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立ちはだかる冷たいゲート。その先にある命を守る車が廃車の危機

ディア・ママ (三浦れいこ)

ディア・ママ (三浦れいこ)

立ちはだかる冷たいゲート。その先にある命を守る車が廃車の危機

支援総額

2,530,000

NEXTGOAL 3,050,000円 (第一目標金額 1,500,000円)

168%
支援者
136人
残り
16日
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支援募集終了日までに集まった支援金をプロジェクト実行者は受け取ります(All-or-Nothing方式)。支援募集は12月25日(水)午後11:00までです。

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プロジェクト本文

 

 

【達成のお礼と第二目標305万円への挑戦について】
皆様のおかげで、公開5日間で第一目標を達成することができました。


あたたかいご支援に心より感謝申し上げます。中には私身体のことを気遣ってくださるコメントも、多く、皆様の暖かさが身にしみました。本当にありがとうございました。

 

ここからは12月25日(水)23時の募集終了まで、次の目標として305万円を設定し、残りの期間も頑張りたいと思います。皆様からのあたたかいご支援のおかげで、無事、新しい活動車の購入ができるようになりました。

 

一方で、文中にも記載させていただいております通り、毎週末東京から福島まで通っておりますため、毎月の車にかかる諸経費(高速代、ガソリン代、駐車場代等)が約20万円に登ります。また、半年で20,000キロ走行するため、半年ごとに新しくタイヤを購入しているので、年間30万円掛かっています。ドライブレコーダーも持っていない状況です。

 

第二目標では、車にかかる諸経費(ガソリン代・高速代、駐車場代などを含)6ヶ月分の120万円、年間のタイヤ代金30万円、ドライブレコーダー代金5万円を含む、305万円を目指すことにしました。

 

最近は医療費のかさむ”あの子達”も多く、活動費を圧迫している為、厳しい状況が続いておりますので、車にかかる費用等を募集しようと思います。

 

もちろん、簡単に達成できる目標ではありませんが、少しでも長く活動を続けられるように、最後の瞬間まで頑張りたいと思います。引き続き応援のほど、何卒よろしくお願いいたします。

 

人間が作り出した原発事故のせいで

生きることが困難となった無人の町に残された

何も罪のない"あの子達(猫)"

 

見捨てることは出来ません。

 

原発事故発生当時

沢山のボランティアが被災地を訪れましたが

風化と共に離れていきました。

 

悲しい気持ちを抱きながら

8年以上毎週末

東京から福島に通い続けています

 

これからも、この活動を続けていきたい。

 

 

行距離23万キロ。

活動車が廃車寸前に。新たな活動車購入のために、皆様のお力を貸してください。

 

はじめまして、ディア・ママこと三浦れいこと申します。この度は、ご覧くださりありがとうございます。


私は、元々は細々と地元の東京で地域猫活動をしていました。しかし、2011年3月11日のあの福島原発事故以降は、警戒区域に指定され閉鎖されてしまった福島第一原発の20キロ圏内(以後、福島・被災地)に取り残されてしまった被災動物の救護活動を始め現在も続けています。日々の活動はブログをご覧ください。

 

 

東京在住で平日は働いておりますので、福島・被災地に通い活動をするのは原則週末のみです。

 

福島第一原発の20キロ圏内(旧:警戒区域)に取り残された"あの子達"は、福島原発事故後に閉鎖され住民は避難を強いられた無人の町にいます。ですから、飼い主さんも餌やりさんもいませんし生ゴミも出ませんので誰かが「美味しいご飯(ドライフード)」と「お水」を届けてあげなくては生きていけません。

 

 

私は個人で活動しており、シェルターがないため一気に保護は出来ません。それでも細々と保護を進め今まで約200匹を保護してきました。震災前に生まれた子は避難した飼い主さんを捜し見つからない場合は里親さまへと託し、震災後に生まれの子に関しては里親さま募集をしています。

 

毎月の車にかかる諸経費(高速代、ガソリン代、駐車場代等)が15万円−20万円ほど資金がかかるのですが、皆様からいただく暖かいご支援のおかげで、なんとか活動を続けてこれました。

