LIVE配信レポート｜vol.2「“みんなで幸せ”の難しさ―ウェルビーイングと東洋的知恵」

■ “みんなで幸せ”の難しさ――ウェルビーイングと東洋的知恵

前野先生：

私自身、新しい学部でウェルビーイング教育を取り入れている立場なんですが、この教育って、実は“修行”にすごく近いと思っているんです。ただ、「ウェル＝良い」って意味があるので、「幸せ」と「不幸せ」に分けてしまいがちなんですね。

でも「ウェルビーイングに勝ち負けを持ち込んではいけない」って言葉、本当に大事だと思いました。「みんなに幸せになってほしい」と願うことが、いつの間にか「お前も幸せだよね？」と押し付けになってしまったら、それはもうウェルビーイングじゃないですよね。

思い出したのが、ある有名なアメリカ人の研究者の言葉です。日本人経営者が「ウェルビーイングを進めれば世界平和になりますか？」と聞いたら、その研究者は「ウェルビーイングと世界平和は別物。ウェルビーイングは“モラルサークル”――つまり仲間の範囲の中でしか考えられない」と答えたんです。ここに東洋と西洋の根本的な違いを感じました。

西洋には「敵」と「味方」に分ける発想が強くある。

だから、ウェルビーイングの研究者と平和の研究者も別々なんですね。

でも東洋には、たとえばブッダや親鸞が説く「生きとし生けるものが幸せでありますように」という祈りがある。道元の言葉で言えば、「自分が世界であり、世界が自分である」という境地。そういうところに、修行を通じて近づいていくのだと思います。

実は私、今は仏教系の武蔵野大学にいて、そこでは親鸞の「悟りたいけれど悟れない、だから他力本願で」という教えを基盤としています。創立者の高楠順次郎先生は「仏教学とは人格向上学である」と言っています。

30年いた慶應義塾から今の大学へ移ったのも、そういう意味では文脈がつながっている。翠山大学も、きっとそういう東洋的な精神に立脚しているんだろうなと感じました。

もちろん、福沢先生（福沢諭吉）を否定するわけではありません。当時は近代化が必要だった。でも、戦後も80年経った今だからこそ、東洋の智慧に立ち返るタイミングなのだと思います。

「勝ち負けではない」「世界は分断されていない」

――そういう価値観を土台にした教育や社会づくりを、これからやっていきたい。

皆さんのお話を聞いて、私もその場所に立っていると、改めて実感しました。