皆様、いつも温かい応援をありがとうございます。クラウドファンディングの挑戦も、残り26日です。9月14日23:00の時点で3,000万円に到達していない場合、今後の「海上実験」など私たちが本当に行いたい研究実験ができなくなる可能性があります。最後まで諦めず頑張りますので、どうか皆様、引き続き、ご支援・応援をよろしくお願いいたします。

 

本日は、漕ぎ手の鈴木克章(すずき・かつあき)さんへのインタビュー記事です。陽気で明るくいつも皆を笑顔にする、通称 “カツ” 。

 

「陸から見た渚の先は、行き止まりではなく始まりの場所かも知れない。もしも、あなたが望むのであれば海上は道となる。その先なる道の上にて天空の奥に星が見えた時、あなたの足下に星が現れるだろう。」

 

なんて言葉を残す、かなりロマンチスト。少し常人には理解し難い鋭い感覚を持つ彼の、世界観全開の話を、是非読んで欲しいです。

 

鈴木克章。1978年、静岡県浜松市生まれ。

 

「やんちゃ」が行きすぎて頭蓋骨骨折、脳挫傷の大事故。リハビリの途中で見つけた「海の上の道」

一 幼い頃から「海」は身近なものでしたか?

そうですね。海と共に暮らしている漁師町で育ちました。砂浜と船着場が遊び場でした。

一 「海」に出始めるきっかけは何だったのでしょうか?

そもそも、20代前半の時に大きな事故をしまして、頭蓋骨骨折とか脳挫傷とか…。歩けない状態になるような事故を。入院中、左半分は顔面が全く動かない顔面麻痺のせいで、毎朝、味噌汁飲む度にね、汁がこぼれ落ちるっていう。今はもう完全完治してます。

 

一 そんな大変な事故に!何か交通事故とかに遭われたのですか。

山道をですね、山のアスファルトの道を、スケートボードを持って行きまして…。山の坂道ってずっと坂なんですよね。それで「楽しいなー」ってずっと下っている最中で(笑)。スピード出しすぎちゃったんですかね。

 

一 鈴木さん、その辺の二十代に比べて “やんちゃ” すぎます(苦笑)。話は戻りますが、「シーカヤック」を乗り始めたのは、その事故がきっかけなんですか。

大きな事故になった後、リハビリの過程でですね、あの「歩けるってすげえな」って思い直しまして。

 

そういう時に、いつも見ていた景色だったんですけど、通学路にあった浜名湖の「海と繋がる橋」があるのを見て、「あれ、まだ知らない道があるな。通学路に」って。

 

それで殆ど回復していたんですけど、リハビリの途中で、この「新しい道」を拓いてみようと思って。それが「海の上の道」でした。ここにも道があるじゃん、ってそれからです。

 

残念ながらリハビリ後の旅の写真ではありませんが、2013年9月。日本一周の最中。北海道。難所である津軽海峡を渡り終え、新たなる島と出会った。

 

それでその時はまだ、「カヌーやカヤックの世界」っていうのは分からなかったんですけど、折畳み式カヤックを買って、いつでも陸に戻れるように自転車も積んで、トレーラーもつけて、乗り込んだんです。

 

自分で買ったカヤックに始めて乗った瞬間に止まらない涙。「海と繋がった」瞬間」

一 リハビリ中に見つけた「海の道」。最初の印象に残っているシーカヤックの経験って何でしたか?

