「ホームレス」に初めて出会ったのは、中学の修学旅行で上野を訪れたときでした。
青森県八戸市で生まれ育った私はホームレスに出会ったことがありませんでしたし、日本にもそういう人たちがいるということを想像もしませんでした。
臭い、恐い、というような強烈な印象を持ちましたが、初めてみる高層ビルやかわいいパンダに有頂天になってそんなことは忘れてしまっていました。
そんな私がホームレスのパトロールに参加したのは2015年1月のこと。ごく最近です。
2014年の末に、自分も気がつかないほどたくさんのストレスを溜め込んでいたようで、酔っ払って大暴れして警察に捕まってしまったことがきっかけでした。
なんてことをしてしまったんだろう。とひどく落ち込み、どこか自分も傲慢になっていたところがあったのかもしれない。こんな私でも何かできることがあるだろうか。と思ったときに、当時の勤務先だった横浜の三大ドヤ街と言われる寿町でホームレスパトロールを行っていることを知り、参加しました。
何年もホームレスパトロールをしている方のアドバイスをききながら、ドキドキしながら慎重にあとをついていきました。天気予報や生活保護に関する情報がルビ入で記載されたビラを持ってひとりひとり声をかけていきます。
寿町の炊き出しがあることを伝え、気軽に生活の相談をできるような案内をするのです。
声をかけていくと、小さな声で「ありがとう。」という人もいれば、あれがない、これがない、とわがままを言う人もいました。
なんだ、私たちと同じ人間じゃないか。と思いました。
正直なところ、中学のときにみたイメージや、以前住んでいたアパートがホームレス同士の争いで火をつけられたことなどあり、恐い、ふつうの人じゃない、と思っていました。
生活が差し迫っている人の精神状態に触れるということは、知らないうちに相手の神経を逆なですることにもなりかねないと思って慎重に考えていましたが、意外とそこまで気を使わなくても、普通に会話ができるということもわかりました。
ホームレスのパトロールを一緒にまわっている方の中にも、もとホームレスで、ちょっとずつ働けるようになって生活保護を減らしている人もいます。
ホームレスだった自分が声をかけてもらって助かることができ、元気になったから仲間を助けたい、誰かの役にたちたい。と思って参加しているそうです。
声をかけても本人が希望しない限り生活保護へつながることはありませんが、「ひとりじゃないよ。」というお声がけなのだとわかってきました。

 

寿町の中には、お地蔵さんがいます。
何かしらの理由で故郷に帰れなくなって家族に会うこともなくひとりで亡くなられた方が弔われています。
寿町でずっと活動されている方は、「ホームレスで身寄りがなくても必ずご縁はできて拝みたいという人が出てくる。」とおっしゃいます。
そのお地蔵さんや亡くなられた方のお墓をきれいに掃除して一生懸命拝む寿の人たちを見て、本当の家族でもこんなにお墓を大事にするだろうか。家族ってなんだろう。と考えさせられます。

 

そんな私もそんなに裕福な家庭で育ったわけではなく、新聞配達をしながら高校へ通い、奨学金をもらって大学に行き、学生寮に入りました。
アルバイトや部活のため、寮に不在がちだった私は、ある日、昨日まで仲良くしていたはずの友人たちに囲まれて、「なまけもの、なまけもの」と罵られました。
遊びまわっていると思われていたのでしょう。仕送りがないからアルバイトに出ているとなぜか言えなかったのです。家族に助けを求めましたが、その頃父親のリストラなどで生まれ育った実家を失うことになり、家族もバラバラになり、私は寮にとどまるしかありませんでした。
そんな中でも助けてくれる人がいたということと、絵をかくことで、なんとか生きてこれました。
ですから、青森から単身芸術のために上京したなんてかっこいいものではなく、なんとか生きていける場所を探し歩き続けているという意味ではホームレス状態なのかもしれません。

 

その頃から、「人を助ける」ということはどういうことか考え始めました。
もっと強く考えるようになったのは、友人の自殺がきっかけでした。
私は確かに信号を受け取っていたけど、いつまでも友人がいると思って、適当にあしらってしまっていたのです。
自分は彼女を助けることができませんでした。でも、何かをして助けられたのだろうか?本当にその人を助けられるのはその人自身ではないか。自分はその人でないから身代わりになれるわけでもないし、完全にその人の立場や気持ちを理解できるわけでないし。などと悶々と考えました。
その結果、例えば、荷物を持つということだけでもいいから、今忙しいからとないがしろにせずに、自分が何かひとつでもできることがあればやろう。というふうに決めました。

 

日々の活動や作品制作に関しても内面に強さを携える優しさを持つことができたらという願いを込めています。

 

寿町には私が制作したキャラクター「コトブキンちゃん」がいろんなところに出没しています。
最初は炊き出しが行われる寿公園にだけ設置する予定だったので、炊き出しをお手伝いするイメージで制作しました。
そんなコトブキンちゃんが私の知らないあいだにどんどん一人歩きして、いつのまにか人気者になっていました。
深刻な話でも、コトブキンちゃんの話題を出すことで相談者さんの表情がゆるんで話をしてくれるのだとある職員さんがおっしゃってくださっていました。

 

寿町には、「ひとりじゃないよ。」「そのままでいいんだよ。」「やりなおそうと思ったらやりなおせるんだよ。」と生きるためのヒントがたくさんあります。

 

私が青森を出るとき、「どんなときでも紙と鉛筆さえあれば表現できる。」と言ってくださった方がいました。

 

生きてさえいればなんとかなるし、いろんな生き方があっていいんだと、寿町やホームレスパトロールからは教えてもらうことがたくさんあります。

 

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竹本 真紀(たけもと まき)

美術家。1976年青森県八戸市生まれ、1999年国立弘前大学教育学部小学校教員養成課程卒業。2000年美學校小沢剛トンチキアートスクール入校。個展、グループ展、企画展等多数。まちなかにキャラクターを出没させる「○○を探せシリーズ」など、まちと関わるプロジェクトを多くてがける。

http://takemotomaki.web.fc2.com/

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