プロジェクト概要

 

被爆者の体験を、ナガサキの声を後世に…

 

株式会社タキオンジャパンの稲塚秀孝です。これまで45年間テレビ番組と映画製作に携わってきました。広島と長崎で二度被爆した方の取材をきっかけに、被爆者に焦点を当てた映画の制作や上映会を行なっています。

 

取り組みの1つとして、「長崎国際平和映画フォーラム」を2010年から2018年まで9度、企画・運営してきました。被爆者の高齢化という現状の中で、被爆の実相を伝えていくために、アニメ上映、朗読、写真展など多彩なプログラムを組み込んだ取り組みを続けてきました。

 

これまでは、国の事業の一環として、国の予算の中で実施されてきましたが、2018年で映画フォーラムの終了が国より通告されました。そこで、この取り組みをなんとか継続し、被爆の実相を伝え、平和を希求する活動を民間の力で続けなくてはいけないと考え、フォーラムを継ぐ、新たな取り組みとして、市民でつくる「ナガサキ映画&朗読プロジェクト」を開催することを決意しました。

 

昨年までとは異なり、一からすべてを、市民が中心になり、実施・運営いたします。予算をいただくことができなってしまった今、運営費用を自分たちでなんとかしなければなりません。今後の取り組みの継続を考慮しても、私たちだけでなく、皆さまと共に、このプロジェクトを成し遂げたいと考えました。

 

そこで今回、2019年12月14日、15日の開催に向けてなんとか皆さまにもご協力いただきたく、クラウドファンディング実施を決意しました。どうか応援のほどよろしくお願いいたします。

 

 

 

「I have done my duty(私は役目を果たした)」
二重被爆者の山口さんが残した言葉です。

 

今から15年前、2004年春に私は仕事仲間の話で、広島と長崎で二度被爆した方の存在を初めて知りました。衝撃を受けた話を忘れることができず、仕事の合間に調査を始めたところ、「原爆前後」(前後)という本に出会いました。


その本の中に、「ヒロシマ ナガサキ 二重被爆」というタイトルで、山口彊(つとむ)さんについて書かれた文章がありました。

 

当時、三菱重工長崎造船所の設計技師だった山口さんが、昭和20年8月6日、出張先の広島で被爆し、翌7日に避難列車で長崎に向かい、8日に到着。そして、8月9日造船設計事務所内で2度目の被爆をする内容が書き込まれていました。

 

この方の体験を映画として残し多くの方に届けたい想いから、山口さんと連絡をとり、直接取材をすることになりました。

 

山口彊さん

 

山口さんは、広島で見た鮮烈な光景を一篇の短歌に書き記しています。


「大広島 炎え轟きし 朝明けて 流れ来る 人間筏」

 

昭和20年8月7日朝、避難列車で長崎に向かうことになった山口さんは放射状に川が流れる広島の街を横断し、己斐(こい、現在の西広島)駅に向かいます。しかし、そこまでの道のりの途中にある橋は落ち、川を渡らなくてはなりません。

 

向こう岸に渡るには、その川を埋め尽くす、数限りない人々の遺体を越えるしかありませんでした。その地獄絵のような光景は、まるで「人間のいかだ」のように見えたとおっしゃいます。

 

 

被爆者の多くの方々は、悲惨だった体験、むごい光景を記憶から消し去り、語ることを頑なに避けてきましたが、山口さんは家族のことを思い、90歳になろうとしたときに「語り部」を始めました。

 

地元長崎で高校生、市民の皆さんに語り掛け、長崎を訪れた米国の高校生にも英語でスピーチをしました。しかし胃がんに冒され、2010年1月4日、93歳で激動の人生に幕を閉じました。

 

亡くなる2週間前には、

 

「I have done my duty(私は役目を果たした)」

 

と最期の言葉を残しました。

 

山口さんは自分の役目を果たし、私達にバトンタッチを渡されました。山口さんの遺志を受け、バトンを渡された私たちが、次の世代にバトンを繋がなければなりません。

 

山口さんのお話を元に製作した、映画の上映会や紙芝居などを全国で行なっています。

 

 

「ナガサキ映画&朗読プロジェクト」について

 

〜開催概要〜

■日時

2019年12月14日(土)~15日(日)10時~18時
 

■場所

長崎原爆資料館ホール
(長崎市平野町7-8 市電 原爆資料館下車 徒歩5分)

 

プロジェクトは、2日間の開催日において、5本の映画を上映し、朗読を10チーム(予定)が行います。


◆映画

上映される映画:今後地元の方々、支援をいただく皆さんからのアンケートを経て、決めてゆきたいと思います。どうぞ皆さんの声をお寄せください。

 

◆朗読

未来に繋げるために、中学生から80代までの世代を越えた皆さんが、自らの身体と声を使って、被爆体験を朗読いたします。またこれまで映画フォーラムに参加してきた無名塾(仲代達矢主宰)から6名参加がし、地元グループとのセッションも行います。

 

朗読では自分の声を通して、被爆された方々の体験を読むことで、より深く被爆の実相を、被爆の現実を伝えることができると確信しています。

 

無名塾による朗読の様子

 

 

被爆者の遺志を絶やさぬように。

 

昭和20年(1945年)8月6日広島、8月9日長崎に原子爆弾が投下され、20万人以上の方々が原爆死しました。その後の原爆症により亡くなった方々も数多くおられます。

 

多くの市民を無差別に殺戮する原子爆弾投下に、今でも強く憤りを覚えます。被爆地、長崎の方々は、74年経った今もその思いを持ち続けています。また今も原爆症に苦しむ被爆者の方々は高齢となり、自ら被爆体験を語り継ぐことは困難になっています。

 

今回、あらゆる世代の皆さまと共に声をあげることで、被爆の悲惨さと平和の大切さを身体で感じられる時間と場を作りたいと考えています。被爆者の遺志を絶やさぬよう、この取り組みを続け灯を広げていく必要があります。どうか皆さま、後押しをお願いいたします。

 

 

 


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