プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

12年前、26歳の若さで急逝した作曲家・本田祐也。彼が生んだ作品は、多くのアーティストに強烈な印象を残しました。NHK朝ドラ『あまちゃん』のOP曲にも影響を与えたような、才能ある楽譜が未だに多く眠ったまま。時間という暴力によって失われてしまう前に、デジタルデータで楽譜の保存を行い、未来の音楽家たちにつなぐプロジェクト。


▼「人間の疾走感」を表現するプログラミングコードのような複雑な音符の羅列。心に刺さる本田祐也の音楽。

 

 

 

作曲家・本田祐也についての鮮烈な記憶と、静かな「楽譜」

 

 類い稀な才能で期待を集めるも、26歳の若さで急逝した作曲家にして希代のパフォーマー・本田祐也。短いその一生のうちにありったけのメロディーと物語を繰り出して疾走した本田は、まわりにいた音楽家や表現者、そして観客に強烈な印象を残して、12年前のある日、突然この世を去りました。

 

26歳の若さで急逝した作曲家・本田祐也 (2001年撮影 写真:小沼慶太郎)

 

 彼はその作曲家人生26年のうち、実に100曲以上もの楽曲を生み出し、それが今ここ、わたしたちの手元に「楽譜」として遺っています。

 

2002〜2004年頃に本田祐也が遺した楽譜など(CD「ニシヘヒガシヘ」ライナーノーツより)

 

 彼は一言で言えば、音楽のためにあらゆる感覚を研ぎ澄まして生きた、エキセントリックな青年でした。音楽一家に育ちながらもストリートに憧れ、深夜の体育館で友達とバスケットボールをしながらピアノを弾き、マイケル・ジョーダンも塚本晋也のTETSUOや松本大洋もラーメンも新宿思い出横丁もビリヤードも大好きで、とにかく歩いて地球のどこまでも行けると信じていて、東京の街にあらゆるファンタジーを見出し、それらを吸収し、作品をつぎつぎと繰り出していました。

 

 寝る時間も惜しんで表現に全身全霊を集中させるその姿勢は、誰よりも濃密な時間を駆け抜けているようでもあり、自らその一生に終止符を打つ日まで、その人生はまるで、彼の好んだ日本の夏の花火みたいでした。

 

写真:小沼慶太郎

 

 

2004年6月20日、突然の死

 

 はじめまして。わたしは金森香といいます。本田祐也とは、昔ちんどん屋を一緒にやったり、彼が始めたバンド「チャンチキトルネエド」を制作的に手伝ったり、七転び八起きを共にした者のひとりです。

 

金森香

 

 2004年6月20日、突然の彼の死は、わたしを含め当時周りにいた皆にとって、とても大きいショックでした。深い哀しみに皆途方にくれつつも、それぞれが彼のやりのこしていったことを片付ける日々が続きました。

 

 私は、皆の手元にあったMDやカセットテープの音源をまとめ、共通の親友・阿部海太郎とCD「ニシへヒガシへ」をリリースしました。一方、演奏家の仲間たちは、サックス奏者の鈴木広志を中心に、バンド「チャンチキトルネエド」として、のこされた本番をとにかく続け、その後実2013年にその活動を休止させるまで、本田祐也の音楽を聴衆に届け続けました。

 

世に出ないまま未完に終わった作品が数多くある / 作曲風景 大阪grafにて 写真:小沼慶太郎

 

 

「本田祐也の作品整理室」のはじまりと楽譜の保存

 

 暫くの間、本田作品に関して未だすべきことがあるとわかっていながら、具体的な行動ができない日々が続きます。それが昨年の夏、ドイツに渡り現代音楽の打楽器奏者として活躍していた渡邉理恵との再会をきっかけに、「本田祐也の作品整理室」の活動が始まりました。

 

 彼女もまた昔、学生時代から本田作品に演奏家として携わっていた一人でした。2014年の彼女の企画により、彼の作品を「トラベルムジカ」と題し、ドイツ人音楽家たちと共にケルン市で演奏したことを皮切りに、現代音楽の分野で、改めて彼の音楽が評価を得ていることを知りました。同時に、彼女が地道に本田の楽譜を全てスキャンしてpdf化していたことを知ったのです。

 

「チェリオ」初期版スコアより抜粋(作曲:本田祐也)

 

 渡邉理恵は言います。「演奏者も聴衆も、本田祐也をまったく知らなくても、楽譜を通じて生まれる一体感を感じ、その作曲家の力に改めて感銘を受ける。同時に、自分も読んだはずだった楽譜が、まだ知らない可能性を秘めていることを、改めて実感しました。こういった経験は、これまでも様々な作曲家から、当たり前のように享受してきたものです。彼の作品を通して、自分がその機会を作る一端をわずかでも担えることは、大きな喜びでした。それを可能にしたのも、本田祐也が作品を楽譜で記していたおかげだと思っています。楽譜があれば100年後の人も作曲家と直接に出会うことができるのです」

 

打楽器奏者・渡邉理恵

 

