プロジェクト概要

90年ぶりの再会。

結髪土偶、上半身・左脚の接合プロジェクト。


ページをご覧いただき、ありがとうございます。山形大学附属博物館です。

 

山形大学附属博物館は、昭和初期に山形師範学校にあった「郷土室」の資料を引き継ぎ、自然科学・人文科学の両方を展示する総合博物館として開館しています。

 

当館には、約3万点の資料を収蔵しており、数多くの貴重な資料を保管しております。

 

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そんな当館のマスコットとして、皆さまに長年愛されてきたのが、結髪土偶の通称「結髪ちゃん」です。

 

結髪土偶とは、頭部が髪を結っているような形状をした縄文時代晩期の土偶です。当館の結髪ちゃんは、両脚が無い上半身だけの結髪土偶で、ガイドブックや広報紙で、当館の代表的な収蔵品として活躍してきました。

 

昨年、結髪ちゃんの左脚が、山形県寒河江市所蔵の考古学資料の中から発見され、当館に寄贈されました。約90年ぶりに、上半身と左脚が再会したのです!

 

そこで今回、この結髪土偶の上半身と左脚を接合するため、クラウドファンディングで皆さまからご寄附いただくことを決めました。

 

ぜひ、山形大学附属博物館のマスコット・結髪土偶が再び立ち上がるために、皆さまの温かいご寄附をよろしくお願いいたします!

 

 

 

謎多き結髪土偶。

 

<そもそも土偶ってなに?>

 

土偶は、縄文時代中期以降、様々な姿のものが多く発見されていますが、ほとんどが女性の形をしていることや壊れた状態で発見されることから、豊穣・安産の祈りやお祭りに使われたと考えられています。

 

特に、東北地方では遮光器土偶が有名ですが、その後、頭部が髪を結っているような特徴を持つ土偶「結髪土偶」が出現します。

 

 

土偶のほとんどが、壊れた状態で出土しますが、意図的に壊されており、その壊れた箇所に意味があったと考えられています。

 

結髪土偶は、現在までに山形県内で7件が発見されていますが、その中で、完全な姿がわかるのは、国指定重要文化財の最上郡真室川町大字釜淵字五郎前出土土偶のみです。

 

その他の結髪土偶は、脚がなかったり顔が欠けているため、全体的な姿がわかるものは僅かです。

 

 

<結髪ちゃんの特徴は?>

 

当館の結髪土偶「結髪ちゃん」は、山形県寒河江市石田遺跡で見つかりました。この周辺は、旧石器時代から中世までの遺跡が見つかっています。このことから、この土地には長く人々が暮らしていたのではないかと考えられています。

 

しかし、結髪ちゃんには、わかっていること以上に多くの謎が残っています。

 

【謎①:両脚の欠損状況

通常の土偶ですと、欠損部の断面から、どのように割られたのかを推測することもできます。しかし結髪ちゃんは、残念なことに、断面を石膏で復元しているため、両脚が意図的に割られたのか土中で壊れたのかは、まだ解明できていません。

 

【謎②:構造と赤色顔料の素材
本体の構造や製作方法は、無用な破壊ができないため、未だ解明されていません。しかし、X線CTを行い、中空の状態や頭部に空洞があることがわかりました。また、沈線に赤い顔料が残っているので、ベンガラか水銀朱を使って、全体を真っ赤に染めていたようだということはわかっていますが、顔料の素材も解明されていません。

 

【謎③:全体像

両脚が欠損してしまっているため、どのような全体像なのか、わかりにくい状態です。

 

 

 

上半身と左脚、再会までのストーリー。

 

<どうして離ればなれに?>

 

この結髪土偶は、元々、大正時代末寒河江の大地主、安達又三郎が所有していました。

 

安達又三郎は、結髪土偶の左脚は自宅に保管し、なぜか上半身のみ、西村山郡教育会が設置した山形県郷土博物館に展示していました。

 

大正末頃の結髪土偶の絵はがきには、脚が写っていないことから、持ち主であった安達又三郎は、上半身と左脚が一緒のものだと気がつかなかったのかもしれません。

 

そうして、上半身と左脚が離れ離れになってしまったのです。さらに、山形市に郷土博物館ができると、結髪土偶やその他の資料はこの博物館へ移管され、寒河江からも離れてしまいました。

 

 

