プロジェクト概要

日本人プロレスラーがネパールで大会を開催!

 

はじめまして、実行者の中村祥之です。25年間プロレス業界で働いている私は、「プロレスで笑顔創造」をしたいという思いでレフリーとして、これまで2回ネパールに渡り大会に参加してきました。戦後日本の娯楽業界を盛り上げ、人々を勇気づけた「力道山時代のプロレス」が、ネパールでも発展し、多くの人を笑顔にすることを願い、今回も6月に日本人選手2人を派遣して大会を開催をサポートします。

 

滞在期間中は1人1泊400円程度のホテルに滞在し、試合に出場する際の報酬も一切受け取らずに行います。しかし、日本人選手の往復の渡航費が不足しております。どうか皆さまのご協力いただけないでしょうか。

 

(実行者の中村です。後ろを向くと人々の投石の的になります。

なので会場では絶えず動くことを心がけています。)

(こんなにも多くの人たちが私たちのプロレスを楽しみに来てくれます。

建物の上にも多くの人々。)

 

親日ネパールの人たちを、日本のプロレスで笑顔に

 

1日平均12時間、水力発電に依存しているネパールは乾季になると1日18時間の停電となることもあります。もちろん世界有数の貧困国でもあり人々は絶えずストレスと向き合い生活しています。家族の生活を優先しなければならず農業の手伝い家畜の世話などで学校に通うことが出来ない子供も多くいます。ネパールは用具が不足しているという理由もありますが、スポーツをするという習慣がなく、オリンピックでネパール独特の形状の国旗を見ることもありません。プロレスは言葉が不要なエンターテイメントであり、「リング」さえあれば場所を問わずどこでも行えます。リング上のアクションを通して人々の喜怒哀楽を発散させることが出来るネパールの人々にとっては本当に楽しみなジャンルの1つになり始めました。

 

(世界遺産も多くありますが街の中は不衛生な状態が今も続いています。

世界遺産の中で生活している人々の姿も。)

 

私は、2012年2月初めてネパールを訪問しました。ディーゼル車の排気ガスによるスモッグ、水不足、家が無く世界遺産のお中に居住する人々の姿もありました。カトマンズのホテルに9日間宿泊しましたが水の衛生状態はもちろん悪く蛇口から出てくる水は茶色であり錆臭く、停電の影響もあり温かいシャワーもほぼ浴びることが出来ず水で身体を洗い流すのが精いっぱいでした(一部の外資系高級ホテルは別だそうです)。日本人選手団と共に4歳~18歳までが通う学校へ慰問に伺いましたが日本人選手への歓迎ぶりは想像を絶したもので、子供たちが日本、日本人へ憧れている姿が本当であると理解するのに時間はかかりませんでした。

 

(ネパールの小学生に日本語を教える上田祐介選手。皆興味津々でした。)

(2月の大会終了後にはラムバラン・ヤーダフ現ネパール大統領を、

日本人選手団で表敬訪問し労いの言葉を頂きました。)

 

日本人選手2名を派遣することが可能であれば親日家の現地メディアでも大きく取り上げられ、プロレスの大会はさらがらオリンピックやワールドカップのような騒ぎになると思われます。人々が通常生活で蓄積したストレスを現地ネパールや日本人選手のプロレスラーを応援することで発散し大会終了後は家族揃って笑顔で家路につく。大会後は「またすぐに来てください」という声を多く頂きます。日常で物事が上手くいかない時ネパールの人々は「ここはネパールだから仕方ない」という言葉をよく使います。そんな中でネパールの選手が日本人選手と共に助け合い活躍し先進国といわれる国々の選手に立ち向かい戦う姿を見せることで何事も「あきらめない」という気持ちを少しでも強く持って頂ければ、現在の子供たちの意識も改善されていく可能性があると思います。

 

(西ネパール地区屋外での試合模様、

悪行三昧の日本人選手にネパールの人々は投石で反抗。小石ですが当たれば痛い。)

 

「力道山時代のプロレス」が、かつて戦後の日本を盛り上げたように、

ネパールへ根付き国民に勇気と元気を与えることを願って。

 

