収録候補曲

【Amazing Grace】

 

前回の話の続きです。

 

この曲の歌詞、何番まであるかご存知でしょうか?

ジャズのライブなどでもよく歌われていますがだいたい3番まで、

そして賛美歌としてキリスト教会では4番まで歌う事が多いと思います。

 

大まかに言うと4番までは自分の人生の中における出来事として、こんな自分が生きることを許されるなんて…なんて大きな恵みなんだ!という風に歌われています。

 

この曲にはまだ続きがあります。

 

5番で人生が終わり、6番で天地が朽ち果て、最後の7番ではさらに何万年もの月日が流れ、飛躍的に物語のスケールが大きくなります。

それでも変わらないものがある、とJohn Newtonは歌っているのですが僕はこの後半の歌詞に別のものを感じました。

 

それは彼の背負ったあまりに大きな悔恨の念です。

 

自分がしてしまったこと、その後悔の念の大きさがこの曲の後半におけるあまりにスケールの大きな世界観にあらわれてる、そう感じています。

ただ無邪気に許された!と喜んでいたのではなく、後悔と自責の念をずっとずっと背負い続けながら、人生を全うしていったんじゃないか…

 

それが『Amazing Grace』における自分なりの解釈です。

 

そしてそこに自分自身を姿を映します。

 

僕はJohn Newtonのように数多くの人生を直接奪ったことこそありませんが、僕の存在が他の人の仕事を奪った事もあるでしょう、遅刻してその人の時間(=人生)を奪ったこともあります。その他にもこれまで色んな方々の人生にネガティブな影響も与えてきたことでしょう。

 

人生を思いなおしても直ぐに船を降りられなかった彼のように、自分の信念にそぐわない仕事をしばらく続けてしまったこともあります。

 

『Amazing Grace』に寄せられる批判は自分自身に向けられたものなのだ、

いつもその想いと覚悟をもって演奏しています。

 

それがこの曲をカバーして、自分自身を表現することなのだと思います。

 

『究極のありがとうと、ごめんなさい』

 

これからも勇気と覚悟をもって、批判も甘んじて受け入れて演奏しつづけていきたい特別な曲です。

 

長文にお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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