 

しかし、その活動で不可欠な活動車が、ついに限界に達してしまいました。修理を重ねながらここまで来ましたがいつ故障するか分からない状態です。新たに購入する段階になってしまいました。そこで今回クラウドファンディングでご支援を募らせていただくことにしました。

 

「皆さま」どうかこの活動を続けられますよう、福島・被災地に取り残された"あの子達"を見捨てることなく全頭保護でき子供たちと動物たちの未来に繋がりますよう、活動車の購入費( READYFOR手数料込で)150万円のご支援のご協力を宜しくお願い致します。

 

 

 

災動物の力になりたいと思ったきっかけ。
立ちはだかる施錠がされた冷たいゲート…その先にある命を助けるために。

 

「東日本大震災」と「福島原発事故」
福島第一原発20キロ圏内の被災動物救助活動をすることを決めました。

「東日本大震災」が起こったその日、私は仕事の関係上すぐには帰れず、帰宅できたのは午後9時を過ぎ。我が子達(猫)全員の安否を確認した時、やっと安心出来たからか我慢していた恐怖や不安が溢れ涙と震え止まらなくなりました。

 

約6時間しか経っていないのに、家族全員が無事でちゃんと再会出来たのに、これだけ苦しむなんて。東北の被災者さんと被災動物はどれだけ辛いことかと想像しました。

 

自身がやれることやり希望を持って欲しいと思い、東日本大震災の被災地を訪れこの目で実際に被害状況の確認することにしました。茨城・福島・宮城を訪れ被害状況を目の当たりにしては言葉を失い出てくるのは涙ばかりでした。(岩手にはたどり着けませんでした)

 

 

 

「何かをしなければいけない」と悩んだ結果、出した結論は「福島第一原発の20キロ圏内の被災動物救護活動」でした。理由は、原発事故は被ばくが伴うのでボランティアさんや支援物資が福島・被災地を避け圧倒的に全てが不足していたからです。更に近々福島第一原発の20キロ圏内が警戒区域に指定され閉鎖されると知ったからです。

 

閉ざされたゲートにより命の境界線ができました。

 

とにかく閉鎖される前に福島第一原発の20キロ圏内にいる動物たちを助け出さなくては思い、福島・被災地の動物救護にターゲットを絞り支援と活動しました。しかし、救い出せたのはほんの僅かのペットだけで、2011年4月22日に福島第一原発の20キロ圏内は警戒区域に指定され閉鎖されてしまいました。

 

 

救護活動を始めた当初
早朝から深夜まで無人の4町を駆け回りました。

「2~3日したら帰れますから、ペットは置いて行ってください」福島第一原発の20キロ圏内の避難を強いられた被災者さん(住民)は、そう言われ、その言葉を信じ大切な家族を置いたままに避難しました。それなのに、警戒区域は強制的に閉鎖されてしまい被災者さんは絶望しました。

 

 

置き去りになってしまった"あの子達"を助けたいと願う被災者さんと知恵を絞り、車体が沈みこむほどの「美味しいご飯(キャットフード)」と「お水」を車に積み給餌をしていました。

 

しかも当初は70箇所以上も給餌しなければならなかったので、早朝から深夜まで無人の4町を必死に走り、給餌と保護を進めてきました。

 

 

 

時が経つにつれ、震災当初来ていたボランティアさんたちが離れていきました。

 

福島第一原発の20キロ圏内とは、福島第一原発を中心に半径20キロを意味します。20キロのイメージを分かり易く例えるならば東京駅から川崎駅位です。見えない放射能に被ばくしていく恐怖に襲われながらの活動です。

 

そのため震災発生当時ボランティアに来ていた人が次々と去っていってしまいました。去っていった方の中には残念ながら私が支援した団体が幾つもありました。

 

「もう止めなさい」

 

福島・被災地の活動で24時間以上も不眠不休で約700キロもの長距離を運転、倒壊寸前の家屋の中での給餌作業、そして被ばく、事故や怪我をしないかと私の身を案じ離れて暮らす両親や兄弟や友人などに数えられない程に言われました。

