プロジェクト概要

皆様の温かいご支援に支えられ目標金額の110万円に

1週間で到達しました。本当にありがとうございます!

 

「どれだけの人に支援いただけるのだろうか」と不安をもって開始したプロジェクトですが、様々な方々が、それぞれの思いをもって支援くださいました。支援くださった方々の多様さに、友人は、「ダイバーシティ(多様性)の種そのものだね」と言ってくれました。私の博士論文は、もともと多くの人の人生が織り込まれたものですが、今回あらためて支援してくださった多様な方々の思いが加わり、本となって世に送りだされるのだと思っています。


目標額を超えた分も、より良い

本づくりのために使っていきます。

 

当初、予算に見合ったページ数を考えて、いくつかの部分を削除することも考えていましたが、目標額を超えたことから、その部分の掲載を考えています。また、さらに余裕が出た場合には、表紙の写真にも使用させていただく、新宿二丁目の街やそこにあるゲイバーを写した大塚隆史さんの他の作品を収めさせていただいたり、東京レインボー祭りの写真を写した写真家に写真を提供していただき掲載したり、という、より良い本づくりに充てていきたいと思います。

 

現在、より多くの人が読みやすいように大幅な調整をはかっているところです。とても大変な作業ですが、支援者の皆様のお気持ちに応えられるようにがんばりますので、引き続きご支援よろしくお願いします。

また、このページを読んでいただけるだけでも意味があると思っていますので、周りの方々にもお知らせいただくとうれしく存じます。

 

新宿二丁目の「ゲイコミュニティ」について

研究をした博論を書籍化し、より多くの人に

二丁目について理解を深めてもらいたい

 

 レインボーアライアンス沖縄共同代表の砂川秀樹と申します。私は、東京で21年間にわたり、HIVに関する啓発・支援活動や、東京プライドパレードなどLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)のコミュニティ活動に関わり、その後、故郷の沖縄に戻り、ピンクドット沖縄という沖縄初のLGBTイベントの開催などをおこなっている、活動歴25年になるゲイ・アクティビストです。

 

 また同時に、東京大学大学院で文化人類学を学び、ゲイバーが多く集まる新宿二丁目を研究して博士号をいただいた文化人類学者でもあります。

 私は、博士論文の中で、新宿二丁目の地理的、歴史的な背景を分析しながら、フィールドワークをもとに「ゲイコミュニティ」をテーマに論じました。この博論には、多くの方々の協力があり完成したものであり、また新宿二丁目に縁のある様々な人の生き様も織り込まれています。その博論を出来るだけ多くの人に読んで頂き、新宿二丁目とその場所で生まれた「ゲイコミュニティ」への理解と、コミュニティとセクシュアリティの関わりについの考えを深めてもらいたいと思っています。

 

この博論を1200部ほど書籍化するための費用が不足して

おります。皆様のお力を貸して頂けないでしょうか。

 

(2000年、新宿二丁目のゲイバーが中心となって開催された

「第一回東京レインボー祭り」。この祭りの開催は感動を持って語られ、

現在も続いている。写真:田口弘樹)

 

 

忘れられない一杯 〜私の研究と活動のはじまり〜

 

 そんな私には、大学生の時に、ゲイバーでおごってもらった忘れられない一杯があります。それは、新宿二丁目のゲイバーに通い始めて半年ほど経った日のこと。自分の通っていた大学の卒業式の日でした。当時の私は、大学の友人には自分がゲイであることをカミングアウトすることもなく、周りの友人たちとはどこか常に距離を置いているような学生でした。そのためか、卒業式が終わった後のパーティーにも参加する気が起きず、そのままゲイバーに足を運んだのです。

 

 なじみになりつつあったその店のスタッフに「今日卒業式だったんだよね」と、どことなく寂しい気持ちを抱えながら、ぽつりと口にしました。すると、何度かそのお店で顔を合わせたことがありながらも言葉を交わしたことのなかった50代の紳士が、その言葉を耳にし、「卒業式だったんですか?では、お祝いにいっぱいおごりましょう」とおごってくれ「おめでとう」と祝ってくれたのでした。