<どうやって再会したの?>

 

その後太平洋戦争がはじまり、終戦間際の昭和19(1944)年、郷土博物館が入っていた山形県教育会館が海軍に接収され、結髪土偶の上半身を含めた展示資料の保管場所が無くなるという危機を迎えます。

 

この時、資料の受け入れ先となり、危機を救ったのが、後に山形大学附属博物館初代館長となる長井政太郎でした。

 

長井が上半身を含む展示資料を個人的に預かり、山形師範学校「郷土室」に引き取られたことで、現在まで、その他の資料と一緒にしっかり保管されていました。

 

 

一方左脚は、寒河江から出土した考古遺物と一緒に、安達家が保管していました。

 

そして、平成27(2015)年に、安達家から寒河江市に左脚が寄贈されました。この資料の存在を知っていた郡山女子大学短期大学部會田容弘教授が、結髪土偶の一部ではないかと情報を寄せたことで、同じ土偶であることがわかりました。

 

こうして、約90年の時を経て、結髪土偶の上半身と左脚は、再会したのです。

 

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当館では、結髪土偶の左脚が見つかったと連絡があるまで、結髪土偶の案内をする時は、「残念ながら脚は見つかっていません。でも、今も寒河江で眠っているかもしれませんね。」と解説をしてきたので、寒河江市の担当者が左脚を持って来た時は、とても驚きました。


大正時代末の寒河江から、展示先や所有者を転々としながら、当館に伝わった結髪土偶の上半身と、約90年ぶりに再会した左脚。これを接合して立ち上がった姿を、皆さまにお見せしたいのです。

 

 

 

結髪ちゃんの謎を解明します。

 

今回、当館マスコットの結髪ちゃんの上半身と左脚を接合することで、発見から約90年解明されてこなかった、3つの謎が解明される可能性があります!

 

【謎①:両足の欠損状況】

→接合にあたり、断面の石膏を除去するため、両脚がどのように割られたのかが解明できるかもしれません。

 

【謎②:構造と赤色顔料の素材】

→接合にあたり、一度古い修復を全て解体することで中々見る事ができない土偶内部について報告することができます。また、接合作業と同時に、赤色顔料の成分分析も行ない、素材も本格的に調べることになりました。

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【謎③:全体像】

→左脚が上半身と接合されることで、全体像がより明確にイメージできるようになります。また、縄文人が作った当時の姿を知ることで、土偶に込められた願いや祈りが何だったのかを考える手がかりにしたいと考えています。

 

そして、左脚が接合され全体像がわかる、結髪ちゃんが立ち上がった姿を、皆さまに見ていただくため、専用の展示台を作ります。

 

接合に伴って得られた調査結果を、接合完了した結髪ちゃんの展示とともに公表することで、これまで土偶が辿って来た歴史をたくさんの方に知っていただき、文化財を守り、次の世代につなげていくことの重要性を伝えていきたいです。

 

皆さまからいただいたご寄附は、接合作業費、調査費、展示台製作費などに充てさせていただきます。

 

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結髪ちゃんを皆さまの手で立ち上がらせましょう!

 

この接合作業および調査をすることで、歴史的にとても価値のある発見ができるかもしれません。

 

しかし、この作業・調査にはとても高額な費用がかかってしまいます。

 

そんな「みんなの結髪ちゃん」の、歴史的な接合作業・調査は、ぜひ皆さまと一緒に行ないたい。そう思い、今回クラウドファンディングにて、この費用を集めさせていただくことにしました。

 

これからも、新しい姿で愛され続ける結髪ちゃんを、皆さまにお見せしていくために、どうか皆さまの温かいご寄附をよろしくお願いいたします!

 

 

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本プロジェクトを通じて寄附を行う場合には、以下の税制優遇を受けることができます。

 

<内容>
・個人の場合:2000円以上の寄附をされた方は、寄附金領収書を添えて確定申告を行うことで所得税に関する優遇措置として「税額控除」を受けられます。一部の住民税についても優遇措置の対象となる場合があります。

 

・法人の場合:「寄付金特別損金算入限度額」の枠が適用され、当該限度額の範囲で損金算入ができます。

 

※寄附の受領日(領収日)はReadyforから本学に入金された日になります。
※詳しくは自治体や所轄税務署、国税庁のウェブサイト等をご覧ください。

 


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