1枚のきっぷがあります。

追分駅の入場券。

 

これは、北海道鉄道観光資源研究会の永山茂代表のアルバムから出てきたものです。

 

昭和50年3月25日。
> この日の朝は追分駅で蒸機の撮影をしていた。高校受験を終え、結果もそっちのけで、その日の急行「きたぐに」で北海道を目指した。入学式までに戻ればいいや、なんて・・・落ちてたらどうなったのかと、今思い出すと呆れる。
蒸機はこの年の冬には全廃となった。
> 北海道通いの最後の一年が始まった記念のきっぷだ。
 

追分切符

 

こんなフェイスブックの投稿に、いすみ鉄道の鳥塚亮社長からコメントが付きました。

 

> ああ、私と10日違い。
この時です。昭和50年4月5日 追分です。

追分駅の鳥塚さん

京都出身の永山代表、そして東京出身の鳥塚社長。

ふたりの最初の共通点は、SL晩年の追分駅。

 

それから42年を経て、現在も北海道の鉄道を心から応援する気持ちは同じです。

 

その鳥塚社長から、いよいよ、その追分の地に、SLとともに特急形気動車を保存するプロジェクトのクラウドファンディングの終了を控え、いつもの「鳥塚節がピリリと効いた」ブログ記事で応援いただきました。http://isumi.rail.shop-pro.jp/?eid=3195

 

鳥塚亮ブログ

 

本日のダイヤ改正を前に、最終日のキハ183の特急「北斗」乗車記をテーマにした記事からの引用です。

 

> 目標金額までかなり近づいてきましたので、皆さんぜひよろしくお願いいたします。

 

> でもって、この目標金額というのは先頭車2両を保存しましょうということなのですが、おとといのブログでも申し上げましたように、この183形は、私は是非1編成残してほしいんです。

 

> なぜなら、1編成残しておけば、あとでいくらでも復活させることができるからで、特急形車両というのは、先頭車だけ1両あっても走らせることはできませんから、公園に飾っておくだけしかできないのですが、1編成あれば、観光列車としても使えるからです。

 

> 今、JR北海道というのは実に厳しい環境にあるわけですが、私の希望的観測では、数年後には必ず経営状況が好転し、上昇気流に乗ることができると考えています。会社がそういう状況を迎えるときに必要なのは、「シンボル」なんですね。

 

(中略)

 

> それが、この間から私が言っている、「1編成丸ごとあげちゃいましょうよ。」ということなのであります。

 

http://isumi.rail.shop-pro.jp/?eid=3193

 

> なぜなら、この183系が登場した当時は、北海道の鉄路に対して会社も道民も旅行者も大きな夢があったはずなんです。

 

> JR北海道がはばたく基本姿勢が、当時はこの車両に込められていたからで、つまりは、そういう「初心」を常に忘れないようにするということも、シンボルの大切な役割だからであります。

 

> キハ183系保存のためのクラウドファンディングは こちら

 

> 最低でも2両行きましょう!

 

最後のクライマックスを前に、非常に心強い応援がとても心強く感じました。

 

しっかり、盛り上げていきたいと思います。

 

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