プロジェクト概要

明治時代、日本の俳優が世界を沸かせた!
川上音二郎と貞奴、直筆の手紙などがまとめられたアルバムを未来へ。

こんにちは。松竹大谷図書館の事務局を担当する武藤祥子です。当館のプロジェクトは、7度目の挑戦となりました。今回は、演劇・映画専門の松竹大谷図書館の運営費用と、この世界に一冊しかない貴重な資料「川上音二郎・貞奴一座欧米公演関係資料(通称【音貞アルバム】)」を補修しデジタルアーカイブ化を行うためご支援を必要としております。皆様のご協力をどうかよろしくお願いいたします。

 

 

大勢の皆様の応援と共に歩んできた図書館。守るべき資料を未来へつないでいくため、一層頑張りますので、引き続きお力を貸して下さい

クラウドファンディングを始める以前、収益事業からの収入が乏しく財政が厳しかった当館は、経費削減などの努力を重ねてきましたが、その甲斐もなくなかなか赤字から脱せず、「万年運営費不足」を大きな課題としていました。そこで平成24年から昨年まで6回のクラウドファンディングに挑戦してきました。おかげ様で沢山の方々が当館の活動に賛同して下さり、これまでのご支援は累計で1,770万円を超え、運営のみならず多くの貴重資料が救われました!

 

第6弾のプロジェクトで、支援者のお名前を入れた台本カバー

 

そして、この皆様からのご支援のおかげで運営費を補うだけでなく、これまでに雑誌『蒲田週報』の修復デジタル化、「芝居番付」約5千枚のデジタルアーカイブ化、「GHQ検閲歌舞伎台本」の修復デジタルアーカイブ化、「組上燈籠絵」のデジタル化と復刻版の制作に取り組む事が出来ました。

 

これまでのプロジェクトで行った補修やデジタル化などの事業

昨年は、利用者のコピー申込による収入や原稿執筆による収入が増えたものの、展示や放送への提供など他の事業収益が思うように伸びず、平成24年のクラウドファンディング開始以降初めて、収支が赤字となってしまいました。

 

しかし、応援して下さった皆様のご支援により、電動移動書架の基板交換修理を行い、そしてアーカイバル容器*1を制作する事で【映画スクラップ】の劣化の進行を抑えると共に、保存環境を改善出来ました事を心から感謝申し上げます。

(*1 長期間保存し活用していく資料をできる限り良い状態で維持する為の容器)

当館には、補修やデジタル化を必要とする貴重な資料がまだまだたくさんあります。こうした資料を未来に引き継いでいけるよう、今後も保存やデジタル化に一層取り組んでまいりますので、引き続き当館の活動にお力を貸していただけますようお願い申し上げます!

 

第7弾は、川上音二郎・貞奴一座の欧米公演関係資料【音貞アルバム】の保存とデジタル化へ

―皆さんは、川上音二郎と貞奴という夫婦をご存知でしょうか?

川上音二郎は、日本史の教科書の「自由民権運動」の章で習った記憶がある人も多いでしょう。音二郎は、元治元[1864]年、現在の九州博多に生まれ、「オッペケペー節」で一世を風靡した自由民権運動の壮士・俳優・興行師であり、明治という新しい時代に生まれた新演劇「新派」の祖とされ、日本演劇の近代化に大きな役割を果たした人物です。

 

若い頃から政治に関心を持ち、自由党員に。自らを「自由童子」と名乗り、関西を中心に政治演説をしていましたが、演説への厳しい取り締まりに行き詰まりを感じ、明治23[1890]年に、書生や壮士ら素人を集めた「書生ニワカ芝居」の一座を横浜で旗揚げし、その頃すでに高座などで演じ評判であった時事風刺「オッペケペー節」をまじえての公演で観客の人気を集めます。

 

「オッペケペー節」の錦絵。「オッペケペー節」は政治や風俗を独特なリズムに乗せて風刺した唄で、双六や錦絵が発売されるなど非常な人気を呼んだ。

 

明治24[1891]年2月には、大阪で「書生芝居」を旗上げ、6月には東京の中村座でも興行し、江戸時代から続く伝統的な「歌舞伎」とは異なった、壮士持ち前のセリフの明快さや、身の軽い動きが評判を呼び、この年の東京の劇壇の話題を独占します。

 

明治24[1891]年6月中村座公演の辻番付

 

そしてこの頃、音二郎は妻となる貞奴と出会います。

 

貞奴は明治4[1871]年、東京日本橋に生まれ、美貌の上に諸芸に秀でた芸者として伊藤博文など当時の政府高官のひいきを得ていましたが、明治27[1894]年に音二郎と結婚、常に夫・音二郎の活動を力強く後押しし、後に「日本の近代女優第一号」となった女性です。

