クメール正月が明けた19日。まだまだ台所やら電気工事やら水回り工事があるけれど、母屋が完成したので落成式をやっていただいた。トンレサップ河沿いにあるので雨季には水没する地域のため、やむを得ず殺風景な鉄筋の家になってしまって、せめて、前の台所はヤシの葉で葺いたカンボジアスタイルにしてくれと、言っているのにカンボジアのおっさんどもは、今どきのカンボジアの家はしゃれたトタンが流行っているんだと言い張ってきかない。

 誰がカンボジアに現代風を求めるんだよ。でもまあ、百歩譲ってトタンの屋根にしても釣り天井はヤシの葉で編んだものにしてくれ。言っとくけど、金を出してんのは日本側だぞ!!と最後には日本語ですごんでみせたら、おっさんたち小っちゃくなった。言わなくてもわかるだろうとか、言ったら気を悪くするだろうとか、日本流の人の付き合い方など、考慮しなくてもいいらしい。我慢しないで怒鳴りつけること。怒鳴ったが勝ち、それがカンボジア。

 オンカー(NGO)ぽたらかカンボジアの代表のおっちゃんが元軍人さんだから、軍隊から米を横流しできるので、後は畑で野菜を作ればいいだけ。慣れないカンボジアの土と格闘していると、寺男のじいちゃんたちが、わしらに任せときなさい、やってあげるよと声をかけてくれた。

ここにきた年寄りの世話も見てあげるからと近所のおばちゃんたち。

地元の人たちに任せて、後はせっせと少しずつお金を送金した方が地元の雇用にもつながるし、などとつくづく思った。

すでにおばあの家には78歳のおばあさんが第一号で入所。3か月経ったら甥っ子が迎えに来てくれるとその言葉を信じて待つこと、数年。

私の姿を見つけたら抱き着いてきた。

 

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