プロジェクト概要

New!!  新たなリターンが追加されました!

 

1959年に登場して以来、"京急の顔"として活躍してきた初代1000形(デハ1000形)。

 

長年に渡り多くの乗客・ファンに愛されてきたこの車両は、新1000形の登場により運転終了が決定し、2010年に形式が消滅しました。

 

あれから8年。

初代1000形は、四国にある「高松琴平電気鉄道(以下、ことでん)」さんの下で、いまでも、人々のために走り続けていました。この車両は、来年には登場から60年が経ち、人間で言えば還暦を迎えようとしています。

 

車両への丁寧なケアにより、60年という歳月を走れていますが、既に耐用年数の平均を超えたこの車両は、あと何年走り続けられるか分かりません。

 

最後にもう一度、走る"あの1000形"が見たい。

今回、京急・ことでんさんに特別にご許可をいただき、広告主の権利を買い取る形であれば、初代1000形の全面ラッピングをさせていただけることとなりました。そのための費用は1,5000万円です。

 

途方もない金額ではありますが、またとない挑戦の機会を頂けたことに感謝し、どうにか実現をさせたいと強く願っています。もう一度、写真や思い出の中だけではない、ウソ電の夢物語ではない、本物の走る初代1000形を見ませんか?

 

 

 

端正な顔立ちと高い性能。

京急の代名詞と言えば、初代1000形だった。

 

初代1000形は、1959年に京浜急行の通勤形車両として運転を開始し、高度経済成長期のなか、ラッシュ時における大量輸送や、1968年に控えた都営地下鉄浅草線との乗り入れ車両として計画、製造をされました。

 

その性能は非常に高く、最上位種別である「快速特急」から「普通」そして都営浅草線・京成線などの乗り入れまでオールマイティーにこなす車両として長期に渡って製造され、最終的に計356両が製造されました。

 

激動の時代に、都心乗り入れや時代に応じた輸送力や車両性能の向上など、京浜急行の発展に寄与した車両が初代1000形とも言えます。

 

 

その後、「真っ赤な車体に白帯」という特徴的な顔立ちは、まさに"京浜急行の顔"として、一般利用者はもちろん、鉄道ファンや京浜急行で働く人たちからも幅広く愛されました。


昭和、平成と駆け抜け、長期にわたって京浜急行を代表する通勤形車両として親しまれてきましたが、新1000形など省エネルギー車両の登場により置き換えられ、惜しまれながらも2010年6月「ありがとう運転」を行なった後、京浜急行での営業運転を終了しました。

 

 

 

新型のラッピングじゃなく、旧型のラッピングを。

 

現在ことでんさんでは、京急さんから譲渡された上部はクリーム、下部はイエローの元・初代1000形車両が数両走っています。

 

これらの車両のうち一部は、今年4月に、京浜急行羽田空港駅(現:羽田空港国内線ターミナル駅)開業20周年を記念し、新1000形を模した全面ラッピングがされました。

 

ことでんカラーになった1000形

 

4月のラッピングにより新1000形になった様子


今回のクラウドファンディングは、来年2019年で満60年を迎える、ことでんを走る元1000形のなかで最古参車両へのラッピングを予定しています。

 

4月のラッピングとは異なり、初代1000形そのまま、正面も側面も赤いボディーに白い細帯のデザインです。ことでんさんにもご協力をいただくことができ、琴平線のラインカラーも入りません。

 

▽プロジェクトの詳細▽

 

今回のプロジェクトは、ことでんさんから広告主の権利を買い取る形式のため1,000万円を超える金額が必要です。ですがその分、細部までこだわって初代1000形の復元が可能です。

 

●運営団体:ことでん貸切乗車団 (還暦の赤プロジェクト運営団体)

●対象車両:車両1081-1082号車

●ラッピング完了予定日:2019年02月下旬

●資金使途:総額:1,500万円

・初代1000形ラッピング施工費用:1,050万円

・Readyfor手数料:275万円

・リターン費用:150万円

・宣伝広告費:25万円

●運営団体宛てお問い合わせ連絡先:

kotoden.charter.association@gmail.com

 