 

でも、空腹でもがき苦しみ空になった給餌器のフード出口を何度も何度も引っ搔き最後は爪が剥がれて血まで流した痕を見てしまったら…一度関わった命を途中で投げ出すなんて出来ません。

 

"大切な家族(猫)"を泣く泣く置いて避難した被災者さんの気持ちを想うと、

 

私に、止めるという選択肢はありませんでした。

 

 

私を奮い立たせてくれたタマちゃんとの出会い

何度も心折れそうになりましたが、この白猫の「タマちゃん」との出逢いによって迷いは消えました。忘れもしません「タマちゃん」と出逢ったのは2012年12月9日の雪がちらつく寒い日でした。

 

警戒区域に入っていつものように活動をしていた時、とある給餌ポイントで給餌をしようと近づくと冷たいコンクリートの床に「タマちゃん」が倒れていました。毛繕いする力も無かったようで白い被毛は汚れガリガリに痩せ動かないので亡骸だと思いました。しかし、私の気配を察知した「タマちゃん」は、ゆっくりと本当にゆっくりと前足を動かし僅かに聞き取れる小さな声で鳴き始めました。

 

 

「何でもっと早く来てくれなかったの、ずっとご飯が届くのを待っていたんだよ、お腹が空いてもう動けないよずっとここで待っていたのに…」

 

「タマちゃん」が、必死に最後の力を振り絞って訴えているように感じました。急いでカイロと毛布で包み冷たくなった体を温め口に水をたらし水を飲ませ逝かせないように頑張りました。しかし、「タマちゃん」は保護した翌日に息を引き取りました。あと1日早かったら、あと1時間早かったら、もしかしたら「タマちゃん」を救えたかもと悔やみました。

 

そして、「タマちゃん」のように飢えで亡くなる子をもう出したくないと思い、何があっても福島・被災地に毎週給餌に通いあなたの仲間たちを守るからと「タマちゃん」に誓いました

 

 

 

災後9年目の今でも、毎週末福島に行かなければならない理由があります。
灼熱の日も、猛吹雪の日も、走り続けこの活動を支えてくれた活動車が…もう限界に

 

福島第一原発の20キロ圏内の警戒区域は、その後何度か再編が繰り返され現在は許可書がなくては立ち入れないエリアはだいぶ縮小されました。ただし、避難指示が解除されたとしても被災者さんの殆どは戻ってきません。

 

撮影日、2018年7月。被災地は今でも時が止まっています。

 

なぜなら福島原発事故から9年目を迎えていますから、避難先で仕事につき、お子さんは地域や学校に馴染み、既に避難先で生活の基盤が出来上がってしまっているから戻ってくる人はほんの僅かです。そのため、被災地は以前とあまり変化はありませんから、今でも毎週末福島に通い給餌や保護を続けないと"あの子達"は生きていけません。

 

だから、原発事故から9年目を迎えた今でも毎週福島に通っています。

 

空腹に耐えられず雪の上を彷徨うあの子達の生きてる証。

 

気温が40度を超える日も、猛吹雪の日も、雨の日も、真夜中に自宅を出て、毎週末東京から福島に約700キロ走行し通い続けています。

 

この活動に賛同にしてくださった方達のご協力を得ながらコツコツと保護を進め、今までこの過酷な地から約200匹の子達を助け出すことが出来ました。しかし、東京の自宅から被災地に通うために乗っている車が走行距離が「約地球5週分」である23万キロを超え故障してしまいました。

 

 

真夜中に沢山の物資を積み込み高速を走ります。
真夏の被災地は40度を超え、灼熱です。
猛吹雪にアイスバーン。氷点下でも力強く突き進みます。

 

 

の子達の命を守り全頭保護するために、新しい車が必要です。

 

今までなんども修理をしてきましたが、今回は修理代が約60万円掛かってしまうことに…


たとえ修理したとしても走行距離が限界を超えているので、またいつ故障するかわからないため新たに車を購入した方が良い段階となってしまいました。

 

