りある人生という時間。自分を知り自分でケアをしていく、まずは頑張る自分を労い、知っていく、その為にだけに集中できる施設が必要だと感じるようになりました。

 

そこで、心にとことん向き合ってきた私の経験と僧侶であるが故に持ち合わせている仏教のツールや教え(写経、瞑想、作務、読経、曼陀羅など)を活かし、誰もが自分と向き合うことで自分を知り元気になる、そして人生を歩む上で心が軽くなり活かしていける。そんな場をつくりたいと思い今回プロジェクトを立ち上げました。

 

写経の様子

 

コンセプトは「何もしない」自分を見つめるためだけの場

 

このプロジェクトでは、岡山県の田舎に田畑付きの古民家を購入し、1日1組限定で農家民泊のできる施設をつくり、自分に向き合うための環境を整えます。

 

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落ち着いた環境をご用意します

 

■岡山は晴れの国、心も晴れになる施設

お坊さんもいて、自然に囲まれ、自分に向き合うためだけの空間。なかなかありそうでなかった施設。施設名はまだ決まっていませんが、夜道を照らすお月様のように安心と温もりを届けたい理念から「夜道の満月」に因んだ名前を考案中です。

 

コンセプト

日頃の生活や喧騒から離れ、日本の原風景が見える家屋。聞こえるのは自然の音。たくさんの緑と青空、夜は満点の星空。そんな環境の中、散歩をしたり、畑で収穫したり、瞑想・写経をしたり、思い思いの時間を過ごす。物質的な豊かさはなくても、自分に手間暇かける贅沢がある。ここでしかできない体験をしてもらいたいです。暇を持て余すくらいが丁度いいというスタンスです。

 

こだわり

最大のこだわりは、宿も私たち僧侶も貸し切りであるという点です。数あるお寺の宿坊ではこのようなことはできません。少し特別な空間、自分を知るためだけの宿を体験して頂き、心を解放して頂けると幸いです。ワンちゃんの同伴も大丈夫。

 

1日のスケジュール例

12:00   チェックイン

13:00 瞑想 

14:00 お坊さんとお茶をしながらお話

16:00 お勤めとお散歩

17:00 ぼーっとしたり、星を見たり

翌8:00  起床、朝食

(お粥に汁物、季節のおかず、漬物程度の修行メニューなど。体に優しいお食事)

翌9:00 収穫手伝い

翌10:00 チェックアウト

※上記は例です。ご相談頂ければ、時間等は臨機応変に対応致します。

 

体験

瞑想/写経/曼陀羅アート作成/読経体験/プチ断食/作務(掃除などの僧侶の手伝い)/農作業体験など

※「何もしないこと」が前提ですが、普段できない体験など、ご自身の心と向き合うためのお手伝いはしっかりさせていただきます。

 

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曼陀羅アート作成

 

瞑想

 

写経

 

オープン(予定)

2019年7月:家屋を購入、家屋の整備に着手 ※家屋の購入価格は650万円を予定

2019年11月:旅館業法、消防法の許可申請を提出

2019年12月:オープン準備期間

2020年1月:オープン!

 

■いただいたご支援の使い道

皆さまからいただいたご支援は、この宿泊施設の土台となる田畑付きの古民家を購入するための費用として大切に活用させていただきます。

 

購入予定の建物

 

心に余裕と癒しを。 そして自分を知り他者を知る。自分を休める事は大事な人のためになる

 

今回のプロジェクトで【心、祈り、繋がり】に特化した場を作り、「あそこに行けば、自分の生きる意味を理解できる。自分でいられる。」と知る事が、大きな支えになるはずだと思っています。

 

人それぞれ、支えになるものは違えど、つまるところ、自分が要なのは万人に共通です。人は、一人で生きられないし、生ある限り人との関りは必ずあるもの。ただ、【自分は誰かの大事な人】であることの認識にもなれば、誰しも誰かの為に生きているという事でもあるのです。

 

仏教でも、自分の為の自行と呼ばれる修行から始まり、次に他者の為の利他行、自他共にの為の修行へと進んでいくように、まずはやはり自分が要であることを表しています。自分を知り、自分を生かす事が、他者を生かすにも繋がっているのです。

 

こちらで過ごされることから繋がるご縁、相互に作用し生きているということを、一人でも多くの方にしっかり体感していただきたく思います。そして、ゆくゆくは皆様と一つの縁あるお寺建立を目指して行きたいです。

 

そして最後に。

 

ここまで、長々と思いの丈を読んでくださりありがとうございます。たくさんのことを書かせていただきましたが、根底にあるのは、

 

一人でも多くの方に役割をこなす自分ではなく、まっさらな自分を過ごす時間をもってもらいたい。

 

その一心です。

 

どんな役割がついた自分も、嘘や装いではありません。それも自分です。しかし、何もない本当の自分。本当の自分を存分に過ごしていただいて、ゆったりとしていただきたい。ただ、それだけなのです。

 

どうか、皆さまの力をお貸しいただけませんか?応援・ご支援を、どうぞよろしくお願いします。

 

この場所でみなさまのお越しをお待ちしています

 


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