6合目御礼+老舗家具屋「コトブキ」の話題

本日毎日新聞さんの誌面に取りあげて頂いたお陰で、6合目まで一気に駆け上るような勢いでのご支援をいただきつつあります。これまでご支援下さった皆様、そして今回ご支援頂きつつある皆様、本当にありがとうございます!この毎日記事関連については明日、ご報告いたします。

 

一昨日、私と、本プロジェクトメンバーで共同研究者でもある芝浦工大の新井さんと、元家具会社にお務めだったKさんとの間で家具話がえらい盛り上がり、夜な夜な1時間半くらいの間にやたらメールが飛び交っていたのでした。

 

その話題というのが、「コトブキ」の家具。現代では「コトブキシーティング株式会社」と「株式会社コトブキ」に分かれているようですが、元々の出発は「壽商店」1914(大正3)年に、深澤幸也氏が数寄屋橋に創業した会社です(「コトブキシーティングの歴史http://www.kotobuki-seating.co.jp/company/history.html」および「コトブキの歴史https://townscape.kotobuki.co.jp/company/history/」より)。

 

先日の新着情報でも紹介した理学部移転時の調査リストからすると、2015年当時我々は、約1200台ほどの什器を確認して回っており、そのうち15台が「寿商店」の銘がついているものないし「寿商店」のものと思われるもで、全て帝大時代の木製品で、作業台、脇机、片袖机、蛇腹棚付両袖机、長机、などなどでした。うち、13台を回収したことになっています。

 

2015年理学部移転時什器調査のデータベースの出力物.
手書き記録の調査票を、当時の技術職員さんが1月くらいかけて入力してくれたものです.

 

さらにその中に、備品ラベルにBがついているものが5台あることになっています。本学大学文書館に残る備品台帳からすると、B1〜400番台あたりまでは確実に、理学部が設置された当年の昭和14(1939)年に購入されたものであることがわかっています。

 

そういえば…とそこで思い出したのが、現在旧工学部本館3階の家具展示室の受付として置いている机↓

展示ご覧においでになった皆さま、ご記憶にありますでしょうか….
展示室の出入り口入ってすぐ右側に置いてあったあの机です.

 

たしかあれに、赤い「壽商店」のラベルがついていたなあ…と思い出し確認したところ、まさにそのとおりでした↓

 

理学部由来卓子についていた「壽商店」の銘板.大きさは1cm×4cmほど.

 

備品番号もキレイに残っており、B400番台、まさに昭和14年の理学部創設時の購入品であることがわかります↓

 

理学部由来の「壽商店」の卓子に付された当時の備品番号ラベル.
このような帝大時代の金物ラベルはよく見かけるのですが、残ってない場合も多々あります.

 

この「B465」の机は、理学部移転時の什器調査のデータベースには記録がありませんでした。ということは、元々この1台は、理学部移転時の回収品とは別の室で保管していたものでもあり、どうやら理学部移転よりも前の段階で、ゴミ置き場からレスキューして保管していたもののようです。

 

余談ですが、この机を地下の保管庫から運んでくる時は、たまたま人手がなかったので、そこそこ重いのですが、私一人で運んで来ました。階段も、ホラ、このとおり↓

 

運搬は、多少無理をすれば結構な大きさのものでも1人で出来たりします(そりゃ結構キツいですが).
ただ、こういう傾斜があるところでは、天板が下にきたとき滑って危ないです.
普段は作業サポートSistersがいるので、こんな無茶はほとんどしません(Sistersに感謝).

 

…などと、軽〜く運んだわけでは全くなく、平地では小さいゴロゴロ(平台車)を駆使し、階段では転がして(回転させて)、そりゃァ、汗をかきかきです。むかし旧工学部2号館からデカい机を複数レスキューしたときも、上の階からとりあえず1階まで、回転方式で降ろして相当な筋肉痛になりましたな…。

 

さて、壽商店のお話に戻ると、今はホールや室内家具をメインに扱ったり、公共空間での什器を扱っているコトブキさんですが、初期の頃はこのような家具も取り扱っていたのですね。ちなみに、壽商店の「金杉工場(大正9年〜昭和4年)」時代のカタログ小冊子(!!)が新井さんのお手元(!!)にあり、それを見ると確かに木製家具も掲載されている(!!!)とのこと…いろんな意味で驚きです。

 

ここまできて、戦後のFRP素材の椅子についてもご紹介しようと思いましたが、遅くなってしまったので、あとは明日にでも。

このプロジェクトに寄附する
(※ログインが必要です)
Facebookページでおすすめプロジェクトを毎日配信しています