本日、小松市役所の担当課に、クラウドファンディングの結果報告を申し上げました。

総事業費約200万円のうち、市から100万円の補助が受けられることになり、皆様の1,065,000円(手数料は引かれますが、当会より補填します)は、200万円に化ける事になるのです!!

 

これから工程表の策定と、近隣住民への理解、3月末を目途とした決算をする、より具体的な事業の開始となります。

 

ただ、今日の報告では、「ボンネットってすごいね」という、市役所にとっては驚くべき結果だったようです。

昨年過熱しすぎた「ふるさと納税制度」は、結局節税対策としての物品購入という方向に傾倒してしまい、批判を受ける結果もありましたが、ちゃんと外貨を得る為の基盤整備に用いる、本旨を貫く事の難しさを感じて仕事をしている市職員にとって、正に理想の答えを民間が成している驚きは、これからも行政を動かす勢いがありそうです。

で、既に再来年くらいの話になっています…。「いつごろ置く?、2両目…」と。

 

今日は11月1日、特急「こだま」デビューの日に当たります。

59年前の昭和33年。 東京タワー完成のちょっと前の話で、「続・三丁目の夕日」の映画でも取り上げられた時代です。

昨年11月、その特急こだまでデビューした20系特急電車の先頭車、クハ26001の補修が進み、外観お披露目になりました。

クハ181-1という車番に落ち着き、様々な改造を経て昭和51年に廃車になるまで、18年間東京から神戸、名古屋から博多、新大阪から下関、宇野、新宿から松本、長野、上野から碓氷峠も越えました。

新幹線の延伸に先鞭を付けることが役割だったような車両でしたが、今も神戸の川崎重工車輌カンパニーのエントランスに0系新幹線と並んで展示されています。

 

クハ489-501をクハ481初期型にするためには色々とタイミングがありました。

ワイパー一つみても、交換されて違うのです。

たまたまですが、石川県内で廃車利用されている電車に付いていたワイパーと20系時代の川崎重工でレストア中のボンネット初号車の原型ワイパーが一致し、結果として今のクハ26001の運転席側のワイパー復元に利用して下さいました。

代わりにそのクハ181-1の運転席側として付いていたワイパーはクハ481初期型用として譲り受け、復元に際して運転助士席に設置させていただいたのでした。

 

クハ489-501の新製時復元に際しても、形状は同じですのでそのまま活かします。

他にも、EF70や165系、169系、九州の485系などからも個人や自治体からご提供いただいた部品達が、クハ489-501復元に立派に転用されています。

お金だけでは出来ない話です。

 

写真のクハ26001は、昨年初めまではボロボロで、廃車時の姿のままでした。

でも登場時の姿に戻したのには、製造メーカーとしての出荷時を再現したいというこだわりがあったのです。

そしてこの車両の保存に際しては、当時川崎重工に勤務されていたボンネットの産みの親、星 晃さんのお力添えがあります。

鉄道車両を保存するのは、容易いことではないです。 何よりも、熱意と意義がバランスを持たなければなりません。

これからのクハ489-501も、外貨を伴う産業観光インフラとなるよう、熱意だけではない、しなやかな発想を併せ持つことが大切ではないでしょうか。

 

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