山谷は一期一会の街だ。出会いがあったかと思えば、音もなく消えて行く。いわゆる訳ありの人や、やむなくこの街に来た人にとって、己の過去を晒したくないという事は往々にして有る。そういう匿名性を守るというのは暗黙の了解で今でも守られ続けている。聞かれないという事はある種の人たちには都合がいい。

 

「じゃあ、明日またね。」

 

そしてまた、その言葉は大して意味をなさない。そう言って、それが最後の挨拶になった人を何人も知っている。寂しい事もあるが、この街から出て行けたらのなら前進だと嘘でも思う事にしている。去る者を追ってはいけない、郷に入っては郷に従えの通りだ。相手側にしてみれば、騙したとかそういう気持ちはないのだろう。ただ自分の、明日行きて行く事に精一杯で忘れてしまっただけなのだろう。

 

ある時、中年の女性の方と知り合った。僕は山谷の帳場(フロント業務)を週に1.2度しながら撮影を続けている。当然向こうは僕が写真家だとかは一切知らない。

 

寂しいのかよく僕の所に来て、差し入れをくれたり、話をしたりした。僕から聞く訳ではないけど、自分の身の上話もよく話していた。昔、アラーキーのモデルをした事や、どうして山谷に来たのか等等。

 

半年くらいはいたであろうか。大抵夜八時くらいになるとタバコを持って帳場にくるのが僕にも日課になっていた。山谷は朝型の街だから話相手になってくれるので僕に取っても楽しい時間だった。時々頭に?のマークが浮かぶ話も有ったけど、紅茶の話なんかもしてくれた。紅茶だけはいいものをどこでかは知らないが買っていた。

帳場は深夜24時に締まり、朝の8時に空く。
朝は5時から目覚める街なので働く人は勝手に出て行く。

ある日シャッターを開けると僕宛の手紙が置いてあった。
詳しくは書けないが、とある理由でこの街で暮らせなくなった旨が記してあった。

そしてもう1つ小袋が入っていて、中に紅茶が入っていた。

「自分でブレンドした紅茶です。疲れが取れますから。さようなら。」

そう書いてあった。

紅茶をすすりながら、山谷の街を行き交う人を眺めていた。
寒さが厳しくなりだした12月の初めの事であった。

 

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