プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

 

製造当時と同型のエンジンがまだ生きている!

国鉄型キハ2004号の動態保存プロジェクト

 

■ 自己紹介

 

 はじめまして、福岡県の平成筑豊鉄道で、サポーター活動を行っている前田忠と申します。サポーターは、平成筑豊鉄道にゆかりのあるOBや鉄道ファンが集い、普段は駅や車両の清掃等を行い、平成筑豊鉄道を支援しています。私自身は国鉄時代からディーゼルカーの保守に携わり、その後平成筑豊鉄道でお世話になりました。

 

平成筑豊鉄道サポーターの前田忠です /現役時に企画した国鉄車両運転の一コマ

 

 

■ 新幹線に名前を譲った名列車

栄光の「ひかり号」

 

 「ひかり号」と言えば、新幹線を連想する方が多いことと思いますが、実は昭和33年に登場した九州の急行列車の愛称で、車両もクリームに赤ラインが入った全国統一の明るいカラーをまとったキハ55・26と呼ばれたディーゼルカーにより、九州では鹿児島本線や日豊本線、豊肥本線等で活躍を始めました。

 

 その後、料金を下げて利用しやすい列車とするべく、ひかり号を含む急行列車の多くは「準急」とされ、日本の高度経済成長を支えていましたが、昭和39年の東海道新幹線開通時、超特急にふさわしい名誉ある愛称として「ひかり」の名に白羽の矢が立ち、その名を新幹線に譲り、九州の大動脈で活躍した「ひかり号」としての、短い歴史に幕を下ろしました。

 

別府湾をゆくキハ55・26によるひかり号(一部加工修正しています)/ 撮影 奈良崎博保

 

 

■ ひかり号を現代に伝えるディーゼルカー
キハ2004号が解体の危機に

 

   そうした懐かしい色を身にまとい、「ひかり号」のイメージを今に伝える貴重な車両が、茨城県のひたちなか海浜鉄道に現存しています。それが「キハ2004号」なのですが、既に2015年12月をもって現役を引退しており、同社で保存予定はなく、譲渡先がなければ解体予定です。

 

譲渡打診中の「キハ2004号」

 

 昭和41年製造。元々北海道の留萌鉄道で約3年間使用後、茨城県にやってきました。国鉄でいえば、キハ22と呼ばれる寒地タイプの車両に似ていますから、厳密には九州と縁はなく、ひかり号そのものの車両ではありませんが、車両内外が製造当時のままほぼ原型をとどめているばかりか、それがDMH17Cと呼ばれる国鉄型エンジンのかかる状態であり、更には全国で準急色と呼ばれた懐かしいカラーをまとっています。

 

 その正面デザインは、前掲の2枚の写真を見比べて頂ければお分かりの通り、九州で活躍した栄光の「ひかり号」当時のディーゼルカーとほぼ同じであり、大変希少価値がある歴史的な車両と言えます。

 

室内も、国鉄型をしのばせる青シートが並びます / 撮影 古田浩司

 

 

■ 栄光の「ひかり号」動態保存計画

 
 

 正直なところ、私は鉄道職員であり、鉄道ファンではありませんでしたが、長年手掛けた懐かしいディーゼルカーが、イベントで沢山の方々に喜ばれている姿に感慨深いものがありました。そこで、平成筑豊鉄道で国鉄車両イベントを行っていた10年以上前から、何とか「国鉄型」車両を残せないかと、ともにイベント計画に携わって頂いた、九州鉄道記念館のボランティアスタッフの皆さんを中心に、模索していました。

 

撮影には黒山の人だかり / 国鉄車両運行イベント

 

撮影には黒山の人だかり(国鉄車両運行イベント)/ 撮影 宇都宮靖顕

 

 しかし、幾度もチャンスがありながら、多くの壁に阻まれ、残念ながら私の現役時には叶いませんでした。それでも、私の見えないところで熱心なファンの皆様が各方面への打診を10年以上にわたり継続して頂き、最後の望みを聞いてくださったのが、ひたちなか海浜鉄道様でした。


 同社の吉田社長様とは、昨年夏のローカル線サマースクールでお会いし、ローカル線経営の在り方を学びつつ、国鉄型のイメージを色濃く残すキハ2004号と出会いました。

 

 同車はエンジン状態も良いようでしたが、残念ながら新車導入により、廃車せざるを得ない状態であることを知ったのですが、「せっかくの貴重な車です。何としても解体は避けたく、大事にしていただける方がいれば、お譲りしたい」とのお言葉を頂き、これまで検討を重ね、今回のプロジェクト発表に至った次第です。

