プロジェクト概要

悲願の銀メダルから一転、ソチパラリンピック出場権獲得ならず。

涙を飲んだ アイススレッジホッケー日本代表にもう一度夢の大舞台を!

 

はじめまして。私はアイススレッジホッケー日本代表チームキャプテンの須藤悟(すどうさとる)です。アイススレッジホッケーとは、冬季パラリンピックの正式競技で、下肢に障害を持ったものたちが行うアイスホッケー競技です。日本代表チームは1998年から4大会連続でパラリンピックに出場し、2010年のバンクーバー大会では銀メダルを獲得しました。

 

しかし、昨年2014年は出場権を獲得できず5大会連続出場の夢は途絶えました。費用の問題で海外遠征や海外チームを日本に迎えての国際試合ができず、情報リサーチと実戦経験の不足が試合に現れたのです。常に世界情勢を把握し、実戦経験を積むことがパラリンピック出場の鍵となります。

 

そこで、来年2月に長野県で行われる大会に、2018年ピョンチャンパラリンピックで対戦する可能性があるイタリアとチェコ代表チームを招き、国際試合を行いたいと考えています。その2チームを招待するためには、各チームの渡航費の半分を負担する必要があります。

 

パラリンピックという夢の大舞台に立ちたい!もう一度、みんなで世界を相手に日の丸を背負って戦いたいのです。どうかあなたの熱い声援で私たちの背中を押してください!

 

(1ピリオド15分。一瞬一瞬に命を燃やし、目指すは世界王者!

写真提供 : MA SPORTS / 吉村もと)

 

 

日本のような島国が、国際試合の経験を積むことは容易ではありません。

 

海外のチームは他国と陸続きとなっているため、隣国と試合を行うことが可能です。そのため、遠い日本へ経費をかけて移動し、試合をする必要性はありません。同じ経費を使い、自国でトーナメントを行うことで、多くのナショナルチームとの対戦が可能なのです。

 

しかし、島国の日本が実戦で力を付けていくには、海外で開催されるトーナメントに参加するしかない。もしくは海外よりチームを招待するしか方法がないという状況です。

 

もちろん、海外のトーナメントに参加して試合を行うことで経験値は上がりますが、日本国内で試合を行うと、多くの方の目に触れることも可能となるのです。そのため、アイススレッジホッケーという競技の普及と強化の二つができると考え、クラウドファンディングに挑戦しています。
 

(海外の競合チームは日本とは違い、いつでも自国でトーナメント戦を

行うことが可能なのです。写真提供 : MA SPORTS / 吉村もと)

 

 

「スポーツをすること自体諦めていた」

そんな自分にとって、アイススレッジホッケーは唯一の希望でした。

 

私は、20歳の時に両下肢を切断する事故に遭いました。事故に遭う前の生活が一変し、当時は仕事と生活をこなすことだけで精一杯でした。元々スポーツは好きなほうでしたが、スポーツを再開できるような状況ではありませんでした。

 

数年が経ってその生活にも慣れ、身体を動かせるレクリエーションを探していたところ、帰省先で母親から新聞記事を見せられ「これならあなたにも出来るんじゃないの」と勧められた一言により、アイススレッジホッケーを知ることになりました。

 

(私のような障害があっても再挑戦できると知った時、希望が芽生えました。)

 

私の障害は長座姿勢のため、車椅子などにうまく座ることが出来ず、車椅子を使った競技は難しいと思われました。そのため、本格的なスポーツを行うこと自体、諦めてしまっている自分がいました。

 

新聞記事のスレッジに乗る姿を見て、「これなら私の障害でも挑戦できるかもしれない、もう一度自分の体を使ってスポーツがしたい!」と感じ、即座にチーム関係者へ連絡を取って現在に至ります。

 

(興奮を巻き起こす白熱した試合の数々。観覧者は思わず息を飲みます。

写真提供 : MA SPORTS / 吉村もと)

 

 

「アイスホッケー選手になりたい!」

子どもの頃の小さな夢を、障害を持ってから叶えられることに。

 

この競技に興味を持ったのにはもう1つ理由があります。それは私の生まれ育った町の影響です。私の故郷、北海道苫小牧市はアイスホッケーが盛んな土地柄で、子どもの頃より冬の体育授業はアイスホッケー、放課後も近くの公園のリンクでアイスホッケーが行われているような環境でした。

 

この環境のお陰でルールはよく知っていましたし、アイスホッケーの魅力も十分に知っていました。この土地で育った子ども達の将来の夢には「アイスホッケー選手になる」というものも多く、私の中にも小さくそのような夢がありましたが、家庭の事情によりアイスホッケー選手への道を選択することが出来ませんでした。

 

(アイスホッケーのルールを一部変更して行うのが、

アイススレッジホッケーです。)

 

アイススレッジホッケーという聞き慣れ無い名前の競技でしたが、前途のように偶然知ることとなり、「障害があってもアイスホッケーが出来る」という、子どもの頃には選択出来なかったチャンスが再来したのです。

 

1度諦めたチャンスが目の前に現れたことにより、どのように動くのか、これから先にどのような苦難が待ち受けているのかも考えず、ただただ心踊った記憶を今でも思い出すことが出来ます。

 

当時は、スティックなど使用する用具も手作りの物が多く、道具の改良や工夫を重ねることで速く走れたり、強いシュートが打てたりする奥の深さにも魅力を感じ、アイススレッジホッケーに直ぐに引き込まれました。

 

(選手たちは皆、真剣な面持ちです。 写真提供 : MA SPORTS / 吉村もと)

 

 

日本代表候補選手としての初めての合宿。

力の差を思い知らされた私は、手に血豆を作りながら練習に励みました。

 

日本代表候補選手として初めて合宿へ参加したとき、先輩たちが容易に行うメニューについていけず、圧倒的な力の差を感じました。自分の体力が不足していることを思い知らされ、本当に苦い思いもしました。

 

当然、他の代表選手達と比べ普段の滞氷時間も少ないことに気づき、氷を求めて家から遠く離れたスケートリンクまで通いました。手に血豆を作りながらも、スケーティング動作の修得に励みました。他のメンバーに追いつくために、仕事を終え帰宅後に夜遅くまでスポーツジムでウエイトトレーニングをし、少しずつ筋力をつけていきました。

 

(チームで一丸となり、ひとつの目標に向かいます。)

 

 

夢を叶え、念願の日本代表メンバーに!