 

川上音二郎・貞奴の欧米公演の記録が貼り込まれた【音貞アルバム】

【音貞アルバム】の表紙「川上一座渡米行業大事件ノ終結迄ノ」との文字が見える(撮影:浜田総一郎氏)

 

この音二郎・貞奴に深く関わる一冊の古いアルバムが、当館に保存されています。


このアルバムの表紙には「川上一座の渡米興行という大事件の終結迄の(諸新聞や資料)」を残すものであるといった意の文章が書かれています。そして台紙には、明治32[1899]年から33[1900]年にかけて行われた川上音二郎・貞奴一座の欧米公演に関する資料、現地の記事や、音二郎・貞奴をはじめとする座員達の手紙や葉書、写真など、当時の公演の状況を知る上で大変貴重な資料が貼り込まれています。

 

このアルバムは裏表紙にある署名から、川上音二郎ら本人ではなく、当時サンフランシスコを中心に活躍していた青木年雄という画家が、養女のために残したものとされています。実は彼の養女は川上音二郎の姪で青木鶴子といい、のちに映画女優となり、「日本人ハリウッドスター・早川雪洲夫人」となったことで知られる女性です。

 

―では、一体なぜ川上音二郎の姪がアメリカで画家の養女となり、そして後にこの【音貞アルバム】が残される事となったのでしょうか?

 

青木鶴子が夫の早川雪洲と共に主演した『ラ・バタイユ』の広告(『キネマ旬報』大正13[1924]年176号掲載)

 

「アルバム」から彼らの生きた姿を紐解く。音二郎と貞奴、ボート旅行から欧米公演へ

● 渡仏から学び新しい舞台を!「川上一座」の人気は頂点に

音二郎の初めての洋行は、明治26[1893]年の事でした。演劇視察と称して渡仏し、帰国後は当時の日本ではまだ目新しい、照明による効果を取り入れた芝居を上演したり、パリで観た作品を下敷きに、舞台を日本に置き換えた翻案劇を上演したりしました。

 

明治27[1894]年には日清戦争を舞台化し、火薬や照明を使った迫真の戦闘場面が大評判となり、その勢いで、明治28[1895]年には日清戦争もので歌舞伎座への進出も果たし、「川上一座」の人気は頂点に達しました。

 

明治28[1895]年5月歌舞伎座公演の絵本番付

川上座の外観(アルバムに貼り込まれた英文出版物)

明治29[1896]年7月川上座開場公演の辻番付

 

● 多額の借金を背負った音二郎、貞奴と“手漕ぎボート”で「海外へ行く!?」

パリで西洋の劇場を目の当たりにした音二郎は、舞台機構や劇場構造の近代化の必要性を痛感し、自身の劇場・川上座を建設、明治29[1896]年に開場します。一方で音二郎は、若い頃からの政治への意欲も衰えず、明治31[1898]年には二度衆議院議員に立候補しますが、二度とも落選してしまいます。

 

劇場の建設費と選挙の運動資金のため多額の借金を負った音二郎は、「海外へ行く!」と、周囲が止めるのも聞かず、妻の貞奴と共に長さ4メートル足らずの“手漕ぎボート”で東京湾から出帆します。出発当初、姪(鶴子の姉)と愛犬まで連れていた音二郎・貞奴夫婦によるこの無謀な船旅は、連日新聞を賑わせました。

 

● 初めての海外公演、いよいよアメリカへ!

無論のこと、手漕ぎボートでは日本を出る事は叶わず、太平洋沿岸の各港に停泊しつつ、約5ヶ月かけて神戸に到着。そのまま関西で海外公演の資金を集めるため興行を開始。その時楽屋を訪ねてきた興行師に渡米を勧められた音二郎は、一座を結成し明治32[1899]年4月、アメリカへと向かったのでした。

 

 

音二郎・貞奴一座、サンフランシスコでの災難!姪の鶴子は…

最初の興行地サンフランシスコは在留邦人も多く、滑り出しから好評を得ます。しかしここで思わぬ災難が。興行師の代理の弁護士に、売上金を全て持ち逃げされてしまったのです。劇場代も払えず異国でいきなり借金を抱え、日本から持参した衣裳や小道具までも差し押さえられた音二郎達は、興行はおろか宿代や食べ物にも困る有様に。

 

現地邦人たちの援助と義援興行により何とか窮地をしのぎますが、この先の目途も立たず、夫婦は仕方なく子役として連れて来ていた姪の鶴子を、現地で暮らす富裕な画家・青木年雄に預ける事にしたのでした。