 

 そのため、現在キハ2004号は、他の廃車車両が次々と終点駅の留置線に回送される中、今回のプロジェクトにご理解を頂いた吉田社長をはじめ、ひたちなか海浜鉄道の皆様の計らいにより、陸送用のトレーラーが乗り入れできる、那珂湊駅構内に未だ留置されているのです。

 

   廃車後も那珂湊駅構内に留置されているキハ2004号 / 撮影 古田浩司

 

 

多くの人々に愛され続ける車両・鉄道をめざして

今年中の動態保存を実現したい

 

■ 運転体験用車両としての活用

 

 まず、このクラウドファンディングを開始するにあたり、サポーター活動の一環として「キハ2004号を守る会」を立ち上げました。この会には、私のような国鉄OBのみならず、長年、筑豊で鉄道趣味活動を行っている方や、九州鉄道記念館ボランティアスタッフの方々にも協力頂き、これまでひたちなか海浜鉄道様や、輸送担当会社様等との交渉にあたって頂きました。

 

キハ2004号を守る会です!

 

 この活動が成功すれば、2016年中に、ひたちなか海浜鉄道様所有のキハ2004号を当会にお譲り頂き、平成筑豊鉄道へ寄贈予定です。同社構内において、大人から子供までが楽しめる「エンジン起動体験」、「車掌・運転士体験」等が可能としつつ、動態保存を実現しようとしています。幸い、平成筑豊鉄道の本社が所在する金田駅は広大な敷地を有しており、初代レールバスを使用した運転体験は、同社で恒常的に行われ、既に開催ノウハウを持っていますし、キハ2004号を譲渡頂いた場合の保管場所についても、同社の内諾を頂いています。

 

 

■ キハ保存を沿線地域の活性化の起爆剤に

 

 平成筑豊鉄道は、その名の平成元年発足当初から、貨物輸送や大幅なダイヤ改正などにより、多くの皆様に支えられ、黒字経営が続いていましたが、平成16年に貨物輸送が廃止され、少子化に伴う定期利用者の減少などの影響により、近年では赤字経営が続いています。

 

 株式会社とはいえ、「第三セクター」という行政と密接な連携が求められる立場上、純粋な一般企業と比較し、どれほどの施策が積極的に行われてきたのかと問われれば疑問が残るところですが、それでも限られた枠組みの中で全国に先駆け、枕木オーナーやつり革オーナー、ネーミングライツなどの取り組みを行い、さらに近年では地域ボランティアの皆様と連携したウォーキングや、商店街と協働開催したグルメイベントなどの開催により、収支は改善方向に向いているとの報道も先般なされています。

 

 いっぽう、昨年ひたちなか海浜鉄道のサマースクールに参加させて頂いた際に目にしたものは、各駅の清掃活動を自発的に行っている地元の方々や、駅に集い朝市を行う農家の方々をはじめとする、鉄道を中心につながっている人と人との輪。

 

 こうした活動の中心となっているのは、「おらが湊鐡道応援団」を結成する地元ボランティアの方々であり、その鉄道に対する愛着と取り組みについて、結成当時の経緯や苦労話まで、詳しくお伺いすることができました。

 

那珂湊駅朝市の賑わい タクシー乗り合いで訪れる方も

 

 平成筑豊鉄道でも、こうした活動は行われていない訳ではありませんが、沿線の地区ごと単発的に行われ、いまひとつその統一感、連帯感に欠け、せっかく行われている活動が空回りし、参加頂いている地域の方々の期待に応えられていないのではないかと危惧しています。

 

 こうしたことは私も現役の頃に少なからず感じてはいましたが、組織の枠組みの中でなかなか声を上げられない、あるいはその余裕がなかった、それが正直なところです。

 

 ですが現役を退きOBとなった今、私を含めた多くの仲間は、そうした現状が見やすくなり、平成筑豊鉄道のために何かしたいと、鉄道ファンの皆様の知恵も借りながら無報酬で毎週、駅の清掃活動やイベント補助を行っていますが、こうした活動を一過性、独善的なものではなく、広く定着させ、平成筑豊鉄道沿線の活性化に結び付けたいと思っており、その大きな第一歩のシンボルとして、栄光の「ひかり号」にあやかり車両の譲渡を提案させて頂きました。

 

 また、運転体験等を通じ、地域の子供たちをはじめ多くの方々に鉄道に関心を持って頂くとともに、それが単に鉄道ファン向けのイベントのみに終始するのではなく、平成筑豊鉄道を通じた福岡県、ひいては九州の鉄道の活性化につながって欲しいと思っています。ひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅朝市で目にした賑やかな光景と、吉田社長の言葉が今でも忘れられず、私の心に残っています。