パラリンピックに3大会連続出場、バンクーバーでは銀メダルを獲得!

 

その後、私は日本代表メンバーとなり、アメリカ・ソルトレーク大会、イタリア・トリノ大会、カナダ・バンクーバー大会と3大会連続で出場。「パラリンピックで活躍する」という目標を達成することができました。

 

アイススレッジホッケー日本チームとしては、1998年の長野大会からバンクーバー大会まで4大会連続で出場しており、そのバンクーバー大会では悲願の銀メダルを獲得することができました。

 

(いつも志はひとつ!試合を戦い抜いた日本代表チーム。

写真提供 : MA SPORTS / 吉村もと)

 

 

悲願の銀メダル獲得から一転、パラリンピック5大会連続出場ならず。

思わず涙が氷上にこぼれ落ちました。

 

しかし、2014年ソチ大会の出場権は獲得できず、5大会連続出場記録は途絶えました。当時、出場権を懸けた最終予選に向け、毎月時間の許す限り強化合宿を行ってきたものの、費用面などの問題で、海外遠征や海外チームを日本に迎えての国際試合を行うことが出来ませんでした。 その最終予選では、やはり対戦国の情報リサーチ不足、実戦経験の不足が試合に現れてしまい、パラリンピック出場を逃したのです。

 

(対戦国のリサーチは勝利において必要不可欠です。)


国際ランキングの上位にランクインするためには、常に世界情勢を把握しておくこと、試合感を忘れないために国際試合経験を積むことが非常に重要です。

 

そこで、来年2月に長野県で予定している大会へ、ピョンチャンパラリンピックで対戦する可能性があるイタリア代表とチェコ代表を招待し、早い段階からリサーチしたいと考えています。

 

(対戦の可能性が高いイタリアチームの選手たち。

写真提供 : MA SPORTS / 吉村もと)

 

 

新たに競技を始めた後輩と一緒に、もう一度、あの大舞台に立ちたい。

そのためには あなたの声援が必要です!

 

実は、パラリンピックのカナダ・バンクーバー大会で銀メダルを獲得したことによって、新たに競技を始めた選手たちもいます。彼らも私たちとともに、パラリンピックの出場を夢見ています。

 

パラリンピックに出場経験の無い選手たちと一緒に、もう一度あの舞台に立ちたい。世界を相手に日の丸を背負って戦いたいのです。そのためには、この時期に対戦国の候補と戦っておく必要があります。どうか熱い声援を私たちに届けていただけませんか?2年後に向け、一緒にあの大舞台を目指しましょう!どうぞ応援をお願いいたします。

 

(チームで円になり、心をひとつに!)

 

 

日本代表チームのこれまでの実績:

 

パラリンピック戦歴

1998年長野大会     5位
2002年ソルトレーク大会 5位
2006年トリノ大会    5位
2010年バンクーバー大会 銀メダル

 

世界選手権戦歴
1996年世界選手権(スウェーデンで開催)     4位
2000年世界選手権 (アメリカで開催)        4位
2004年世界選手権 (スウェーデンで開催)      6位
2008年世界選手権 Aプール(アメリカで開催)      4位
2009年世界選手権 Aプール(チェコで開催)       4位
2012年世界選手権 Aプール(ノルウェーで開催)  7位
2013年世界選手権 Bプール(長野で開催)         銀メダル
2015年世界選手権 Aプール(アメリカで開催)     8位

 

(パックを追って、接戦が繰り広げられます

写真提供 : MA SPORTS / 吉村もと)

 

 

引換券について

 

■ 協会からのサンクスメール

■ オリジナルクリアファイル(2枚組)

■ JAPAN ピンバッジ

■ 選手 1 名からのサイン

■ サイン入りオリジナル T シャツ

黒Tシャツに白ペンもしくは金、銀ペンでサインを入れさせていただきます。

 

■ 大会パンフレットにサポーターとしてお名前掲載

■ 大会で選手と記念撮影

■ 日本チームの選手全員のサイン入り色紙を贈呈

 

■ 大会の公式練習を VIP ルームにて見学

天皇陛下などが試合を観戦されるVIPルームに特別にご案内します。

 

■ オリジナルブランケット(1枚)

 

■ 大会時に VIP ルームもしくはリンクサイドで観戦(2名様まで)

天皇陛下などが試合を観戦されるVIPルームに特別にご案内します。

2名様分の T シャツ・ピンバッジ・ブランケット付

会場までの交通費は自己負担でお願いします

 

■ 大会時に VIP ルームもしくはリンクサイドで観戦(4名様まで)

天皇陛下などが試合を観戦されるVIPルームに特別にご案内します。

4名様分の T シャツ・ピンバッジ・ブランケット付
会場までの交通費は自己負担でお願いします

 

■ 大会の横断幕にロゴもしくは御名前を掲載します


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