プロジェクト概要

マスコミに多く取上げられた、東日本大震災で被災した岩手県の釜石市花街のラストゲイシャ艶子姐(つやこ)さんが1月8日他界しました。その追悼のため、国内最大のお座敷遊び大宴会を開催を計画しています。

 

はじめまして、こんにちは。日本お座敷遊び協会の鈴木と申します。私たちは、疲弊、消滅しかけている全国の花街再興とがんばっている芸者衆の応援を目的に活動しています。敷居が高いお座敷遊びをリーズナブルな料金で企画し若者、女性など多くの方々にお座敷遊び、芸者衆のおもてなし、立居振舞などを体験して戴ければと活動しています。

 

今回、東日本大震災で被災した岩手県釜石市の花街最後の芸者 艶子姐さんが1月8日に他界しました。艶子姐さん84歳の時に被災し家も着物、三味線も流され、米寿まで芸者として現役を夢見ていたことが地方紙に掲載され、テレビ、外国の新聞など多くのマスコミに取り上げられました。日本お座敷遊び協会とは2011年5月からのお付き合いがあり、2011年8月に開催したお座敷遊び大宴会に釜石市から招待し東京で現役に復帰して頂きました。その宴会で八王子花街の芸者衆と艶子姐さんによる「釜石浜唄」の共演が実現しました。

 

他界した艶子姐さん追悼のため2月29日(月)に2011年8月に艶子姐さんをお呼びした同じ場所!目黒雅叙園「鷲の間」にて東京の芸者衆16人をお呼びし、国内最大のお座敷遊び大宴会を計画しています。

八王子花街の芸者衆による「釜石浜唄」や釜石の芸を披露し、天国にいる艶子姐さんに芸を捧げたいと思っています。

 

しかし、今回の企画の費用の一部が不足しています。芸者衆16人を呼び、釜石市最後の芸者艶子姐さん追悼のために、みなさんの力を貸して頂けませんか?

 

(2011年8月のお座敷遊び大宴会の時、お呼びした芸者衆と日本お座敷遊び協会のメンバーです。中央で手を握っているお姐さんの右側が艶子姐さんです。)

 

 

花街の消滅は釜石市だけでは無い!芸者をお呼びするお座敷数が減少し、全国の花街は疲弊、衰退し、消滅の危機に立たされています。

 

昭和4年には全国に約百十箇所余りの花街があり、芸者衆は4万~8万人いましたが、現在は減少し続けています。その理由として、お座敷遊びは一見さんお断り、料金が高いなど敷居が高いことでお座敷数の減少があげられます。

 

私たちは、リーズナブルな料金で若者、若手経営者さんや女性など御座敷の経験が無い方に楽しんで戴けるお座敷遊びの開催を目指しています。また、釜石市花街と八王子花街のように全国の花街、芸者衆の交流を応援しており、全国では当協会が唯一異なる花街芸者衆合同でのお座敷遊び大宴会を開催しています。いろいろな地域の花街芸者衆のお座敷芸を堪能することが出来ます。

 

(2月29日に開催予定している目黒雅叙園の会席料理の一例です。)

 

 

都心の芸者さんが復活を遂げるため、歩みを始めました。

 

私が仕事をしている渋谷区円山町も以前は花街として栄えており、私の会社の場所も20数年前まで渋谷見番として芸者見習いの若い娘達が稽古を行う場所でした。廻りりは料亭で夜になると道路には黒塗りの車が止まり、料亭、待合から三味線の音が聞こえる粋な街でした。現在は花街はほぼ消滅し、一歩道を曲がると料亭後に建てられたホテル街になっており、これは渋谷に限ったことでは無く、釜石市や全国でも同じことが起きています。


八王子市の花街も数年前には芸者も減り消滅の危機を迎えました。しかし、1人の芸者が消滅の危機を迎えたとき市や商工会などのイベント、行事に無償で参加し、地域の住民に八王子に芸者が居る。花街がある。ということを知ってもらうことから地道に始め、徐々に応援者が増えていきました。今では、料亭、黒塀、石畳の復活などその地域一帯が観光名所へと変わりつつあります。

 

また、2011年5月の連休に釜石最後の芸者艶子姐さん支援の為、八王子芸者衆が現地に行き、着物、三味線などを渡したことはテレビに取り上げられるなど、釜石花街と八王子花街の交流、また、釜石花街のの芸の伝承が行われ、釜石花街は消滅しましたが、釜石の芸はしっかりと八王子に伝承され、今後、八王子花街の芸者衆が連綿と釜石の芸を伝承して行くと思います。これは全国でも稀なケースです。

 

 

釜石市花街のラストゲイシャ艶子姐さん追悼!国内最大のお座敷遊び大宴会

 

今回の企画では、1月8日に他界した釜石市花街最後の芸者艶子姐さん追悼のため、東京の芸者衆16人をお呼びし、平成28年2月29日(月)東京の目黒雅叙園和室大広間「鷲の間」で19時より国内最大のお座敷遊び大宴会を開演します。

 