 

ー 列車で来ていただかなくてもいいんですよ。駅のにぎわい、それが結果的に鉄道、そして地域の活性化につながるんです。

 

こうした賑わいにつながる材料は、平成筑豊鉄道沿線にもたくさん埋もれています。

 

子どもたちがワクワクする夢の体験を届けたい

 

 

■ 動く鉄道遺産へ

 

 福岡県の筑豊地区はかつて炭鉱で栄え、今では多くの施設が産業遺産として認定され、観光で訪れる方も増え、映画のロケが行われることも少なくありませんが、肝心の炭鉱輸送を支えた「動く鉄道遺産」と呼べる車両は残念ながら残っていません。

 

 今回の車両は、厳密には遠く北海道の車両であると紹介させて頂きましたが、九州の筑豊とともに、石炭産業を通じ日本の経済成長を支えた鉄道の車両であることに間違いはなく、そこに言い知れぬ共通点がある気がしてならないのです。

 

 しかもこの車両は、私鉄発注ながらエンジンや設計が国鉄基準の車両であるばかりか、栄光のひかり号をはじめ、全国各地で準急として活躍した車両がまとっていた懐かしい「準急色」と呼ばれるカラーで、この平成の世に全国でただ1両、存在しているのです。

 

 さらにその姿は、かつて栄光のひかり号で使用されていたキハ55・26と呼ばれた車両を彷彿とさせる姿であり、筑豊地区でも多くの列車に使われていましたから、このキハ2004号を九州の地で保存することは、まさに「栄光のひかり号」の里帰りと思えてならないのです。

 

筑豊を走るひこさん号に使用されたキハ55・26 / 撮影 奈良崎博保

 

 

資金使途について

 

 最大の課題は、輸送費用です。これまでの多くのイベントや、今回のプロジェクトにかかる各方面の交渉、現地調査費用などは、私の周囲の熱心なファンの皆様によりボランティアグループを結成し、バザー収益等で賄って頂きました。

 

 しかしながら今回の譲渡は、ひたちなか海浜鉄道様のご厚意により、車両価格は無償なのですが、九州までの陸送、船便を利用した搬送費が約460万円かかります。

 

 他に、甲種輸送と呼ばれる方法も検討しましたが、異なる旅客会社を往来する手続きの煩雑さや、勝田駅構内の分岐器整備などを含めると、ゆうに1千万円を超える金額がはじき出され、陸送と船便での輸送が妥当と判断いたしました。

 

 ともあれ、平成筑豊鉄道にその費用負担余力があれば良いのですが、貨物列車の廃止や乗客減により累積赤字を計上している現状では、予算化は困難です。

 

 また、同鉄道を支援する観点からも、プロジェクトにはフリーきっぷといった、同社の収入に直結するリターンを考えないと、会社としての協力を得ることはできず、きっぷそのものの代金や募金手数料、発送費用などの点を総合し、まずは輸送するにあたり必要経費も含め計算したのが800万円という目標額です。

 

 

栄光の「ひかり号」動態保存に向け

ご協力のおねがい

 

 この種企画は、鉄道会社のみで考えると、何とも味気ないものになってしまうことも多いのですが、その立案については、鉄道ファンを含む我々ボランティアグループと、平成筑豊鉄道との協働開催とします。

 

 最近では「ママ鉄」「親子鉄」といったファミリー層の鉄道ファンの皆様も増えていることから、年少者の皆様にも楽しんでいただける放送体験やドア開閉体験、ワックスがけ等のメンテナンス体験など、大規模な鉄道会社では実施し得ない、ローカル鉄道ならではのアットホームな企画を考えています。

 

 また、今回は費用の観点から、あくまで構内運転を前提とした譲渡です。本線走行には、必要な保安機器や車体の検査費用、運輸局への確認申請など多大な費用と時間を要するのですが、これを機会に地域や行政の皆様に関心を持って頂き、運動の輪が広がれば、いつの日か本線走行ができる日が来るかもしれません。

 

 また、キハ2004号の検査期限も、帳簿上は少なからず残存しています。

 

 一方、最も考えたくないことについて・・・。しかし、これを考えておかないと、公共の地での保存はできません。

 