現在はネパールプロレスラーの育成技術提供、屋外イベントのノウハウ提供を行っていますが、ネパールの人々は国際試合(外国人選手の参戦)を望む声が大きくなってきました。特に親日家が多いネパールでは日本人選手の参戦を望む声が大きいのが現実です。昨年12月は私と選手1名が全費用自主負担でネパールの国際試合に参加しましたが、自主負担だけでは僕たちにも限界があります。又、派遣出来た際には日本人選手2名によりネパールの選手育成を手助けし、戦後の日本人に勇気を与えてくれた力道山のように「ネパールの力道山育成プロジェクト」を踏み出す1歩目となることを期待しております。

僕は25年間プロレス界で働き続けているので「プロレスで笑顔創造」しか出来ません、今後も可能な限りネパールへ渡り戦後の日本娯楽産業界を大いに盛り上げた「力道山時代のプロレス」がネパールへ根付き国民に勇気と元気を与えること、その娯楽産業が新たな雇用を生みだすことを切に願っております。

 

(ネパールの子供達に配布させて頂いたノート。6月も出来るだけ多くの文房具を届けます。)

 

皆様のご支援心よりお願い申し上げます。

 

プロレスは「リング」さえあれば場所を問わずどこでも行える大衆娯楽であり、そのリングがあるネパールには最も適した大衆娯楽に成り得る可能性があります。日本、日本人はネパールの人々にとって憧れの対象です。一人でも多くの人々の足をプロレス会場に運んでいただき「プロレス」がネパール初の大きな娯楽産業に発展することを期待しております。皆様のご支援心よりお願い申し上げます。

 

 

【選手派遣予定期間】

5月29日に出発、打合せ・記者会見を経て6月1日首都カトマンズでプロレス大会を開催。派遣選手は、現地の若手プロレスラーに基本運動の指導を行ったり、その他植樹や学校訪問を行い4日以降の帰国となります。滞在期間中は1人1泊400円程度のホテルに滞在するのでこちらも自己負担で賄い、試合に出場する際の報酬も一切受け取りません。急にカトマンズ又はポカラ近郊の学校でのチャリティーイベントが決定した場合も出場させます。

<義援物資:野球道具:けん玉:折り紙:あやとりの紐:ノートなど>

事前に持ち込み可能な物資の種類・個数をネパールプロレス運営側と協議し先ずはカトマンズ市内のホームレスの子供達が共同生活する施設へ優先的に贈らせて頂く予定です。可能であれば選手も施設又は学校に同行します。

 

【派遣予定選手紹介】


若鷹ジェット信介
故・橋本真也選手が2001年に立ち上げたZERO-ONEにてデビュー。その後1度は引退も「ハッスル」にて再デビュー。2012年2月に行われたネパール・日本フレンドシップレスリング大会に参戦。日本昔話「桃太郎」をモチーフにしたコスチュームで出場し注目を集めるも、成績は3日間4戦4敗。しかしその悪人を装ったアクションはネパールの人々の記憶に大きく残っています。
 

植田使徒(プロレスリング ZERO1)
現在プロレスリングZERO1所属、元NWA UNヘビー級王者&NWAインターコンチネンタルタッグ王者。現在ZERO1においても若手選手のコーチを兼務しており、ネパール遠征と同時にネパール若手選手の育成を目的として今回の遠征が決定。

 

【引換券】

◆ネパール現地大会運営側からの個人名入り感謝状(選手一同による記念写真付)

 

(イメージ画像です)

 

◆選手のサイン入り自主製作DVD
-サンプル記録映像-
2012年2月 :http://www.youtube.com/watch?v=BlBHmfIY1Vk
2012年2月:http://www.youtube.com/watch?v=rkjMYL0FxHk
2012年12月:http://www.youtube.com/watch?v=UJa4WWboVhg


◆選手のサイン入り(サイン無しも可能)日本(プロレスリングZERO1)ネパールフレンドシップ大会ロゴ入り記念Tシャツ(非売品:白ボディー:サイズはS~XXLまで指定可能)

(ロゴイメージ)

 

◆自主制作DVDのクレジットに支援者の氏名を記載


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