プロジェクト概要

ボホール島は地震、津波、台風など、様々な天災に悩まされ、多くの被害を受けている。だから、雨にも負けず、風にも負けない保育園を建ててあげたい。

 

初めまして。私たちは、慶應義塾大学の小林博人研究室に所属する、ベニヤプロジェクトのメンバー11人です。ベニヤ合板を用いた構法で設計を行い、これまでに石巻、前網浜に「東北大震災の復興支援」を目的としたコミュニティセンター、ミャンマーの貧しい村に「教育機会の増加」を目的としたラーニングセンターを建設しました。学生が主体となり設計、広報、渡航準備から建設まですべて行いました。

今回のプロジェクトは、昨年地震や台風で被災したフィリピン‐ボホール島の復興支援を目的として立ち上げられました。倒壊してしまった保育園を建て直して、子供達が安心して通えるようにしたいと考えています。

 

しかしそのためにはどうしても費用が必要です。みなさまのご支援をいただけないでしょうか?

 

(前回の活動時に)

 

【2013年、11月7日。巨大台風ヨランダ】


死者6,201人、負傷者28,626人、行方不明者1,785人、被災者数1,600万人以上。家屋114万戸余が倒壊などの被害を受け、インフラや農業・漁業などへの被害総額は366億ペソ以上(約854億円)に達しました。
ヨランダ上陸直後の11月12日にはゾライダが上陸、翌年1月には台風1号により被災し、再建途上のフィリピンは更なる打撃を受けました。

立て続けに起こった天災により、後に残った被害の大きさは衝撃的で、ベニグノ・アキノ大統領がその惨状を「国家的災難」と宣言するほどでした。救援物資は、開発が進んだセブの観光拠点にはかなり容易に空輸されているが、国連機関や非政府組織(NGO)は、物資が切に必要とされている地域に食料や医薬品を運ぶのに悪戦苦闘しています。

 

 

ヨランダで家を失った村人たちは、セブからセブ島最北端の曲がりくねった主要な沿岸幹線道路沿いにいます。なぎ倒された木々、壊滅状態の農作物、倒壊した電線、吹き飛ばされた家といった惨状の中で、子供たちは乱雑に「助けて」「食料が必要」などと書かれた段ボールの標識を掲げています。

 

今回のプロジェクトで建設する保育園は、釘を使わず、数種類のパーツにカットしたベニヤ合板を組み立て、ジョイントするだけで建設できる簡単な構法になっています。外装は現地で主流な材となっている竹を使う予定です。

フィリピンでは地震や台風が頻繁に起こるということで、耐震性、耐風性などの強度実験を繰り返し正確に行っています。台風にも地震にも強い、安全で安心できる保育園を建設してまいります。

 

【一連の活動計画】

 

建築物:保育園
予定時期:2014年8-9月
予定期間:約1か月半
予定場所:フィリピンボホール島バリリハン コゴン村
建設参加者:慶応義塾大学小林博人研究室建築学生11名。現地の大工さんと現地住民の方々にも協力していただきます。
協力:今本啓一(強度試験)、鈴木啓(構造)、青年海外協力隊 徳島泰

予算:100万円


建設にあたって竹や木などの材料が必要となります。集まったお金はこれらの建設資材に大切に使わせて頂きます。

 

なぜ、保育園が必要なのか?


フィリピンでは就学前の準備段階として幼児教育を認識している人が多く、5歳からの一年間通うことが一般的。この就学前教育では、知識や読み書き以前に、ゲーム、歌、ダンスなどを通じて家族以外の人間(先生や他の幼児)とのコミュニケーションをとることを目的としています。

 

そして、現在フィリピンは他の諸外国と比較するとフィリピンはもともと1年間教育制度が短いため、他国へ留学する場合教育年数不足で単位認定が困難な場合があるそうです。
しかし、幼児教育がもう一年加われば、他の国々との教育年数が同じになり、将来他の国へ留学をしても教育年数が揃うため単位を移行しやすくなります。
中等教育ではなく幼児教育にフィリピンが力を入れようとしている理由は2つあります。
中等教育の年数延長は学校の整備が不十分、中等教育よりも幼児教育の整備のほうが低予算で実現されること、があげられます。
また、フィリピン政府も、幼児教育が初等教育段階の中途退学率を減少させるとして重要視し始めています。

 

作ってあげるのではなく、協同で作るのが目的


施設を利用する現地の人々が自ら建設に関わることで建物に愛着をもち、大切に扱ってくれるようになります。日本人が突然やってきて「新しい施設をプレゼントしてくれた」のでは、「古くなったらまた建ててくれるだろう」と甘えることの繰り返しになってしまいます。自らの手で建設することの大変さ、きれいな施設があることのありがたみを感じてもらい、建設後のメンテナンスを本人たちにすすんで取り組んでもらうこと、自分たちでなんとかしなければいけないという当事者意識を持ってもらうことこそが大切であり、プロジェクトの目的でもあります。

 

現地の人とコミュニケーションが取れないのでは、協同作業ができません。そこで、世界中の誰が見ても理解できるような、文字なしのマニュアル作りを進めています。このマニュアルがあれば、私達が帰国してしまった後でも、同じような建物であれば再度建設することができます。こうして少しでも建物の復興作業が広まっていってくれることを期待しています。