 プロジェクト成功の暁には、末永い保存に向け最大限努力して参りますが、第3セクターの立場である平成筑豊鉄道と行政の理解を得るには、保存していくための保守整備費用、車両を動かすための軽油代をはじめ、万一、この車両を手放す、あるいは処分すべき時が来た際に備え、当会がその責任を持つための資金積み立ても想定した、いわば「覚悟の保存」であることも考えたうえで交渉を進めていかねばならず、これまで車両保存が実現できなかった大きな理由は、そこにあるのです。

 

 ですので、目標金額についても、あくまで輸送費のみを最前提に考えた金額であり、末永い保守整備を考えると、それ以上のご支援が支えになることは言うまでもなく、目標額を超えた場合には、そうした用途に充当させていただく、あるいは更なるステージに向けての活動を開始することになります。

 

 どうかみなさまの応援をお願いできれば幸いです。

 

 

栄光の「ひかり号」を守ろう!

私たちも応援しています!

 

■ 九州鉄道記念館さまから

 

 

 こんにちは、九州鉄道記念館館長の佐藤です。これまで当館と平成筑豊鉄道様とは、副館長の宇都宮が主宰するボランティアグループを中心に、前田様と連携し、多くのイベント企画や国鉄型の貸切列車運行を行うことができました。

 

 前田様がお話しされているとおり、これまで国鉄型車両保存は、多くの壁に阻まれ実現することはなかったのですが、その献身的なご努力に応えようと、ボランティアスタッフが九州のみならず、10年以上にわたり粘り強く全国へ交渉を続け、この度、譲渡についてひたちなか海浜鉄道の吉田社長様の内諾を頂くに至りました。

 

 一方当館でも、皆様ご存知のとおり、九州で活躍した多くの車両を保存していることから、その輝かしい功績に恥じないようほぼ毎朝、スタッフの手により磨き上げられています。

 

副館長の宇都宮です。車両保存にかける思いは同じです

 

 今回の件を最初に聞いた際には、当館でも収蔵したいほどの内容でしたが、それが動態保存であり、更にディーゼルカーに造詣の深い前田様を中心に、鉄道を通じた地域の活性化を目指していると伺い、同じく車両保存に携わる者として、写真や資料提供の面から、全面的なバックアップをさせて頂いているところです。

      

 折しも九州は、未曽有の震災に見舞われ、観光のお客様も減少しているところですが、皆様方のご協力のもと、ぜひこのプロジェクトを成功させ、平成筑豊鉄道から、九州の鉄道の活性化に結び付くような情報発信や、各社リンクしたイベントなどを、このキハ2004号をシンボルとして実施して頂ければと願っており、当館としても、九州鉄道記念館の名に恥じることのないよう、その一助になればと考えております。

 

 プロジェクト成功の暁には、当館のネットワークを最大限に活用し、往年の「ひかり号」をはじめ、準急色にぴったりのヘッドマークやサボの提供など、最大限のバックアップをさせて頂きますので、皆様のご協力をお願い致します。

 

ひかり号栄光のマークと行先・愛称板(所蔵 本城孝浩)

          

 

■ アチハ株式会社さまから

 

 当社は大阪に本拠地を置き、大正12年創業以来、一貫して超大重量物の輸送及び取扱い業務に取り組み、その一環としてこれまで1000両以上の鉄道車両の輸送を手掛け、先般開館した京都鉄道博物館の輸送も、当社が行わせて頂きました。

 

京都鉄道博物館へ収蔵される新幹線輸送です!

 

 今回のお話を最初に伺ったのは、元JR東海キハ11の輸送ご依頼を頂いた、ひたちなか海浜鉄道社長の吉田様で、当初は「ボランティアによる車両保存」とのお話であり、ましてそれが茨城県から、遠く離れた九州までの輸送と聞き、正直半信半疑でしたが、まずは見積もりをとのお声に、茨城県から陸送後、大阪から船便でお送りする案を提示させて頂きました。

 

 しかし、ご紹介を受けたボランティアの方と幾度も電話交渉を重ねるうち、車両保存にかける熱意や意気込みから、当社社長がモットーとしている「夢があるから頑張れる」「できませんと言わない伝統」と相通ずるものを感じ、少しでもコストを削減できないか、別ルートでの輸送を模索していたところ、船輸送の区間を東京港からとすることで、大幅なコストダウンにつながりました。

 

九州での輸送も、おまかせください!(大分県での事例)

 

 今回の募金活動の目的は、単に個人的な趣味や、鉄道車両の保存に終始するのではなく、最終的に、それが鉄道を中心とした地域の活性化を目指していると伺っており、当社としても微力ながら、その社会貢献のお手伝いができればと願っております。 夢の実現に向けて、ぜひ皆様のお力をお貸しください!

 

 

 


最新の新着情報