 

 そんなことは、なじみの飲み屋ではよく起こる、ありふれた出来事でしょう。でも、私には、そのとき、これまで経験したことのない、「コミュニティ」の一員として認められた実感を覚えたのでした。それは、自分が自分のまま(ゲイということを隠さない場で)仲間に祝ってもらったということが大きかったのだと思います。その人と会話をしたのはそれきりでしたが、今もあの時に感じた温かさは忘れられないのです。

 

(ゲイバー「タックスノット」

「写真半分、酒場パノラマ」より 写真:大塚隆史)


マスコミとのギャップ

 

 その後も、私は新宿二丁目(以下、二丁目)のゲイバーに足を運び、行く店も増えました。ゲイバーでのバイトも経験し、いろんな場面で多くの人に支えられました。私は、その街でゲイである自分を肯定できるようになったという思いを今も強く持っています。

 

 しかし、当時(今もそうですが)、マスコミが描く二丁目のゲイバーのイメージは「禁断の園」「怪しげな場所」で、自分の経験とかけ離れたものでした。そこで、私は、自分の経験してきた二丁目を別の視点からとらえなおしつつ記録しようと思いたち、東京大学の大学院に入って、文化人類学という学問分野に身を置きながら、二丁目の研究を始めたのです。

 

 ちょうどその頃(1990年代の終盤)、二丁目は大きく変化しつつありました。二丁目に「コミュニティ」意識を持つ人たちが増えていたのです。そして、2000年には、ゲイバーを中心とした祭り、「東京レインボー祭り」が開催されました。道には数千人の人が溢れかえりごったがえしました。その祭りの終わりに打ち上げられた花火をみて、その街になじみのある多くのゲイが涙を流しました。どこにでもある商店街の祭りのようでありながら、それまでのその街をよく知るゲイや他の性的マイノリティたちにとっては、心揺さぶられる経験でした。

 

(「東京レインボー祭り」の酒樽神輿)
 

今は亡き人たちの記録

 

 私は、1997年から2005年にかけて調査を行いましたが、それは、単なる観察者として見るというものではありませんでした。東京レインボー祭りのスタートにも深く関わり、知人友人との関係から思考し、同時に、分析的な視点を持っておこなうものでした。


 そして、多くの人たちが、私が研究に協力してくれましたが、残念ながら、その中には、亡くなってしまった人も少なくありません。冒頭のエピソードで触れたお店のマスターも、そこの店員さんも、東京レインボー祭りの初代実行委員長さんも、副実行委員長さんも、二丁目の公園で弾き語りをしていた私の親友も…。


 私は、経済的理由や健康の問題から、何度も博論を断念しそうになりましたが、なんとかがんばれたのは、彼らの姿や彼らが生きたその時代の二丁目の姿を書き残さなければという思いが常にあったからでした。そして、2008年、「セクシュアリティと都市的社会空間の編成〜新宿二丁目における「ゲイ・コミュニティ」意識の形成の背景に関する分析から〜」という博士論文を東京大学大学院総合文化研究科に提出し、博士号をいただくことができました。ですから、この博論は、私だけではなく、協力してくださった皆さん、その中に登場してくる方々とともにつくりあげたものと思っています。

 

(「東京レインボー祭り」のフィナーレ)


二丁目研究の意義

 

 その博論では、二丁目の様子だけでなく、一見全く関係のない新宿二丁目(そして新宿)の歴史や構造、繁華街の持つ性質、場の構造、セクシュアリティ論などについても論じて、コミュニティ意識が生まれてくる背景について、様々な角度から学問的に考察しています。


 私は、それにより「ただの怪しげな盛り場」と見られがちな二丁目という場所は、学問的な「コミュニティとは何か」という問いに貢献できる考察の対象なる場所であることも、この論文を通じて示したつもりです。そして、今、この論文を世に出したいと強く思うようになりました。それは、当時に比べてLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)についてより広く語られるようになり、注目されるようになる中、この街が持ってきた意味を、また、この流れにつながる一つの始まりを広く知って欲しいと思うからです。