艶子姐さんの追悼を盛大に行う為、国内最大の大宴会を企画しており、東京の花街から八王子花街、大井海岸花街、大森海岸花街から総勢16人の芸者衆をお呼びし、歓談、お座付、お座敷ゲームと国内最大のお座敷遊び大宴会を開催致します。また、八王子花街の芸者衆による「釜石浜唄」など釜石のお座敷芸を演舞して頂き、艶子姐さんが喜ぶように盛大に明るい追悼大宴会にしたいと思っています。

 

なお、今回ご支援頂いた支援金は、芸者衆16人をお呼びする玉代(費用)と会場費の一部に充てさせて頂きます。

 

(2011年8月に開催したお座敷大宴会です。艶姐さん、恵姐さんによる三味線で八王子花街芸者衆を釜石の芸を披露しています。)

 

釜石に限らず全国には消滅していく花街が多くあります。その花街文化、芸者文化を残すためにもお座敷を多く開き、花街、芸者衆の交流に意義があります。

 

(お座敷では芸者衆のおもてなし、立居振舞を体験します。)

 

 

日本が世界に誇れる伝統文化

 

花街、芸者は日本の文化だと思っています。外国人に日本の印象や文化を聞くと、「侍」「腹切り」「芸者」と答える人が多くいます。ただ、現在、唯一残っているのが芸者なのです。芸者はその花街相伝で連綿と芸が伝承しています。そこの花街が途絶えたら、芸者文化は無くなってしまいます。芸者は、着物、立居振舞、おもてなし、小唄、踊りなど・・・日本文化の集積です。

 

しかし、このままでは、お座敷の数が減り、仕事が無くなり芸者さん達は、消えていってしまいます。

 

(2011年8月の大宴会による八王子花街芸者衆による「釜石浜唄」の写真です)

 

 

消えゆく芸者の文化を守りたい

 

私たちは、全国の芸者衆を応援していきます。釜石市花街最後の芸者艶子姐さんが他界し、釜石市花街は消滅しましたが、釜石市花街のお座敷芸は八王子花街に伝承され残りました。

 

釜石市花街、八王子花街の交流のように全国の花街が交流出来ればと思っています。私たちは、全国の花街から芸者衆をお呼びし、東京の芸者衆との共演により芸の交流を支援していきます。そして、第2、第3の釜石市花街、八王子花街の様なケースを作って行ければと思っています。

 

東京に居ながら全国の芸者衆の芸が楽しめるお座敷遊びを開催し、全国の花街、芸者衆をPRしていきます。

 

芸者衆が他の花街の芸者衆と交流することで、芸が磨かれ、芸向上へと繋がっていきます。また、初めてお座敷遊びを体験し、お座敷の楽しさ、芸者衆の立居振舞、おもてなしなどの魅力を知り、お座敷、芸者衆のファンが増え、お座敷の回数が増えていくと考えます。

 

プロジェクトの実現に向けて、みなさんの力を貸してください。

 

◇◆◇◆◇リターンに関して◆◇◆◇◆

ご支援頂いた方には、以下のリターンをお贈りします。

 

■御礼メール

日本お座敷遊び協会 鈴木会長より支援者の皆様に御礼メールをお送りさせて頂きます。

 

■日本お座敷遊び協会オリジナル手拭

日本お座敷遊び協会のロゴの入った綿の手拭をお送りさせて頂きます。


■八王子花街芸者による「釜石浜唄」画像データ5枚

2月29日開催のお座敷大宴会での八王子花街芸者衆による艶子姐さん追悼の「釜石浜唄」の画像データをお送りさせて頂きます。

 

■日本お座敷遊び協会オリジナル扇子

日本お座敷遊び協会のロゴが入った和装扇子をお送りさせて頂きます。

 

お座敷遊び大宴会時の八王子芸者衆による釜石浜唄、大井海岸によるお座付など付(踊り、小唄など)20分程度のDVD1枚

2月29日に開催する艶子姐さん追悼お座敷遊び大宴会の八王子花街芸者衆による釜石浜唄などと大井海岸花街芸者衆による小唄、踊りなどお座付の動画をDVDにしてお送りさせて頂きます。

 

■日本お座敷遊び協会オリジナル「お座敷二スト名刺100枚作製」

日本お座敷遊び協会認定のお座敷二ストの名刺100枚を御支援者様のお名前でお作りしお送りさせて頂きます。

 

■八王子をどりオリジナルポストカードセット

八王寺芸者をモデルに中千尋さんが作画した美人画のポストカードです。

 

■日本お座敷遊び協会が主催する2月29日(月)目黒雅叙園「鷲の間」で開催するお座敷遊び大宴会にご招待

目黒雅叙園の「鷲の間」で開催する艶子姐さん追悼の為の国内最大規模のお座敷遊び大宴会にご招待させて頂きます。

 

■開演前に芸者衆との集合写真

お座敷遊び大宴会開始の前に芸者衆の控えの間にて、お呼びした芸者衆16人と集合写真をとります。大宴会の会場では取れない1枚です。

 

■芸者衆控えの間にご招待

お呼びした芸者衆16人が控えている牛若にご招待致します。控えの間で集合写真を撮ります。

 

 


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