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沖縄での「和田中の1000日」映画上映会を通じて地域と学校をつなげる教育を

東濱克紀

東濱克紀

沖縄での「和田中の1000日」映画上映会を通じて地域と学校をつなげる教育を
支援総額
715,000

目標 600,000円

支援者
42人
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2012年12月29日 18:06

民間出身の校長先生対談

(写真:左から藤原和博氏、我喜屋優氏)

 

「夢のバトンプロジェクト」特別番組

東京都初民間人校長「藤原和博」×甲子園春夏連覇民間人校長「我喜屋優」に中学生がインタビューするラジオ番組を行いました。

 

FMレキオ「ゆるやかネットワークを作ろう!」は、「学校と地域が一つになって交流できたら学生生活がもっと楽しくなるんじゃないか」というのがきっかけで、2008年9月から中高生がラジオ番組を開始。頑張っている学生を応援する番組をコミュニティ放送局「FMレキオ」から毎月第4火曜日の18時から放送しています。

 

2012年2月の放送では、【みんなでグッジョブ!『夢のバトンプロジェクト』特別番組】と題して、東京都初の民間人校長の藤原和博氏と興南中学校の我喜屋優校長をゲストに招き、中学生と一緒に沖縄の未来について本音で語ります。

 

また校長先生になる前の会社で働いていたの仕事の体験談や、校長先生になろうと思ったきっかけなどを伝えながら、将来の沖縄を担う中高生へ応援メッセージを送る番組を放送します。

 

【ゲストの紹介】

東京都義務教育初の民間人校長

学芸大客員教授・前杉並区立和田中学校校長

藤原和博(ふじはらかずひろ)

1955年東京生まれ。78年東京大学経済学部卒業後、(株)リクルート入社。96年同社フェローとなる。2003年から5年間、都内では義務教育初の民間人校長として杉並区立和田中学校校長を務める。08年、当時の橋下大阪府知事の特別顧問を務めた。

 

史上6校目甲子園春夏連覇監督

興南学園理事長・校長 

我喜屋 優(がきやまさる)

1950年沖縄生まれ。68年には夏の甲子園で興南高校野球部主将として沖縄勢初のベスト4に貢献。「興南旋風」と呼ばれた。卒業後は大昭和製紙に入社。74年には社会人都市対抗野球大会で優勝を果たした。2010年、興南高校野球部を「春夏連覇」に導いた。

 

【番組内容】藤原和博先生×我喜屋優先生へインタビュー

 ・校長になったきっかけや理想の学校像

 ・どんな中学生だったか

 ・これからの社会に出て行く若者に必要とされる力

 ・15歳のうちなーんちゅへのメッセージ

などをパーソナリティーの中学生が本音でインタビューしました。

 

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<対談形式でインタビューを行いました。>

 

■現在の仕事内容を教えてください。

(我喜屋)興南学園の理事長と校長、野球部の監督、もう一つが寮の管理人。主にこの四つの仕事をしています。

(藤原)僕は元々リクルートという会社に十八年社員でいて、その後五年間、杉並区立和田中学校で校長先生をやっていました。東京都の義務教育では初の民間人校長でした。その時に生み出した[よのなか]科という授業や学校支援地域本部が現在全国二五〇〇か所に広がっていて、それをさらに普及させるための活動を今やっています。

 

■お二人とも校長先生というお仕事をされていますが、この仕事に就こうと思ったきっかけは何ですか?

(我喜屋)最初から校長先生になろうと思って就いたわけではありません。興南高校が甲子園から遠ざかっているということで野球部監督として母校に戻ってきました。その後ちょうど校長先生の入れ替え時でもあり、生徒や先生、地域との関わりという全般を見渡して学校を運営するという校長にしかできない仕事を、自分が母校のためにやろうということでお引き受けしました。

(藤原)きっかけは三十七歳の時に家族でヨーロッパに出たことでした。ロンドン・パリで二年半暮らして、成熟社会でどういう仕事が大切なのか、どういうことを日本は社会システムとして変えないとダメなのかがよくわかりました。一つは「教育」、もう一つが、介護を中心とした「医療」、それから「住宅」の問題。日本はまだまだ豊かではない、教育と介護とそれから住宅問題というのを絶対解決しなければならないと感じました。そうしたテーマに集中するために、四十歳で会社を辞め、テーマを教育に絞りました。政治家になって法律とか制度を変えるという選択肢もありましたが、そんなことしてたら二十年近くかかってしまう…。それよりは現場に入って、一万校ある中学校の一校をマネジメントの力だけでどれだけ変えられるかチャレンジして、その一校をショールームに全国の学校を改革しようと思いました。それがうまくいったから、いま全国の校長先生が研修やる時に「管理からマネジメントへ」というのを教えていて、今は校長先生の校長先生みたいな仕事をやっています。

 

■ヨーロッパというのは日本より教育に力を入れているということですか?