本当に最初の最初。もうとにかくシーカヤックを買って、通学路にある橋から無理矢理下ろしたんですね。「とりあえずここからがスタートだ!」って。思い出深いですね。

すごい不思議だったのが、自分で初めて買ったカヤックに、足を下ろして乗った時にですね、特別自分は感情的な人だとは思っていないんですけど、自分の目から涙がね、ボロボロボロボロ出たんですよね。なんでか涙が止まんないんですよね。俺はどうかしちゃったんじゃねえかって。

 

たぶん言葉で表せるような世界じゃない、細胞レベルでの「海からのメッセージを受信したような、時空を超えた何か」みたいな、心と身体のとっても奥の深いところとが繋がって、反応したんじゃないかなって。印象深いですね、自分の中で今でも。そこからまだやってますからね。

 

一 生命の起源は「海」ですからね。その「涙」を何と無く理解できる気がします。

 

2013年。時に自然は圧倒的な美しさを見せてくれる。日本一周の最中。日本海にて。

 

水陸両用の波乱万丈の旅。その旅の途中、峠を越えた先で出会ったのはなんと…

一 折畳み式カヤックに自転車を乗せて始まった旅は結局どうなったのでしょう。

約10ヶ月で終わっちゃいました。2006年に「行けるところまで行こう」を目的に、カヤックと自転車で進んでたんですけど、カヤックが裂けてしまいました。静岡県から始まって大分県で陸にあげる時に。荷物を積みすぎちゃったんでしょうね。でも、そこで中断した場所が次の「日本一周」に繋がりました。

 

一 自転車は、「カヤック」での旅を断念する時の帰路に使うのだと思っていました。

その当時、何も知らないまま海に出ちゃったので技術もなくて、海から岬を越えられなかったら、陸に上がって自転車で「峠越え」をしてました。カヤックか自転車、トレーラーとキャンプの荷物を合わせて数十kg乗せて、海と山を進む。自転車を漕いでいて歯を食いしばりすぎて、歯が欠けました(笑)。

 

一 まさに「激烈にハード」な旅ですね…!

それで、瀬戸内海でたくさんの山を越える中でひたすら続く上り坂があったんです。「この山の頂上まで行ったらそこで休もう。この峠を越えられたら、絶対何かに繋がる!」と必死に漕いでたんですね。

 

で、見上げるとポカリスエットを片手に持って、頂上からずっとこちらを見て、待ってる男がいたんですね。それが、後に「航海プロジェクト」漕ぎ手キャプテンになる原康司さんだったんです。

現・漕ぎ手キャプテン原康司さんとの運命の出会い

一 え!偶然?当時から原さんとお知り合いだったんですか?

いえ、車で偶然にも横を通りかかったみたいで。それで登りきったら、「ハイ」ってポカリスエットを渡してくれて。原さんとの初めての出会いです。「カヤック乗せて自転車必死で漕いで本当に旅してる人なんて初めて見た」って(笑)。それで車から降りて頂上で待ってたんですよ。“頂上で待ってる”のが、原さんらしいなって。

 

2014年。日本一周の最中。北海道にて。シーカヤックだからこそ出会える景色もあった。

 

46ヶ月間かけて日本を一周。旅の終わりに、偶然が偶然を呼ぶ

一 「航海プロジェクト」にはいつどんなきっかけで関わり始めたのでしょう。

きっかけは実際にですね、そういったミーティングの場に出たのは、2013年ですね。興味深い面白いコトが始まろうとしているなって。そうゆう直感で、誰かに呼ばれたわけじゃなくて、その時「日本一周のシーカヤックの旅」に出てまして。

 

一 2011年から46ヶ月間(3年8ヶ月)かけて旅したアレですね!後ほど詳しく聞こうと思っていました。

旅の最中の2013年、北海道が冬に入ると一日中外気温がずっとマイナス。テントにつく露も氷が溶けない。カヤックに張り付いた氷を削ってから海に出る。それでいよいよ死ぬな、やばいなと思って。

 

写真は2012年12月。日本海にて。長い冬の季節を丸ごとアウトドアで味わった。

 

一 ホテル泊とかしないんですね、驚きです。

本当はしたい時もあるんですけど(笑)。46ヶ月間のうちホテル泊は両手で数えられる程度です。全ての季節を外で過ごすっていう野生生活。

 

それで、精神的にも疲れて来たところで、北海道の網走に「道立北方民族博物館」っていうところがあるんです。シーカヤックは何千年と歴史のある古代舟なんですが、博物館で古代のものが復元展示されていて、舟のルーツを学びたいっていう強い好奇心で、行ってみたんです。

 

そしたら、ちょうど70万人目になって。

 

一 70万人目???