この活動車は2台目になるですが、4年前に自費で購入しました。福島原発事故直後から、"あの子達"を助けるため自身で活動するだけでなく色々な団体や個人に支援をしたりもしていましたので、中古の家を買える位出費しました。そのため、もう新たに車を買う資金が手元に残っていません。

 

そこで、この度新たな車を購入するための費用(READYFOR手数料含め)150万円をクラウドファンディングでお願いすることとなりました。2020年の3月末までに、皆様からの心暖かいご支援で、新たな活動車を購入しようと考えております。何卒宜しくお願いいたします。

 

 

のまま風化させてはいけない。
命に関わる責任や、やり遂げる事の大切さを子供達に伝えるためにも。

 

福島・被災地には、あの日から時が止まったままの幼稚園や学校が幾つもあります。けれど福島原発事故は風化し忘れ去られつつある。被災地に取り残された命や、被災地のために集まったけどすぐに去って行った大人達の姿を見て、そこに通っていた子供達は何を感じどう育ったのか、とても心配です。

 

たかが猫だと言われようが私は"あの子達"の尊い命を救う活動を通して、子供達に命に関わる責任や途中で投げ出さない事の大切さを伝え、動物と子供の未来に繋がればと願っています。

 

 

 

 

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プロフィール
ディア・ママ (三浦れいこ)
ディア・ママ (三浦れいこ)
SNSでの活動ネームはディア・ママ、本名は三浦れいこ。もともと地域猫活動していたが、2011年3月11日の東日本大震災ならびに福島原発事故以降は、福島第一原発の20キロ圏内に取り残された"あの子達(猫)"の救護活動をはじめる。毎週末に東京から福島・被災地に通い9年目を迎えるが、まだ残っている子がいるため全頭保護を目指し現在も活動を続けている。

リターン

7,000

お気軽応援コース

・心を込めたサンクスメールを送付いたします。

支援者
20人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

10,000

しっかり応援コース

・心を込めたサンクスメールを送付いたします。
・保護した子たちの写真をメールで送付いたします。
・ディアママのブログでご支援者様としてお名前をご紹介します(希望者のみ)

支援者
89人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

30,000

心から応援コース

・心を込めたサンクスメールを送付いたします。
・保護した子たちの写真をメールで送付いたします。
・ディアママのブログでご支援者様としてお名前をご紹介します(希望者のみ)

支援者
14人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

50,000

全力応援コース

・心を込めたサンクスメールを送付いたします。
・保護した子たちの写真をメールで送付いたします。
・ディアママのブログでご支援者様としてお名前をご紹介します(希望者のみ)

支援者
6人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

100,000

応援コースシルバー

・心を込めたサンクスメールを送付いたします。
・保護した子たちの写真をメールで送付いたします。
・ディアママのブログでご支援者様としてお名前をご紹介します(希望者のみ)

支援者
7人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

300,000

応援コースゴールド

・心を込めたサンクスメールを送付いたします。
・保護した子たちの写真をメールで送付いたします。
・ディアママのブログでご支援者様としてお名前をご紹介します(希望者のみ)

支援者
0人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する

500,000

応援コースプラチナ

・心を込めたサンクスメールを送付いたします。
・保護した子たちの写真をメールで送付いたします。
・ディアママのブログでご支援者様としてお名前をご紹介します(希望者のみ)

支援者
0人
在庫数
制限なし
発送予定
2020年3月
このリターンを購入する
プロフィール
ディア・ママ (三浦れいこ)
ディア・ママ (三浦れいこ)
SNSでの活動ネームはディア・ママ、本名は三浦れいこ。もともと地域猫活動していたが、2011年3月11日の東日本大震災ならびに福島原発事故以降は、福島第一原発の20キロ圏内に取り残された"あの子達(猫)"の救護活動をはじめる。毎週末に東京から福島・被災地に通い9年目を迎えるが、まだ残っている子がいるため全頭保護を目指し現在も活動を続けている。

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