練習として分解したりしている、ETA6497-1というムーブメントの「テクニカルガイド(技術資料)」。
プラモデルの設計図にそっくりです。
(本資料は公式に無料で公開されているものです)

 

 

こんばんは、和田啓佑です。

 

クラウドファンディングの支援募集を開始してから、1月30日の募集終了まで【残り17日】になりました。

日頃よりご支援・ご応援いただいている皆様におかれましては、重ね重ね感謝申し上げます。

 

さて今回は、プロジェクトページで詳しく書けなかったことについてお話し致します。

 

というのも、プロジェクトをスタートして以来、しばしば「なぜ時計をつくりたいのか?」という根本的な動機について聞かれることがありました。確かに、この件についての自分の考えをあまり説明できていない、と(今更で恐縮ですが)私も感じましたので、ここで少し語らせて頂きたく思います。

 

 

 

まず、私が時計を作りたいと思った直接的なきっかけは、プロジェクトページに書いた通り、フランス人時計師François-Paul Journeさんの著書に載っていた彼の腕時計Tourbillon Souverain(トゥールビヨン・スヴラン)の美しさに心奪われたことでした。著作権の問題でその時計の写真を直接載せられないのが残念ですが、よろしければ画像を検索して見てみてください。独創的なデザインで、惹きつけられるものがあります。

 

この時計を見たとき実に色々な感情が沸き起こりましたが、そのとき単に「この時計が欲しい!」と思うよりは「この時計のように、美しいモノを自分もつくってみたい」という気持ちが強かったです。

 

そう思った背景を後にさらに深掘りしてみると、やはりそこには自分が人生を通して常に心の奥底に抱えていた「モノをつくりたい」という欲求がありました。

 

一気に語ろうとすると量が多いため、今回は、幼少期に目覚めたモノづくりの欲求・原体験についてお話しします。

 

 

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私は小さいころからモノをつくるのが好きでした。モノづくりといっても色々、たとえば裁縫や編み物、イラストなどもモノづくりと言えますが、なかでも私が好きで得意だったのは「物理的にかたいもの」かつ「緻密なモノ」です。

 

たとえばプラモデル。私の初めてのプラモデル体験は幼稚園児のとき、父と一緒に車の模型をつくったことでした。小さい頃は、父が車好きだったのもあり、私も車が大好きで、車のおもちゃを握りしめていないと寝られない子供だったのです。幼少時代の記憶は、たいてい大人になったらほとんど忘れてしまうものですが、このときのタミヤの接着剤の匂い、父とピンセットで水転写デカールを貼ったこと、なかなかうまく貼れなくてデカールを水につけ直したりしていたら破けたこと、などの思い出は、今でも鮮明に浮かんできます。

 

おそらくそれが原体験となって、古き良き少年の遊び「模型」に目覚めました。小学校時代からは、ガンプラ(ガンダムのプラモデル)や戦車などのキットを買ってもらっては、よく作っていました。中学に入ると、「模型部」という天国のようなクラブがあったので、そこに入部して存分に工作しました。形だけですが、最後には部長にもなりました(笑)

 

模型の面白さは、たとえキットが既製品だとしても、自分の発想次第、捉え方次第で様々な創作・工作が可能な点にあります。それは工作に幅を持たせられるというだけでなく、背景設定においても同様です。たとえば戦車の場合、現実に存在する兵器ですから、当然使われた戦争や時代、軍事上の運用方法、開発の系譜といったことは明確に決まってきます。想像上のロボットなどに比べて、色であったり、装備であったりをプラモデルを作る人が勝手に決められる余地が少ないとも捉えられます。しかし、「この戦車で進軍していた兵士たちは、周りでどんな会話をしただろう?」などという質問からスタートすると、色々と想像や次なる質問が膨らんできます。会話というのは状況や文脈で決まりますから、その戦車の置かれたコンテクストをイメージしてみるわけです。

 