 

青木鶴子と推定される人物(アルバムに貼り込まれた写真より)

青木年雄と推定される人物(アルバムに貼り込まれた写真より)

 

目指すはパリ万博!世界へ翔び出し活躍する音二郎・貞奴からの手紙 そして、青木の愛情により残されたアルバム

その後音二郎・貞奴一座はサンフランシスコを離れ、シカゴ、ボストン、ワシントン、ニューヨークのアメリカ各地、そしてロンドンを経て万博開催中のパリまで公演を続けます。巡業先からは、音二郎・貞奴をはじめ座員達の手紙が青木年雄の手元に届けられました。

 

手紙 (署名:音川上・やっこ):サンフランシスコでの厚情への礼や近状報告の最後に「ミス青木へ余りおしゃべりをせぬよう又首に下げる札を忘れぬようにとお伝へ下されたく」と結ばれている手紙(3枚のうち最終部分)。(撮影:浜田総一郎氏)

下段左:葉書(署名:音二郎)パリでフランス大統領主催園遊会に招かれた事を「一座の最大光栄に御座候」と報告する葉書(撮影:浜田総一郎氏)

 

● 「どん底」から起死回生。ロダンやピカソまでもパリ中が、貞奴の舞姿に見惚れた

正に「どん底」から始まった一座の欧米公演でしたが、音二郎が海外向けに貞奴の舞踊を中心に構成した演目が各地で評判を呼び、パリの劇場での貞奴の舞姿は観客だけでなく、社交界のファッションにまで影響を及ぼし、「ヤッコ・ドレス」と銘打ったキモノ風のドレスが流行しました。

 

英文刊行物 ルイ・フルニエ『川上と貞奴』(部分) (撮影:浜田総一郎氏)

 

また、アンドレ・ジッドやロダン、若きピカソといったパリの芸術家たちをも魅了し、彼らはこぞって貞奴への称賛の言葉や作品を残しました。そして音二郎・貞奴はフランス政府より叙勲を受けます。その成功の一部始終が新聞記事などに綴られ、時には音二郎が青木年雄に送った手紙に、その切り抜きなどが同封されていたようです。

 

英字刊行物切抜:カリフォルニア公演の事や鶴子を青木に託した事などが記載されている(撮影:浜田総一郎氏)

 

これらの手紙や新聞などを、恐らく鶴子を思って青木年雄が残そうとしたのが、日本の俳優による初の本格的な欧米公演という大事件の記録が詰まった「この世界でただ一冊のアルバム」だと思われます。

 

この世界で一冊しかない【音貞アルバム】の経年劣化が進み、保存が難しい状況です

こうして、19世紀末に行われた音二郎・貞奴一座の欧米公演の当時の様子をそのまま保存するこの貴重なアルバムが残されました。

 

経年劣化により、表紙から台紙が剥がれた状態のアルバム

 

しかし、作られてから約120年が経過し、今では表紙から台紙が剥がれ、このままではアルバムそのものが経年劣化により崩壊する恐れがあり、保存が大変難しい状況となっています。そこで今回は、このアルバムの保存プロジェクトにご協力頂けないでしょうか?

 

【音貞アルバム】の補修・デジタルアーカイブ化プロジェクトの計画

今回もスペシャリストの力をお借りします。今回の【音貞アルバム】の修復は【第2弾】プロジェクトで『蒲田週報』の解体・修復をお願いした有限会社紙資料修復工房さんに、【音貞アルバム】の補修をお願いします。

 

今回の補修では費用を最小限に抑えるため、表装具(アルバムの布表紙部分)と台紙部分は別々に処置をして頂きます。また、将来アルバムの形に復元する際には今回の処置が支障をきたすことが無いよう、表装具は極力元の状態を損なわないような処置を、また台紙は永く保存が叶うように化学的処置を行って頂きます。

 

また、修復後のアルバム原本は保存容器に収めて保管し、アルバムの内容についてはデジタルアーカイブ用の撮影を行い、画像で閲覧出来るようにし、研究などに活用して頂きたいと考えています。撮影については【第5弾】で、組上燈籠絵の撮影をお願いした株式会社インフォマージュさんに再びご協力頂く予定です。

 

そして、デジタルアーカイブの構築は、当館の資料のデジタル化を常にサポート頂いている、立命館大学アート・リサーチセンターさんにお願いする予定です。

 

皆様にも、この世界で一冊しかない貴重なアルバムの保存とデジタル化をお手伝い頂けないでしょうか。川上音二郎・貞奴一座の軌跡を伝えるアルバムを未来に引き継ぐため、ぜひご協力をお願いします!

