山谷の朝は早い。といっても泪橋に行っても手配師らしき人物はおらず、今はセンターを通して飯場(現場)へ行くか、自ら情報誌から仕事を見つけて公衆電話か携帯から自分でやりとりするのが一般的だ。山谷で携帯は欠かせないものになっている。ごくたまに早朝5時くらい明治通りを歩いていると手配師の方に会う事はあるが。強いて言えば「都の仕事」と呼ばれる、公園の清掃といった仕事へ行くワンボックスが停まっているくらい。それは輪番制で、コインロッカーなど山谷の人がよく利用する場所に番号が掲示されている。

相対的に不況のせいも有 り仕事が少ないのは寿もどこの寄せ場も同じである。それでも仕事にあぶれる人を少なくしようと山谷のセンターではフォークや玉掛けなどの技能講習会の斡旋を行っている。

街の目覚めが早い。パチンコ屋やスーパーが開くまで、男たちは電柱などによりかかったりしている。ボランティア関係の配給があれ ば長蛇の列を作るが、そういった情報はドヤを駆け巡る。うちは外人相手の高級ドヤといった所だから労働者が集まっているドヤと少々違うので、細かい事は長期滞在している人やそこらのおっさんと立ち話すると良くわかる。

山谷の人は、僕が思うに、話し好きの人とそうでない人とにはっきり別れる。前者はそれでい て面倒見がいい。ただ話しているとやはり普通の社会の中で考えたら、何かがずれている事は往々にしてある。中にはかなりの博学な人もいてどういう経緯で此処に来たのかさっぱり分からない人もいる。

顔なじみのドヤ暮らしの人は会う度に僕にロッテのミルクチョコレートをくれる。「甘いの好きでしょ」と言って自分の分と半分こにしてくれる。僕は辛党なのでそんなにもらってもしょうがないのだけど断る訳もいかず、冷蔵庫に大量のチョコレートがたまっている。どうやらパ チンコの戦利品といった所みたいである。ただ、その「半分こ」という所が重要なのだそうだ。


かつての山谷銀座といわれた場所も今では寂しい通りになってい る。取材のスタンスも色々あると思うが、僕は結構歴史的背景から資料を調べる方だ。前述の寿にある「ことぶき診療所(通称ことしん)」には資料室があり、山谷に関する資料も数多くあるので、知識を得るにはオススメである。誰でも利用できる。

ある程度山谷の仕組みなり単語を知っていないと会話ができないこともある。web上には山谷に行って無事写真を撮る事に成功したなどと冒険気取りで平気で写真を載せている人もいるが、少し首を傾げてしまう。いつか報道写真家の石川文洋さんと話してい たときに、しかるべき発表手段を持たない者はドキュメントを撮るべきでないと言っていたことがずっと自分のポリシーになっている。まだまだ道のりは長い。

新着情報一覧へ