徳川家康公の平和に対する深い想いを、世界中の人に知ってもらいたい！

　竹千代が生まれたのは1542年12月26日寅の刻。

　ほぼ同じ時刻、城郭にもう一つの産声が上がったと言われています。

　その子の名前は恵新（後の樵暗恵最）。父は竹千代と同じ松平広忠。つまり、異母兄弟です。母は大給松平氏の松平乗正の娘お久の方で、城内で生まれしばらくして桑谷村（現岡崎市桑谷町）に移ったという説と、移住してから生まれたという説があります。

　祖父乗正は、「孫の存在が政争のもとになりかねない。部将ではなく仏の道に」と判断、恵新と名付けたと言われています。

　徳川家や松平家の文書にこの恵新やお久、それに兄の勘六の存在が詳しく書かれていないこともあり、Wikipediaなどに広忠の子ではなかった、この家族は架空の存在とする書き込みが散見されますが、勘六（後の松平忠政）の墓が松平家の菩提寺・法蔵寺にあること、所蔵する物や文書の質が高いことを考えると、実在したと見るべきでしょう。

　実は、私の父の実家がこの桑谷村にあり、広忠寺はご近所さん。一時期ここで生活した私が子供の頃に伯父や村人から聞いた話を総合すると、お久の方は松平家から〝化粧田（嫁に行く娘に与える領地）〟として今寺がある周辺の土地を与えられて、恵新と勘六と共に住んでいたそうです。

　永禄5（1562）年、松平元康（後の家康公。当時19歳）が山中城から吉良道を通って「上之郷城攻め」に向かう途中、通り道だったこともあり、三人に会ったと言われています。その時の休憩場所が父の実家だとも聞いています。それに関する文書は存在しません（淺井家は祖父の道楽で没落。田地田畑どころか家屋敷のほとんどを失いました。家系図を含めて混乱の中ですべて行方不明）が、当時の淺井家の村における立場や屋敷が吉良道に面していることからその可能性は相当高いと思われます。
　勘六はそのまま元康と共に参戦したとも伝わっています

　その時、お久の方から「広忠公の菩提寺を創って欲しい」との申し出があり、広忠寺がしばらくして建てられたそうです。

　大正15年に柴田顕正氏によって書かれた岡崎市史をひも解きますと、勘六はその後松平忠政と名乗る部将になり、3000石の旗本となったとあります。私の祖先が家老を務めたらしく、祖母は「松平さんにはお世話になったで広忠寺で悪さしちゃあいかんよ」が口癖でした。

　それは、この寺に元日本兵が集まり、戦争体験を語り合っているのを聞きつけた5歳の私が、そこに行って「おとうちゃんの話を聞かせて」とねだっていたのを知ったからです。28歳で他界した父は、陸軍の学校を出た後、陸軍将校になり、その存在が「村の誉」だったらしく、元日本兵たちから聞く父親のエピソードは幼い頃の私には〝宝物〟。それが高じて「戦争が父親を奪った」と勘違いするようになり、広忠寺が「戦争を取材する新聞記者になる」と決めた場所になったのです。

　恵最が広忠寺の初代住職になり、一生そこで暮らしました。

　今も寺は存在しますが、徳川・松平家からすれば傍流中の傍流。そして残念ながら公的な支援もなく、村人たちの支えはあるものの、本堂は朽ち果てるのを待つばかりの状態です。

　朝鮮通信使の書家海峯の書を基にした扁額や知恩院との関りを示す文書といった、この寺の重要性を示すものが見つかっており、私はこれからも岡崎市に資料の分析と寺が有する文化財の保護を働き掛けていきたいと思っています