開館して「展示観覧者70万人目」の人になりまして。記念品として色んな資料をもらったんですよ。カヤックや古代の舟に関する資料であったりとか、エスキモーの人たちであったりとか、北方民族に関する資料をいっぱい頂きました。

 

北海道立 北方民族博物館にて、70万人目の常設展示観覧者になった時。

 

一 すごいというか、鈴木さん、何か持ってますよね、絶対・・・!(笑)

「海の旅」には不思議なことがいっぱい起こるんですよ。それで「70万人目って切りが良いな」と思いまして、旅を一旦中断して、北海道から名古屋行きの飛行機を取ったんですそしたら丁度、名古屋で「航海プロジェクト」のミーティングをやってまして、そのまま参加してきました(笑)

 

一 え!そうやってこのプロジェクトに繋がるんですか(笑)。鈴木さん、なんだかやっぱり何かに導かれていますね。

 

「日本は本当に島国か?」己の目で確かめる為に始まった旅

一 46ヶ月間の「日本一周」の「きっかけ」は何でしたか。

「日本は本当に島国か」という疑いを自分で確かめるためです。地図や教科書で見せられている「日本列島」は、言葉を悪く言うと、「騙されてるんじゃないかな」って。実は、日本は島国じゃなくて日本は大陸かもしれない、隣はブラジルかもしれないだろ、とか。

 

普通であれば、飛行機で上空から見下ろして確認するって方法もあるじゃないかと考えると思います。だけど「メディアリテラシー」ってのも言われますけれども、最近は「自分で情報を読み解く力」というものが、欠けているなって。だから「鈴木克章なりのメッセージを発信できるもの」があるとすれば、「今まで見たこと聞いたことしっかり自分の目で確かめよう」っていうのが、自分に言えることですね。

 

2015年。震災から4年も経ったはずの、宮城県・石巻では未だ消えない震災の爪痕。福島第一原発の近くでは、ガイガーカウンターが鳴り止まない中、遠巻きに海を迂回した。

 

一 単独で海を漕ぎ続けた46ヶ月間。得た経験や気づきをお伺いしたいです。

「日本は『島国』でした。それを、僕は言えるんですね。物理的な意味で「周る(aroundする)」のなら、舟だからこそ可能な条件。「くるっと見て確認してきた!」ってことは、「本当に嘘を付いていないぞ」と言えるようになりましたね。

 

伝えることは「経験の義務」。実体験の価値と重要性に目が向けられる未来がくる

一 旅を続けた理由に「使命感」や「責任感」などがあったのでしょうか。

今年で40代になるんですけれども、「経験の義務」として、もし伝えるなら。

これからの社会は、より通信社会に入って、遠隔操作の技術も発展する。そこにヴァーチャルリアリティやテレイグジスタンス、まだかなり精度が上がっていくと思うんです。例えば、体は地球にあるのに、火星にいるように目の前のことを疑似体験できてしまうような社会になって行く。時代の流れですね。

 

遠隔存在感や遠隔臨場感が浸透する。それだけに、僕が手漕ぎ舟というものを通して伝えていけることは、「実体験」ということを含めて、より重要に、価値のあるものになっていく

 

2014年。北海道にて。流氷群の中は静寂の世界だった。

 

今のインターネットやテレビなどを通じて、例えば、 “ピラミッド” を皆が知っているじゃないですか。けど、それって「本当にピラミッドを “知っている” ことになるんですか」という、問い掛けなんです。

 

