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今回の新着情報は、「日本一の芋煮特別委員会」平成30年度 会長予定者・庄司信彦さんから熱いメッセージです。

 

 

「日本一の芋煮特別委員会」平成30年度 会長予定者・庄司信彦

 

こんにちは、平成29年度「日本一の芋煮会」特別委員会担当副会長、そして、平成30年の山形商工会議所青年部29代目会長(予定)を務める、庄司信彦です。

 

私の実家は、153年続く老舗「そば処庄司屋」という蕎麦屋を営んでおりまして、私は5代目として、現在家業に就いております。山形に生まれ、北海道の大学に進学するまでは、ずっと山形市で暮らしてきました。中学の頃から「アメリカで暮らしてみたい」という夢があり、2つ目の修業先である『本むら庵』のニューヨーク店で、蕎麦を打ちながら、多くの事を経験し、様々な事を学びながら、その夢を叶える事が出来ました。4年間のニューヨーク生活ののちに、帰国してからは、ここ山形市で「そば処庄司屋」を経営しています。

 

老舗「そば処庄司屋」の前で

 

2011年東日本大震災直後の「日本一の芋煮会」開催

 

「日本一の芋煮会」の運営には、使命感から関わったというよりは、正直、商工会議所青年部に入ったばかりで…、右も左もわからないまま、参加したという感じでした。

 

その年は、春に「東日本大震災」が起きたんです直後は世の中の全てが一度ストップし、暗いムードが漂いましたが、大震災の起きたこの年も「日本一の芋煮会」は開催したんです

 

世の中が完全に自粛ムードの中で、賛成派反対派…というよりそもそも、フェスティバルみたいなお祭りごとを「やっちゃいかんだろ」という雰囲気がありましたが、徐々に、自粛ムードだけでは、経済の復興も足踏みになるような、動きも出始めたので、私たち商工会議所青年部の指針、綱領に基づき開催する事が決定しました。

 

「豊かな郷土を築くために 創意と工夫 勇気と情熱を傾けよう」

「文化を伝承しつつ 新しい文化の創造に向かって歩を進めよう」

「行動こそ時代を先駆けるべき青年の責務と信じ 力を合わせ 国の礎となろう」

 

この全国の商工会議所青年部共通の指針が私たちを勇気付けてくれたのです。

 

実際には、「やってくれてありがとう」、「芋煮、食べられてよかった」という声もあって、その年の「日本一の芋煮会」も、違和感なく無事に終えることができたんです。

 

芋煮をつくる庄司さん

 

社長輩出率が日本一多く、老舗企業数も全国一の山形。「継続は力なり」のイメージが湧く、山形の気風。「日本一の芋煮会」も、自ずと100年以上続くようなイベントになるのか

 

「そば処庄司屋」に関しては、『昔ながらの職人の仕事をバカ正直に続けている』というのが、長年続けて来られた理由だと思います、「庄司屋」ではずっと同じ味が引き継がれている。時代に合わせた工夫や変化はありますが、江戸時代から変わっていないんです。

 

「日本一の芋煮会」も、「続けていくこと」というのは本当に大切だと思っていますが、「続いていることが当然」とは一切考えていません。むしろ、「何か一個でも間違ったことがあれば、簡単に終わってしまう」というプレッシャーの方が強いですね。そんな中、このイベントは100人くらいのメンバーで運営していますが、異業種が集まるそれぞれのプロフェッショナリティを生かして、お互いに最大限の力を出し合って、この大きなイベントが成し遂げられているんです。

 

地元の意見を尊重しながら、金銭的にも最小限のコストでできる限り運営していく。”売り上げを出す”ことが目標じゃない中で、我ながら「よく一致団結してやっているな」と、そこが面白くもあり、このイベントを続けていく中での誇りの部分だと思っています。

 

「第26回 日本一の芋煮会」のときの様子

 

「三代目鍋太郎」を作ると腹を決めるまで

 

来年で「日本一の芋煮会」は30回目を迎えます。その年に、「三代目鍋太郎」を作ろうとみんなで腹を決めるまでには、時間がかかりました。一昨年に、「二代目鍋太郎」の内部に小さなひびが見つかり、検討委員会が立ち上がりました。「三代目を本当に作る必要があるのか」、「なぜ作らなければいけないのか」という理由を、できる限り全員に賛同してもらえるよう、一つ一つ整理していきました。

 

「二代目鍋太郎」製作のときには、アナログな時代だったので、資料がほとんど残っていません。あんなに大きな鉄製鍋の作り方なんて分からないんです。そんなところから、鍋業者さんに来てもらって図面を落としてもらって…、月に1回のプロジェクト会議では、厳しい意見がいくつも出ましたが、いま、こうして順調にスタートし、ホッとしています。

 

 

プロジェクトが成功した暁には、「三代目は自分たちが作ったんだぞ」って、そんなふうに後世に自慢して守り継がれていくイベントになってほしい

 

この芋煮会というのは、山形の秋の風物詩。春のお花見のような感じで、秋の河原にいくとスペースがないくらいに、みんなが芋煮をしています。

 

「日本一の芋煮会」は、その”お知らせ”のような役目を果たしていると思っています。このイベントが開催されて、「ああ、今年も芋煮の季節がやってきたなぁ」と、みんなが思ってくれている。真の意味で、山形市民が愛してくれているイベントになっていると感じています。

 

このイベントが担っている役割は本当に大きいと思います。「イベントを成功させたいから」という単純な理由ではなく、「山形の食文化」、延いて言えば、「山形らしい独特の文化」に、少なからず関わる代表的なイベントとして、「日本一の芋煮会」が、市民の人たちに認められていていることを理解しているので、しっかりと続けたいと強く思っています。

 

そういった覚悟でやっているということを、後世にも伝えていきたいですね。「三代目鍋太郎」製作プロジェクトを立ち上げるということは、これからも「日本一の芋煮会」を、責任を持ってしっかりと実施していく、という宣言でもあります。自分たちの子供、孫、その次の世代まで、繋いでいくために。

 

このプロジェクトが成功した暁には、「三代目鍋太郎は自分たちが作ったんだぞ」と、来年の「第30回 日本一の芋煮会」以降には、そんなふうにみんなが自慢して、守り継がれていく伝統文化になればと、願っています。

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