 


※同アルバムは、平成23[2011]年、川上音二郎貞奴が欧米公演から帰朝後に移り住んだ所縁の地・茅ヶ崎にある茅ヶ崎市美術館で開催された「川上音二郎生誕150年記念 世界を歩いた!音貞展」で展示され、その際茅ヶ崎市美術館の小川稔館長に調査をして頂きました。今回はその時の小川館長の調査報告書、及び浜田総一郎氏に撮影して頂いた写真を参考にさせて頂きました。


 

47万点以上の資料を収める移動書架は、依然修理が必要な状況で作業を進めています

松竹大谷図書館には現在47万点を超える演劇・映画の資料があり、毎年約8千点の資料が増えています。演劇では、松竹株式会社が製作した歌舞伎や新派、松竹新喜劇などの舞台のほか、国立劇場で過去に上演された作品の台本・プログラム。

 

また映画では、小津安二郎監督や木下惠介監督の作品に多く起用された佐野周二さんの出演作品、『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』など松竹を代表するシリーズ作品のほか、黒澤明監督や、今年惜しくも亡くなられた脚本家橋本忍さんの作品など、数々の日本映画の台本や、各社の資料が保存されており、どなたでも実際に手に取って読むことができます。

 

47万点を超える演劇・映画の資料の一部

 

当館は閉架式というシステムの図書館で、利用者の方から閲覧のご希望があると、スタッフが電動移動書架の各所に配架されている資料を出庫しています。そのため、日に何度も電動書架を移動させる事となり、一昨年は経年劣化によりセンサーが故障。【第5弾】では、このセンサーの修理費用を皆様にご支援いただきました。

 

しかし、電動書架の頭脳と言える電子部品の劣化も判明し、このままでは危ない状況の為、1年に1ブロックずつ、5年で全5ブロックの修理を完成させる計画を立てています。昨年は【第6弾】のご支援で1ブロック目の基板の交換を無事完了する事が出来ました。

 

左:手前の板を外して中が見えている状態の書架 / 右:新品の基板

 

電動書架の場合、台車ごと交換するとなると台車の費用は勿論のこと、搬入や修理中の資料の引越費用など莫大な出費となりますが、基板だけを交換する事で台車の負担を減らして、その寿命を延ばす事が出来ます。しかし現状では、その交換費用の捻出も困難な状況です。そこで、昨年に続き、今回も基板を交換する1ブロック分の修理の為のご支援を頂けないでしょうか。本年も皆様のお力添えを頂き、順調に電動書架のメンテナンスを進め、書庫の環境整備に努めたいと思っています。そのため、ぜひ皆様のご支援をお願いします!

 

目標金額の内訳

今回皆様にご支援いただく250万円は、平成30年度の図書館事業費の一部と【音貞アルバム(1冊/台紙47枚/全94ページ)】のデジタル化と補修費用に充てます。

 

【音貞アルバム補修・デジタル化費用】70万円を予定

音貞アルバム(1冊/台紙47枚/全94ページ)

・補修費用として:60万円

・デジタル撮影費用として:10万円

 

【平成30年度事業費】180万円を予定

・電動移動書架の基板交換費として:105万円

・図書費として:20万円 ・消耗品費として:15万円

・雑費 :40万円

 

 【事業費の内容】

・電動移動書架の基板交換費:書庫の電動移動書架の1ブロック分の基板交換費に充てます

・図書費:主に定期購読雑誌・新聞等の購入に充てます

・消耗品費:主に資料の整理用の図書館用品に充てます

・雑費:クラウドファンディングの利用手数料です

 

リターンについて

 5千円以上ご支援いただいた方へのお礼

サンクスメール、報告書に加え、

松竹大谷図書館オリジナル文庫本カバー2種類1組セット

左:「歌舞伎台本」文庫本カバー、右:「映画台本」文庫本カバー それぞれ大きい方は本物の台本 ※文庫本カバーは見本です

 

■ 「歌舞伎台本」文庫本カバー

当館所蔵「歌舞伎台本」(『妹背山婦女庭訓』平成30年6月歌舞伎座公演)の表紙デザインの文庫本サイズの特製ブックカバーをお送りします。

 

■ 「映画台本」文庫本カバー

当館所蔵映画台本(『張込み』1958年、野村芳太郎[監督]、橋本忍[脚本])の表紙デザインの文庫本サイズの特製ブックカバーをお送りします。

 