それは「切り取られた事実」でしかなくて、「生で見た時に感じることや知る事実、身体を動かして掴んだ体験」がより重要になってくる。そこに辿り着く過程も重要。子どもたち、これからの世代に向けては、「『自分の目で確かめる』っていうのは確実に『あなたにとって大切な経験になっていきますよ』」と言いたいですね。それをお伝えするのは、僕の経験してきたことにおける義務だと思っています。

 

 

一 「実際に体験して見ないと分からないこと」「そうして初めて知り得ることがあるということ」それは、「航海プロジェクト」にも繋がりますね。46ヶ月の旅の初日と最終日、どんな変化を感じましたか。

確かな変化がありました。ゴールを目にした最後日、最初はそこは「スタート地点」だったその場所から先に目をやると、四国島も見えてくるし、九州島も見えてくる。日本海も北海道島も見えてくる。東北も見えてくる手漕ぎ旅で行き着ける海岸線を通して思いを巡らせることもできる。

これが自分の「リアルな世界地図」というのを、身体が距離感も含めて覚えた実感はありますね。それと日本国はまだまだ捨てたもんじゃないなって思うようになりました。

 

2014年 宮古市。蒼く美しい海面が広がる輝きの洞窟。

 

航海プロエジェクトが100年後とか、500年後まで続く、「ネバーエンディング・ストーリー」だったら

一 プロジェクトの話をお伺いしたいと思います。この「航海プロジェクト」だからこそ得た経験・知恵を教えてください

単独航海の時は、海を泳ぐウミガメには「おはようございます!ウミガメさん!」、出会う鳥には「元気ですか〜?」、テントの側にいた植物には「今夜は一緒によろしくね」って話しかけてました。話し相手がいないので一人対談や一人鼎談をしてました(笑)。

 

今はチームの一員になって「会話できるって楽しいな!」と、ここに来てやっと感じています(笑)。手の届かない痒い所の話ができる仲間たちなので、意思疎通を簡単にできるのも嬉しいです。

 

2018年。実験で漕いだ竹筏舟。

 

一 「航海プロジェクト」では喋り返してくれる仲間がいてよかったです(笑)!鈴木さんは「3万年前の人々」が実際に、どんな舟で航海したと思いますか?

草も竹も木も、まだ全ての可能性があり得ると考えますが、チャレンジをしていく度にその答えに近づいている気がします。世界最強の海流の黒潮に古代舟で突入すると、もう正直 “ワープ” してるみたいな感じで難しいです。けれど祖先の人達はそのワープ空間を、乗り越えているどんな舟で航海したのか、僕にはまだわからない。けれど、その舟は皆で作るにしても漕ぐにしても、お互いの命を思いやって協力していると感じます。

 

一 「この「最後の実験航海」にかける想い、を教えてください。

行き着く所まで漕ぎ抜きたいですね。大変の中に面白みがあり、是非とも僕は漕ぎたいです!そして「ネバーエンディング・ストーリー」だったらいいなと考えます。100年後とか、500年後とかにまで、このプロジェクトをやった、その流れが残っていたら良いなと思います。

 

2017年の丸木舟での実験。

 

インタビュアー: 「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」 クラウドファンディング事務局・田島沙也加


◆プロフィール:鈴木克章(すずき・かつあき)​

1978年、静岡県浜松市生まれの経験豊富なシーカヤック・ガイド。海旅一座クルー。シーカヤック日本一周単独航海達成者。ひるまのながれぼし代表。伊豆ユネスコクラブ顧問。国立科学博物館主催・三万年前の航海プロジェクト漕ぎ手。2006年、折畳み式カヤックと自転車による、“激烈にハードな”水陸両用の日本一周旅を決行。2007年には、東南アジアの複数の巨大河川を漕ぎ、カヤックによるタイからラオスへの国境越えも経験。2008年にはインドで、ガンジス川源流域の氷河を起点に1000kmを下るカヤック旅を敢行。2011年からは、シーカヤックによる日本一周の海旅を行なった。激烈にハードな旅路でも、ユーモア無しじゃあやってらんないよと笑いを特に尊重する。


 

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