ここに創作の余地が生まれます。「では、どの時期のどの戦線にいたのだろう?」「兵士はどんな人が多かったのだろう?出身は?病気の家族を残してきたりしただろうか」「たばこは何を吸っているのか?」「この戦車とともにどこへ向かうつもりなのだろう?」といった具合です。大きな部隊と一緒に行動しているのか、それとも行動中に孤立してしまっているのか、といった事情でも会話は変わってきます。こうしたコンテクストをあれこれ考えていると、今自分が作ろうとしている戦車モデルをどう塗装するか、どんなジオラマの上にのせるか、ということが決まります。錆びの具合であったり、被弾痕であったりということも決まってきます。

 

マニアックな話をしてしまいましたが、要するに、このプロセスがたまらなく楽しかったのです。制約の中で自由に発想する。それを手で実装する。もちろん当時小学生や中学生ですから、実際には上記ほど緻密な想定も、それを完全に形にすることもできていません。でも、たまに上手くいく。理想を思い描いて、こうすればできるのでは、と考えて、必要な材料を秋葉原の模型屋さんにいって揃えて、ワクワクしながら帰ってきて、やってみる。完成形をイメージしながらチマチマ作業を進めていく。既成キットに入っていない武器やパーツは、プラ板(白い板状のプラスチック。これを工作すると腕次第で何でも作れます)で一からつくる。そして完成したら、達成感の余韻に浸りながら、まるで煩悩パパのように写真を撮る・・・

 

こうした総体としての過程に魅力を感じていました。

 

話が飛ぶようですが、これって時計でも同じだと私は思うのです。時計には人類史始まって以来の歴史があり、数々の人が発明に貢献し、それを見て人類は思い思いの時間を過ごしてきました。また、数々の試行錯誤によって、さまざまな様式が生まれました。たぶん、それをやってきた人たちの感じていたことと、私が感じてきたことは同じだと思うのです。

 

時計は、使うユーザーも様々です。ヨーロッパでは中世以来、時計を宗教的世界観の体現として使ってみたり、礼拝の時間を知らせてみたり(なお私が行こうとしているジュネーヴは、キリスト教カルヴァン派プロテスタントの祖と言われるジャン・カルヴァンのお膝元です。フランスで迫害を受けてスイスに逃れてきたプロテスタントの時計職人たちと、現地の貴金属職人が交流することで、スイスにおける高級時計産業の基礎になったと言われます)。

 

現代でも、我々の社会には時計が溢れています。腕時計から時計塔、テレビの左上、コンピュータなどありとあらゆる場所に時計はあります。そしてそこには無数の文脈が生まれている。時間がない!と焦ってみたり、まだかまだかと何かを待ったり、ゆっくりお酒でも飲みながら過去や未来に思いを馳せたり、実に多様な世界、コンテクストに溢れています。

 

これらに思いを馳せながら、必要な機能を絞り込み、デザインを考え、設計し、部品をつくり、実装するということに、私は非常に魅力を感じるのです。これが私が時計をつくりたい大きな理由のひとつです。

 

 

そして「時計」というテーマにはたどり着けないながらも、「できればそういうプロセスを必要とする仕事をしたいな」と漠然と考えてきたのが、中学・高校時代でした。

 

すると当然、大学の進学先は理工系、デザイン系か?と思われるかと思います。しかし現実は「こうがくぶ」ではなく「法学部(ほうがくぶ)」に進んだのです。いったいなぜか?どんな葛藤があったのか?

 

これに関しては次回の新着更新でお話ししたいと思います。

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今回の話をまとめますと、以下のようになります。

 

・私が時計をつくりたいと思ったのは、幼少期からのモノづくりの欲求があったから

・工作を通して、コンテクストや使う人に思いを馳せつつ、理想を描いて、手先を動かしながらチマチマと近づいていくことが楽しいという気質が培われた

・そして、ジュルヌさんの時計を見たことをきっかけに「時計」というテーマにたどり着いた

 

 

気づけば随分長文になってしまいました。恐縮です。しかし、なぜ「時計」なのか、という理由の一端をお伝えすることはできたかと思います。もちろん理由はこれだけではないので、それは今後更新していきたいと思います。

 

お読みいただきありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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