(藤原)日本の教育は正解主義といって正解を教えて終わってしまいます。そういう教育では情報の処理力や早く正解にたどりつく力が身に付くのだけど、今の世の中って成熟社会だから正解が一つのことはあまりないんです。ヨーロッパではすでにそういう社会になっています。例えば国語で『走れメロス』を教えて、「帰り道のメロスの気持ちに一番近いものを次の四つのうちから選びなさい」という問題を解く。それを二〇〇〇問解いても、現代社会の抱えている問題を解くことはできないんです。世の中の問題はもっと複雑で、正解は一つではない。それをディベートしたり、ロールプレイしたり、ブレイングストーミングとよばれる知恵出しをしたりして、議論しながら自分の意見を述べていく。そういう思考力、判断力、表現力とかが大切になってきているのです。そっちの教育の方がこれから大事になっていくってことについては、例えばフィンランドとかにみるようにヨーロッパの方が圧倒的に先進国です。それに比べ日本はまだまだ正解主義の教育から抜け出せていないのです。

 

■生徒って意外に校長先生と接する機会が少ないと思います。普段どんな仕事をしているのですか?

(藤原)その通りだと思う。多くの学校の校長室っていつもドアが閉まっていて子どもたちが入る機会がなかなかありません。僕は大人の仕事を子どもたちに目撃させないといけないと思っていたので、校長室を開け放ちました。ただ扉を開けるだけではなく、校長室に漫画三〇〇冊くらい置いて、校長先生の目の前で読んでもいいことにしました。やがて子どもたちが校長室に集まるようになり、その場に給食の業者さんだったり、体操服の業者さんなどが打ち合わせに来るんです。その時に、子供たちが漫画を読んでいるすぐそばで、打ち合わせをする。そうすると子どもたちはすぐそばで、大人が何の仕事をやっているのか、どんなふうに仕事をやっているのか目撃することができる。あるいは、電話がかかってきても、個人的な内容でない限り、全部子どもたちに聞かせる。そういうことをやっていました。

(我喜屋)私も社会人の監督の時に、選手に「思い出に残る先生は?」とアンケートを取ったことがあります。結果、一番記憶に無い先生が校長先生でした。僕も将棋や囲碁を覚えて、「休み時間に挑戦においでよ」と言ったり、できるだけ自分から各教室を覗くようにしています。毎日が発見!!「おっ!」というのがたくさんあって、逆に生徒からこっちが元気をもらっています。藤原先生がおっしゃるように皆さんが出ていく社会には正解のない問題がほとんど。○か×だけの学校の知識だけでは役に立ちません。様々な変化に対応していく力が社会人には必要だと大人になって痛感しました。

 

 

■お二人はどんな中学生でしたか?

(我喜屋)中学生のころは昭和三十九年。東京オリンピックがあった年で、聖火ランナーとして、沖縄を走ったことをよく覚えています。その時に世界に憧れを感じました。

(藤原)学校が詰め込みを激しくやっていた時で、つまらなく閉塞感がありました。十五歳の頃は悪ぶりたい時期でもあり、暗い時期だったように感じます。東京で和田中学校を改革したのは、実はその反動があったからで、自分が経験した中学時代とは真逆のことをやってきました。

 

■お二人には人生を変える出会いはありましたか?

(我喜屋)静岡に四年間、北海道に三十四年間いて、三十八年ぶりに沖縄に帰ってくることになった時のことです。そのきっかけは、田中将大君(現/東北楽天ゴールデンイーグルス)と斎藤佑樹君(現/北海道日本ハムファイターズ)が投げ合っていた試合を甲子園で観ていたとき、一本の電話がかかってきました。その相手とは、当時興南学園の理事長だった比嘉良雄さんでした。その電話がきっかけで興南に来ることになり、今の仕事につながっています。

(藤原)東京大学の経済学部を卒業して、大体の人は銀行に就職するのだけど、僕は当時知名度が低く明日をも知れぬリクルートという会社に就職することに決めました。そこは学歴が一切関係ない、完全実力主義の世界でした。そこで揉まれたことで、社会を改革していくことへの芽を開かせ、現場で結果を残してこそプロだという意識を思い知らされたことが一番の出会いです。

 

■これから社会に出ていく若者に必要な力とは何でしょうか?

(我喜屋)社会というのはいろんな人がいて、嫌なこともいっぱいあります。そんな逆境というものを友達だと思って覚悟することができる力が必要です。中学生の頃は社会に出る準備の段階です。学生の時期からいい事も悪いことも、たくさん経験して社会に出ていく準備をしてほしい。逆境から逃げずに受け入れる気持ちで、いろんな事を経験してほしいと思います。

(藤原)これからの成熟社会は、正解が一つということはなくなります。だから、「今までこうだったから」という前例にしばられず、若者たちが自らモデルを作っていくことが大切なのです。ということは、今の大人が言う常識などをいったん疑ってみてもいいと思う。例えば、「なんで喪服は黒なの?」とか、「なんでタイヤは黒なの?」とか、みんな考えたことある?これからはそうした[よのなか]科でやっているようなクリティカルシンキング(常識を疑う)の力が必要になってきます。