 難しい議論も含まれていますが、二丁目に対する見方を大きく変えるものと思っていますし、学問的に分析した二丁目のゲイ・コミュニティの記録を残すという意味でも意義のあることだと信じています。また、文化人類学の研究としても、この学問分野の視点でこういう研究ができるのだということを知ってもらういい機会になると思っています。

 

(博士論文

『セクシュアリティと都市的社会空間の編成〜新宿二丁目における

「ゲイ・コミュニティ」意識形成の背景に関する分析から〜』)

 

最近は、出版事情がとても厳しく、博論を

書籍化するのは容易ではありません。

 

 特にLGBTを扱った学術書は、より困難の現状です。また、学術書出版のためには補助金を獲得することが求められることが多いのですが、その場合、様々な制約も生じます。そこで、今回はクラウドファンディングを利用することで、出版を実現し、できるだけ多くの人に読んでもらえるような形で出版をしたいと考えています。

 

 なお、この書の表紙には、1970年代からゲイの解放運動に関わり、30年ゲイバーを経営されてきた造形作家の大塚隆史さんの作品「半分写真」を使わせていただく予定になっています。尊敬する大塚隆史さんの作品が表紙を飾った新宿二丁目のエスノグラフィーを世に出すことは、私の夢ですが、ご協力、どうぞよろしくお願いします。
 

(大塚隆史さんの作品「写真半分」シリーズから

新宿二丁目仲通りの様子

HDR/Japan掲載 )

 

引換券について

 

・サンクスレター

・『新宿二丁目のエスノグラフィー(仮題)』の概要(A4版、6ページ) 

(今回、出版したいと考えている本の概要です。コピーで作成します。)


・『新宿二丁目のエスノグラフィー(仮題)』(四六版、352ページ予定、販売価格3000円予定)

(今回、出版したいと考えている本です。写真は完成イメージですので、装丁は変わる可能性があります。太郎次郎社エディタスより出版予定です。)

 

 


・冊子『LGBTってなんですか?』(A4版、12ページ)

(LGBTの基礎知識についてまとめた、レインボーアライアンス沖縄オリジナルの印刷物です。)

 


・砂川秀樹エッセイ集『誰もが誰かと歩けるように』(A4版、46ページ)

(沖縄タイムスのコラム「性の話をしよう」で半年間連載していたエッセイをまとめたものです。)

 


 

・RYOJI、砂川秀樹編著『カミングアウト・レターズ』(B6版、232ページ、定価1,700円、太郎次郎社エディタス)

(ゲイ/レズビアンの子とその親、生徒と教師の往復書簡をまとめた書籍です。2007年に出版されて以来6刷となっているロングセラーです。)


 

 

・小冊子「カミングアウト・レターズへのレターズ」(A5版、16ページ、非売品)

(『カミングアウト・レターズ』を様々な人たちが自分に引きつけて読んでくださいました。そんな同書をめぐる感想をまとめたものです。)

 


 

・砂川秀樹論文集『性的なものはプライベートなものですか』(A4版、40ページ)

 

 

(以下の論文を再録:「性的なものはプライベートなものか」[初出:『民博通信』99号]、「日本のゲイを取り巻く社会状況」[初出:伏見憲明編『同性愛入門』ポット出版]、「日本のゲイの歴史」[初出:伏見憲明編『同性愛入門』ポット出版]、「新宿二丁目が照射する異性愛社会」[初出:松園万亀雄編『性の文脈』雄山閣])

 

・『新宿二丁目のエスノグラフィー(仮題)』解説DVD(PC再生用)

(著者である砂川が、同著の解説をおこなった動画をDVDにして送ります。)


・スカイプ等を使った著者との質疑応答(1時間 × 2回)

(スカイプなどインターネットを使ったやりとりで、『新宿二丁目のエスノグラフィー(仮題)』に関する質問や、LGBTに関する問題等についてお答えします。教室とつないで授業で話をすることも可能です。日程は相談の上、調整させていただきます。)

 

・『新宿二丁目のエスノグラフィー(仮題)』へのお名前掲載の権利

(希望者のみ。あとがきの後のページへの掲載を予定しています。)