プロジェクト概要

 

sprit of kazama ダカールラリーチャレンジへの
たくさんのご支援
ありがとうございます!

 

皆様、お一人お一人のお力添えをいただきまして、目標金額として設定しておりました250万円を到達しました! 本当にありがとうございます!

ご支援いただいた費用は全て、ダカール出場への資金として使用させていただきます。

 

残り1日と、短い期間なので迷いましたが、去年のダカールラリーで完走したように、このプロジェクトも最後まで走りきりたいとネクストゴールを設定させていただきました。

 

ダカール参戦には1500万円を超える莫大な費用がかかります。

この費用を補うために次のゴールとして300万円を目指します!

 

残り1日ちょっととなりましたが、このクラウドファンディングを通して、共にダカールを駆け抜ける一員となっていただけたら幸いです。 引き続きよろしくお願いいたします。

 

冒険家、父の背中を追って。
今年も世界一過酷なレース「ダカールラリー」へ挑みます!

 

ージを御覧いただき、ありがとうございます。風間晋之介と申します。14歳でモトクロスレースを始めて、16歳の時に単身アメリカへ渡米、現地の高校へ通いながら練習とレースに明け暮れ、帰国後もモトクロス一色で生きてきました。

 

私の父、冒険家 風間深志は1982年に日本人として初めて、世界一過酷な二輪バイクレース、当時のパリ・ダカールラリー(パリダカ)へ挑戦しました。その背中を追うべく、1年前「夢は父から子へ!世界一過酷な二輪バイクレースパリダカに挑戦!」という挑戦を行い、266名の方から応援いただきました。
 

 

父がパリダカへ挑戦した34年後、息子である私が再びその戦いへ挑み、初参戦総合67位という結果で南米のダカールラリー日本人2人目の完走、そしてアジア初、世界で2組目の親子二代でのダカールラリー完走者となりました。

 

ここでの多くの人からの支援がなければ風間親子の世代を超えた挑戦は成し得ませんでした。応援し、ご支援いただいた皆さま、心よりお礼申し上げます。

 
そして今年も。みなさんの応援を背負い、世界一過酷と言われるレース「ダカールラリー」へ挑みます!風間親子の挑戦はまだまだ続きます!

 

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死者や負傷者が出るほどの世界一過酷なオフロードレース。
完走できたことが次の挑戦の一歩を踏み出す勇気になりました!

 

 

冒険家の父は、ヒーロー。その父と同じ舞台に立つ。
父が走った世界最高峰のパリダカが、いつしか僕の夢に。

 

冒険家の父、風間深志は、オートバイによる人類史上初となる3つの偉業〈北極点到達〉〈南極点到達〉〈エベレスト6,005m地点到達〉を始め、あくなき挑戦を続ける「バイク冒険王」です。幼い私にとって父は、なんでもできるスーパーマンでした。

 

2004年に父 深志が再び挑んだパリ・ダカールラリー。
代償は大きく、左脚に障害を残す大怪我を負いバイクに跨ることが出来なくなりました。

 

10歳の時に、モトクロスバイクが球場の中を走り回り、華麗に数十メートルのジャンプを越えて行くレースを見た時に、僕の心は完全にモトクロスという競技に魅了されていました。

 

幼い頃から父が冒険へ出かける背中をみて、いつか自分も北極点や南極点へ挑戦したい、いつか父と同じ舞台に立つと、父が走った世界最高峰のオフロードラリーレース「パリダカ」へと思いを馳せるようになりました。

 

夢を父から託され、今年の1月、ついに夢の一歩が動き出しました。

 

 

アジア初、親子二代ダカールラリー完走!
父の指導のもと、今年も二人三脚で走りきります!

 

そんな幼い頃からの念願の夢が叶った、去年のパリダカ。参加台数:167台中、完走できたのが、96台という想像以上に厳しい戦いでした。

 

世界一過酷と称される通り、最高気温は50度、最低気温は-2、3度。高低差約5,000メートルあり、砂漠あり、山岳あり、川があり、照りつける太陽の暑さと戦い、降り注ぐ冷たい雨と戦い約2週間にも及ぶレースを戦い抜きまました。

 

 

完走したものが全て勝者であると称えられる過酷なレースで、南米ダカールラリー2人めの完走、そして67位という結果を出すことができました。

 

〈2017年のダカールラリーのレースの様子です。ぜひ御覧ください〉
 

50度近い灼熱の荒野の中、何度も直立する壁を登り、下り、転倒し、

これ以上上がらない心拍数と戦った時、

 

