プロジェクト概要

【2015年8月22日追記:目標金額を達成することができました!】

 

皆様からのあたたかいご支援により、目標金額を達成することができました!
ご支援、ご協力いただいた皆様へは、心より感謝いたします。そしてクラウドファンディングが終了するまで残り28日間、第2目標に向けてさらに頑張りますので、引き続き応援よろしくお願い致します!

今回のクラウドファンディングでは、写真集「フィリピン残留日本人」を出版するために必要な資金170万円のうち、その約60パーセントにあたる金額を当面の目標金額に設定させていただきました。その第1目標を皆様からのあたたかいご支援によりクリアーすることができましたので、第2目標として170万円を目指したいと思います。

戦後70年という節目を迎える時期、歴史に埋もれようとしているフィリピンの残留日本人のことをひとりでも多くの方に知っていただけたらと思います。引き続きご支援、ご協力のほど、どうかよろしくお願い申し上げます。 

 

 

今年の11月に写真集を発行し、フィリピンにいる残留日本人、日系人たちと、彼らの戦前から戦後にかけての証言を後世に残したい!

 

はじめまして!写真家の船尾修と申します。日本国内も含めて主にアジア・アフリカでその土地に根付いて暮らす人たちのドキュメンタリー写真を撮り続けています。世界には実にたくさんの民族が存在し、さまざまな価値観や考え方があり、文化というものを創造しながら生きているんだな、ということを僕は写真を撮ることによって学びました。

 

フィリピンへは戦前たくさんの日本人が移民として海を渡ったそうです。平穏に暮らしていましたが、第2次世界大戦の勃発が彼らの運命を狂わせます。日本人の血を引いた者は「敵」とみなされ、命が狙われるようになっていきます。そして戦後は日本人であることがバレないように、フィリピン名を使い、日本語も話さず、農村などで隠れるように生き抜いてきました。いま彼らの証言を得て記録しておかないと、市民はあの戦争によってどのような影響を被ったのかが永遠にわからなくなってしまいます。

 

写真集1,000部を作成するための費用の1部を皆様ご協力頂けないでしょうか?

 

エチオピアの牧畜民ハマル族と一緒に暮らしながら取材中の船尾。

 

 

第二次世界大戦前、フィリピンにはたくさんの日本人が住んでいました

 

フィリピンのルソン島で世界遺産に登録されている棚田を撮影していたときに、そこがかつて第2次世界大戦時に日本軍が追い詰められて多数の戦死者、餓死者が出た場所であることを初めて知りました。そのとき当時の様子を話してくれた戦争を経験したフィリピンの方から、戦前にはたくさんの日本人が居住していて、その子孫である2世らが大変な目にあったということを知りました。それで紹介していただいた日系人に会って話を聞いたところ、涙なしでは聞けない悲惨な話の連続に衝撃を受け、これは私がきちんと取材して後世に伝えなければという思いにさせられたのです。

 

フィリピンへは戦前たくさんの日本人が移民として海を渡りましたが、第2次世界大戦の勃発により、戦後は日本人であることがバレないように、フィリピン名を使い、日本語も話さず、農村などで隠れるように生き抜いてきました。教育も受けていない人が多く、そのため極貧の生活を強いられた人も少なくありません。また日本国籍を失った人も多数存在します。私はそうした境遇にある日系人(とくに2世)のことをもっと知りたいと思い、各地に60人ほどの日系2世を訪ねてきました。戦前生まれの彼らも高齢化しており、いま彼らの証言を得て記録しておかないと、市民はあの戦争によってどのような影響を被ったのかが永遠にわからなくなってしまいます。今回、私はお会いすることができた残留日本人、日系人たちの肖像と、戦前から戦後にかけての証言を、1冊の写真集にまとめて後世に残そうと思いました。2015年11月に写真集として発行する予定で進めており、1000部作成するつもりです。

 

日系2世の姉妹を訪ねてインタビューし、肖像写真の撮影を行う船尾。

 

 

フィリピンにいる多くの残留日本人や、日系人の多くは、日本国籍を回復できておりません。

 

フィリピン残留日本人、日系人の多くは、自分が日本人の血を引いているというアイデンティティについて誇りを持っています。にもかかわらず、まだたくさんの方が日本国籍を回復できていないのが現状です。と同時に、戦争によって平穏な暮らしが突然奪われた日本人がフィリピンにはたくさん存在したことを、多くの日本人は知りません。ですから、フィリピン残留日本人の問題を正面から取り上げた写真集を世に出すことによって、2世たちの国籍回復に関心を持つ人が増えるかも知れませんし、その力になれるかもしれません。また、戦争という行為が普通の市民の暮らしを突然奪い去る理不尽なものであるということを、こうしたフィリピン残留日本人の存在を知ることによって学んでいただきたいなと思います。

 

取材で聞き取りをしていると、戦時中と戦後の悲惨な記憶がよみがえって大粒の涙をこぼす人もしばしばだった。

 

戦争中に日本人が隠れていた防空壕が今も残されている。

 

 

撮影は中判のモノクロフィルムで行ないました。取材に応じて下さる日系人の方の表情をしっかり記録しようと思ったからです。また、日系人の肖像だけでなく、かつて戦闘があった場所や日本軍の兵営跡などを訪れて、日系人たちが生きてきた場所を自分なりにフィルムに焼き付けました。

 

・写真集について・

名前:フィリピン残留日本人

サイズ:26センチ四方菊版

ページ:132頁

かなり分厚い大型の写真集になります。

 

写真集の表紙になる予定(仮)のモノクロ写真。

 

しわくちゃになった戦前の父親の写真を今でも大切にしている日系2世。

 

戦前の平穏だった時代にフィリピンで撮影された日本人家族の集合写真。

 

 

〜〜・〜〜・引換券について・〜〜・〜〜

 

・サンクスメール


・ポストカード


・HPにお名前記載


・写真集「フィリピン残留日本人」 1部
 (サイン入り)


・キャビネサイズプリントの額装 1点
 (マットと額縁、サイン付き)
 (写真は選ぶことができません)

 

・四切サイズプリント額装 1点
 (マットと額縁、サイン付き)
 (写真集の中からお好きなものを選んでください)


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