※本プロジェクトは、高松琴平電気鉄道株式会社様、及び京浜急行電鉄株式会社様から許可を得た上で実施しています。また、内容に関して高松琴平電気鉄道株式会社様、京浜急行電鉄株式会社様に問い合わせ等を行うことはお控えください。

 

 

60年の節目の年に、還暦のお祝いをプレゼント。

 

今回、悲願叶ってラッピングを施すことができれば、京浜急行時代のままの色合いで、主に琴平線を約1年半~2年間、実際に走行をする予定です。

 

新1000形と合わせて、京急を代表する新旧の1000形車両が2編成讃岐平野を走る、まさにウソ電で描くような風景をご覧いただけます。

 

ぜひ赤いラッピングのことでんに揺られながら、もしくは、すれ違う赤いラッピング を眺めながら、ことでん沿線の街へぜひ訪れていただきたいと思います。香川県を代表する「さぬきうどん」の店も沿線に数多く点在し、またトロみのある温泉が特徴的な「仏生山温泉」、讃岐平野を一望できる「こんぴらさん」などの観光名所があります。

 

繰り返しになりますが、走る初代1000形を見られるのは、ラストチャンスかも知れません。

 

リターンもできる限り喜んでいただける物をご用意致しましたので、必ずご満足いただけるものと思います。皆さまのご支援を何卒よろしくお願い致します。

 

 

 

 

 

 

特別応援メッセージ

 

飯島 学さん

 

 

京浜急行の沿線に育ち,電車に興味を持ったとき,多く目にしたのは1000形でした。それこそ電車といえば,三枚窓に貫通ドア,白い眉毛?しかないものだと思っていたぐらいで,一方で京浜急行2000形登場の情報は,同級生の中でも衝撃的な話題であったし,博物館で買ってもらった下敷きに写る国鉄電車や私鉄特急に,鉄道の世界の広さを感じたりしたものでした。

 

思い返して京浜急行1000形は,一時期の京浜急行の標準形式だったけれども,私自身にとっても,趣味の標準車両でもあったのでした。

 

ところで,私の父は京浜急行の運転士をしていました。あまり家で仕事の話をしない父でしたが,私があまりにしつこく電車,電車というものだから,わかりもしないHSC-Dやら弱め界磁やら,お風呂で教えてもらったものです。私が幼稚園を卒園すると同時に構内運転士になって本線で姿を見ることはできなくなりましたが,母に連れられて三崎口駅から堀ノ内駅まで,最後の父の運転を後ろから眺めた電車も1000形でした。

 

そんな父は,一度だけ社員旅行で四国に行ったことがありました。そこで,京浜急行230形改め琴電30形を見て「おまえ,まだ頑張っているのか!」と涙がでたよ,と話していました。

 

時が流れて,私も父と同じ会社に就職し,趣味世界だけでなく仕事の面でも少なからず京浜急行1000形との縁も深いものになりました。沿線では,走る姿を見ることができなくなった姿も,四国ではことでん1080形,1300形で,まだまだ活躍しているということですが,私も父と同じように「先輩,まだ頑張っているんですね!」とあったら伝えてみたい。その時は,なつかしい赤に白帯の姿であったら,もっといろんな思い出がよみがえってくるのでは,と思っています。

 

 

あなたの想いも教えてくださいませんか?

 

#わたしにとっての赤い電車

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このプロジェクトを支援すると、あなたのお名前を"あの名車"に掲せることができます!(ニックネーム可)

 

今回、ご縁があった皆さまには今回のプロジェクト限定の記念品をお送りします。「記憶」にも「記録」にも残していただけますと幸いです。

 

各ご支援コースの返礼品内容については、それぞれの価格帯をクリックしてお確かめください。

今回、10,000円以上のご支援で、ラッピング完成後しばらくの間、期間限定で車内にお名前を掲示や特製クリアファイルの贈呈、50,000円以上でお披露目会の様子と、前面展望を収録した「記念DVD」を贈呈します。

 

また100,000円のご支援で、「お披露目撮影会」に特別ご招待し、ご支援者様のリクエストに応じて方向幕・種別幕の表示もさせていただきます。

 

もう一度初代1000形を実現するには、あなたのご支援と拡散が必要です。

何卒よろしくお願い致します。

 

 

【ご支援マニュアル 】

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