(我喜屋)僕は常識破りな人間だとよく言われます。北海道の野球部は、冬になるとみんな室内に入って練習するけど、僕は外で練習をさせました。そしたら指導を手伝っていたその北海道の高校が甲子園で優勝しちゃった。常識も時がたてば非常識に変わる。またその逆もです。今では北海道の多くの学校も冬に外で練習するようになりました。

(藤原)常識と思われていることの裏をやることは素晴らしいですね。

(我喜屋)うまく常識を覆せるようになれば、そこにはまた新しい発見が待っています。スポーツの語源って何か知っているでしょうか。portが「港」。港から離れることをdisportと言う。そこから、sports(スポーツ)と呼ばれるようになった。つまり止まってないで羽ばたきなさい、動きなさいということ。そうすることで、何か見つけておいでという意味なんです。港に戻ってきたら、生まれ変わった新しい自分に出会える。みんなdisportをたくさん経験してほしいですね。

 

■お二人の理想の学校像はありますか?

(我喜屋)野球でもいい指導者が来るとよくなるように、興南高校にもたくさんいい先生がいて、今もどんどん良くなっています。でも生徒たちにはせまい世界だけでなく、日本や世界にはもっと多くの人との出会いがあるんだということを学ばせたいですね。

(藤原)和田中という学校は僕が務めた時には三学年で一六九人しかいなかったけど、今は、四五〇人の杉並区で一番大きな学校になっています。一番ビリぐらいの学力だったのが、去年の杉並区の調査でナンバーワンになりました。でも僕はこれだけでは満足していません。学校って子どもが育つ場所だけでなく、そこに関わる大人が成長し進化する場所でなければいけないと考えているからです。子どもは教える大人の姿よりも、学んでいる大人の姿に多くを学ぶのです。「学んでいる大人が最高の教材」ということをずっと言ってきました。和田中は全体としてそうした学習コミュニティーができています。だから学力も上がってくるのです。学校に関わる大人が成長し、コミュニティー全体が成長できるような学校が理想です。学校を核にして地域社会全体が再生するみたいなイメージですね。

(我喜屋)教えた先生も「ここで教えて良かった」と思える、生徒も「ここを卒業できて良かった」と思える、そんな人たちが集う学校のある地域がともに育つ。そのような形がまさに理想の学校像ですね。

 

■最後に十五歳のうちなーんちゅへのメッセージをお願いします。

(我喜屋)世界を見たり、日本を見たりするのもいいけど、まずは足元、沖縄のことをしっかりとした言葉で発信できるような中学生になってほしいですね。できることなら英語できちっと説明できる方がいい。僕は北海道に行ったとき、地元沖縄のことをしっかり勉強してなかったから、説明出来なかったことをとても悔やみました。

(藤原)中学三年生という受験生になって、受験勉強ばかりやってると正解をより早く見つけようとする情報処理力の勉強が多くなってきます。常に四択問題で、誰かから選択肢を提示されることが多い。与えられた選択肢を選ぶだけの人から、選択肢を作り出す側の人になってもらいたいです。僕がいたリクルートという会社では、「自ら機会を作り、機会によって自らを変えよ」というスローガンがありました。チャンスは人に与えられるものじゃなくて、自分で作り出し、そのチャンスによって自分を変えるのだということです。

 

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リターン

3,000

*サンクスメールをお贈りします。
*「和田中の1000日上映会」藤原和博氏講演会の講演録をメールにてお届けします。

支援者
20人
在庫数
制限なし

10,000

上記2点に加え、
*講演会の映像DVDを一枚お贈りします。

支援者
16人
在庫数
34

15,000

上記3点に加え、
*お住まいの地域で「和田中の1000日」映画上映をご希望なさる支援者様を、東濱がサポートさせていただきます。

支援者
1人
在庫数
29

20,000

10000円の引換券に加え、
*東濱が直接支援者のところに伺い、よのなか科の出前授業を行います。
※出前授業に伺う先は沖縄県内限定とさせて頂きます。
※県外の方へは、よのなか科の授業を収録したDVDをお贈りします。

支援者
5人
在庫数
完売

30,000

10000円の引換券に加え、
*第二回「和田中の1000日」映画上映会へご招待させて頂きます(1組2名様まで)

支援者
1人
在庫数
4

50,000

30000円の引換券に加え、
*中高生がパーソナリティを務めるラジオ番組「ゆるやかネットワークを作ろう」にゲスト出演して頂けます。(直接スタジオへお越しになれない方は電話出演も可能)

支援者
1人
在庫数
2

100,000

50000円の引換券に加え、
*第二回映画上映会の「特別協賛」として、感謝状の贈呈及び希望の場合スピーチをして頂けます。

支援者
0人
在庫数
5

200,000

100000円の引換券に加え、
*「和田中の1000日」映画上映会報告書の中に「特別協賛広告」を1ページ掲載させていただきます。

支援者
0人
在庫数
3

300,000

100000円の引換券に加えて、
* 「和田中の1000日」映画上映会報告書の中に「特別協賛広告」を表3に掲載させていただきます。
※サイズはB5用紙の1枚で法人企業限定です。
※映画上映会報告書は500部作成いたします。

支援者
1人
在庫数
完売

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