5000メートル近い高所で手の末端の痺れを感じながら走った時、

富士山頂よりも高い位置にある砂丘と戦った時、

 

0度の気温のなか降りしきる雨に打たれながら寒さと戦い走った時、

数10キロと続く変わらぬ大地のうねりと戦い身体の限界と戦った時、

 

こうした苦難を乗り越える時に必要だったのが皆様からの後押しという期待を背負った責任や、意地、何としても完走という思いでした。出発前にも思った事ですが、これだけの人たちに応援していただいたら無敵にすらなれると。

 

人々の力は絶大で、現地でも皆さまからの応援が本当に力になりました。

 

最初に夢を描いてから20数年、父が初めてダカールへ参戦してから34年。
長年の親子の夢が叶った瞬間です。

 

 

2018年は記念すべきパリダカ40回めの開催。
そんな大会に今年も親子二人三脚で挑戦します!

 

走っている最中は、苦しくて苦しくて、なんでこんなことしてるんだろうと思っていました。でも、最終日には「もう一度出たい」と強く感じている自分がいました。

 

前回は完走を目標にしていましたが、今度は上位の順位を狙っていきたいと思います!終盤のペースを最初からできていれば、順位はもっと上がるはず。

 

そして、運命と数字のいたずらは本当に面白いものです。先日、2018ダカールラリーのゼッケンナンバーが発表になりましたが、2018年はなんと81番で走ります。

81番。この番号は父が1982年に日本人として初めてパリダカへ出場した際につけていた番号なのです。なんだか、いい風が吹いてきた気がします。

 

〈81番〉父が初参戦ながら総合18位という結果を出した縁起のいい番号です

 

 

1年の始まりに、どこよりも早く開催される世界一過酷なレース「ダカールラリー」今年は、2018年1月6日〜20日までの約2週間で開催されます。2018年の始まりに私たち親子と一緒に、1年分のハラハラ、ドキドキ、感動を味わいませんか?

 

風間親子が新年早々に日本の裏側、南米大陸で奮闘します。

 

父の指導のもと走りきり、今年も二人三脚で完走を。
そして更に上位の結果を目指します!

 

見ていてね、オレも走りたくなっちゃった!」と父。
一緒に走る夢は叶いませんが、二人三脚で出場し更なる夢を追い続けます!

 

挑戦への詳細

 

開催期間:2018 年1 月6 日〜1 月20 日

 

新年すぐの大迫力なレースを、一緒に楽しみましょう!

 

12/27(水)チーム風間 日本出発予定
1/6(土)STAGE-1 LIMA → PISCO:
7(日) STAGE-2 PISCO → PISCO:
8 (月)STAGE-3 PISCO → SAN JUAN DE MARCONA :
9(火) STAGE-4 SAN JUAN DE MARCONA → SAN JUAN DE MARCONA:
10(水) STAGE-5 SAN JUAN DE MARCONA → AREQUIPA:
11(木) STAGE-6 AREQUIPA → LA PAZ:
12(金) ~REST DAY(休息日)~ LA PAZ

13(土) STAGE-7 LA PAZ → UYUNI:
14(日) STAGE-8 UYUNI → TUPIZA:
15(月) STAGE-9 TUPIZA → SALTA:
16(火) STAGE-10 SALTA → BELE’N:
17(水) STAGE-11 BELE’N →CHILECITO:
18(木) STAGE-12 CHILECITO → SAN JUAN:
19(金) STAGE-13 SAN JUAN → CORDOBA:
20(土) STAGE-14 CORDOBA → CORDOBA:

24(水)凱旋帰国 予定 (Total:約9,000km)

 

〈こちらも2017年のダッカール・ラリーの様子です。御覧ください〉

 

 

ご支援いただく皆さまへ

 

2017年、ダカールラリー挑戦に必要不可欠だったのは「人」です。昨年もこのクラウドファンディングを使わせていただいたのですが、ここでの多くの人からの支援がなければ風間親子の世代を超えた挑戦は成し得ませんでした。

本来2年目の2018年はクラウドファンディングを使用しないで挑むつもりでしたが、レースに参戦するには、最低でも500万円と多額の費用がかかります。
現在スポンサーを探し必死に走り回っていますが状況はまだまだ厳しく、共に戦ってくださる同士を募らせていただければと思い挑戦させていただくことになりました。

 

引き続き応援してくださる皆さまには、昨年以上により上位の結果を残し、お返しさせていただければと思います。応援、どうぞよろしくお願いいたします。

 

みなさんの応援を胸に、さらに上の順位を目指します!
応援、どうぞよろしくお願いいたします!

 

 

 


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