 1万円以上ご支援いただいた方へのお礼

5千円以上のご支援へのお礼に加え、 

映画や歌舞伎・新派の台本を保護するカバーに支援者として皆様のお名前記載

当館では映画と演劇合わせて年間1,500冊以上の台本が整理されます。保存方法にも独自の工夫を凝らしています。図書のようにしっかりした作りではない台本などは書架に立てにくいので、板目紙でカバーを作って長期保存に耐えられるように補強を施しています。

 

後世まで残したい日本の文化の命ともいえる映画や歌舞伎・新派の上演台本を保護するカバーに、支援者として皆様のお名前を刻み、ここ松竹大谷図書館でずっと大切に保存させていただきます。下記リンク先の作品リストから一つ、お好きな作品の台本カバーにお名前を記載いたします。

 

※ 一つの作品に対してお名前の記載を希望される方が多い場合は、並べて記載します。また、カバーに入りきらないほど多数のご希望があった場合は、皆様のお名前をリストにして台本と共にカバーに入れて保存します。

※台本が今すぐ決まらない方は、プロジェクト達成後にもご希望をお伺いします。

※台本カバー自体は非公開です。お名入れをした方のみ、その台本カバーを特別にご覧いただけます。

 

台本カバー作成の様子

 

【歌舞伎・新派台本】作品リストは【こちら】からご覧ください。

昨年10月より今年10月の興行を中心とした歌舞伎及び新派作品の台本カバー

 

【映画台本】作品リストは【こちら】からご覧ください。

佐野周二出演作品、黒澤明監督作品、橋本忍脚本作品、キネマ旬報ベストテン受賞作品よりセレクトした映画の台本カバー

 

【『釣りバカ日誌』台本】 作品リストは【こちら】からご覧ください。

今年30周年を迎える映画『釣りバカ日誌』シリーズ全22作のうちお好きな作品の台本カバー。

 

【寅さん台本】 作品リストは【こちら】からご覧ください。

恒例、映画『男はつらいよ』シリーズ全48作のうちお好きな作品の台本カバー。根強い人気です!

 

 

 3万円以上ご支援いただいた方へのお礼

1万円以上のご支援へのお礼に加え、

当館所蔵「川上演劇『意外』絵本番付」のオリジナル文庫本カバー

川上音二郎の渡仏帰朝後の話題作『意外』(明治27[1894]年1月浅草座)の絵本番付の表紙と挿絵をデザインに使用した文庫本カバー

 

公益財団法人松竹大谷図書館開館60周年記念チケットホルダー

平成30年7月の開館60周年を記念して、当館所蔵の奈良絵本「かふきのさうし」の登場人物をデザインに制作されたオリジナルチケットホルダー。

 

 

 5万円以上ご支援いただいた方へのお礼

3万円以上のご支援へのお礼に加え、

歌舞伎映画『紅葉狩』『鏡獅子』上映会ご招待

11月15日(木)18時30分~20時(予定) に歌舞伎座ギャラリーにて開催する、歌舞伎映画『紅葉狩』『鏡獅子』の上映会にご招待いたします。

 

○『紅葉狩』

九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎により演じられた『紅葉狩』の記録映画。 明治32[1899]年11月に撮影された、日本人が撮影した現存する最古の日本映画。

左:五代目菊五郎(平維茂)、右:九代目團十郎(戸隠山鬼女)

 

○『鏡獅子』

六代目尾上菊五郎により演じられた『鏡獅子』の記録映画。小津安二郎監督作品。 昭和10[1935]年6月に舞踊部分が撮影された。

左:『鏡獅子』プレスシート、右:完成台本

 

松竹大谷図書館書庫ガイドツアーご招待

 

予約制で、松竹大谷図書館の書庫を、1時間ご案内するガイドツアーへの参加券をお送りします。有効期間:平成30年11月~平成31年7月の平日(開館日及び整理休館中) 事前にお電話でのご予約をお願いいたします。

※日時のご希望に添えない場合もございますので、予め何日か候補日をご設定下さい。

写真は過去に実施した見学会の様子の一部です

 

運営

公益財団法人松竹大谷図書館

〒104-0045 東京都中央区築地 1-13-1 銀座松竹スクエア3階

Tel:03-5550-1694

 

HP:http://www.shochiku.co.jp/shochiku-otani-toshokan/

Facebook:https://www.facebook.com/Shochikuotanitoshokan/

 

松竹大谷図書館の閲覧室


※支援者様へ:当財団は公益財団ですが、この支援に関しては「購入型のクラウドファンディング」を利用しているため、本プロジェクトへの支援金は、税制上の優遇対象にはなりません。ご了承下さい。


 


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