 「楽譜」は、人の一生の長さ、時代を越え、国境も超えて、わたしたちが作曲家と直接に対話ができる、タイムカプセルにいれた手紙のようなものではないでしょうか。彼の手書きの譜面は、ときに銅版画作品のように美しくもありながら、勢いある筆致のうちに、確かな情報をぎゅっと詰め込んで、いまだ活き活きとしています。

 

 これらのpdf化した楽譜データが、今・そしていつか、出逢うべき人と出逢えるようにしたい、そして、いつかわたしたちがいなくなった後も、この楽譜が誰かの手に届くようであってほしい、という願いから、この活動は始まりました。

 

 

本田祐也の創作を支え、影響を与え合った多くの表現者たち

 

 

 

「チャンチキトルネエド」そして、大友良英

 

 本田祐也が、東京芸術大学在学中に出会った学友を中心に結成された「チャンチキトルネエド」(主なメンバー:鈴木広志・江川良子・東涼太/saxophone、大口俊輔/keyboard、佐藤秀徳/trumpet、井上梨江/clarinet、斎藤寛/flute、今込治/trombone、木村仁哉/tuba、相川瞳・上原なな江・小林武文/percussion)。彼らは、本田祐也と苦楽を共にし、彼の死後も残った現場をすべて引き受け、長きに渡りのこされた作品の演奏を続けてきました。

 

チャンチキトルネエド 活動開始当時(東京芸術大学在学時代)

 

 メンバーの殆どは、現在、大友良英氏が新たに編成した「大友良英スペシャルビッグバンド」の一員としても新しい活動をしています。どこか日本人に親しみある音色と、ちんどん屋やクレズマーのように、街を背景に自在に歩きまわる奏法。持ち前の技を活かしながら、心に残る演奏を生み出し続けています。

 

 ”人間の疾走感”を表現するためのプログラミングコードのような複雑な音符の羅列。難易度も高く、演奏家に対して挑戦的な本田作品。そもそも彼の作品は、チャンチキトルネエドのメンバーような才能ある演奏者たちとの出会いなくしては、育ちえなかったでしょう。

 

 実際に演奏者らの名をタイトルに冠したような曲もいくつかのこされており、互いの切磋琢磨によって作品がうまれたことを想像させます。

 

大友良英、鈴木広志、大口俊輔

 

 先日、大友良英、鈴木広志、大口俊輔とこのプロジェクトについて意見をもらう機会がありました。鈴木氏は彼が本田からもらった手書きの譜面や、最後のメッセージのメモ、当時の記憶などを話してくれました。

 

「あいつ着てるもんとかもすごかったけど、曲も、もらうたびに、コレか!ていう衝撃があって。試験で演奏したら先生達固まってた(笑)。なんか、すごかった。演奏する場所も材木置場の上とか。」と、鈴木は昨日のことのように当時の思い出を鮮明に語り出しました。

 

 また鍵盤奏者の大口は、本田に大きな影響を受けたからこそ、そして最もよく理解しているからこそ、あえて今は距離を置きたいと言います。「祐也くんの曲に対して、自分はどうしても生前の解釈が染み付いてしまっている。これからは、まっさらな状態で、この楽譜に出会う人が現れて、いろんな解釈がうまれる現場を見たい」

 

 本田の死後、チャンチキトルネエドのメンバーを通じて本田祐也を知ったという大友は、「本田くん、いや本田さんは、すばらしいバンドをのこしてくれました。とっても感謝してます。『Chamber Orchestra in Ching Dong Stadium」も再演したほうがいいと思うし、他にもすばらしい曲が沢山あるんじゃないかな。こうやって『楽譜」という形で作品をのこしているからには、興味を持った人たちがどんどん再演してもいいんじゃないかって思います。」

 

 

阿部海太郎

 

 いまや、蜷川幸雄やインパル・ビントら演出家のために、劇伴の音楽の数々を提供するようになった新進作曲家の阿部海太郎。彼もかつて本田の優秀な参謀あり、親友の一人でした。無声映画に音楽をつけた「港の日本娘(清水宏監督)」をはじめとした、所謂、音楽のみではない表現手段に越境していくような作品制作においては、とくに彼の存在が欠かせませんでした。

 

 大作としての遺作となった「Chamber Orchestra in Ching Dong Stadium」。舞台上のオーケストラと、客席から立ち上がるもう一つのオーケストラが重なりあい、舞台上の指揮者と、客席の指揮者とダブルコンダクターが現れるという演劇的な要素を含んだ意欲作でした。本田と阿部が二人して、まさに決死の覚悟という様相で立ち向かい、作品に対峙している後姿が、今も目に焼き付いています。

 

「音楽的な制度とか社会的な常識とか、明らかに分が悪いような闘いに、限界まで立ち向かっていった姿を、思い出さない日はありません。やっぱり僕はいまだに尊敬しているし、いま自分が作曲する立場となって、あの姿をみたからふんばれる。出来事はのこせないけれど、楽譜はのこる。この筆跡からも、彼の姿勢は強くつたわってきます。」

 

阿部海太郎

 

 

シアタープロダクツ・小沼慶太郎・平山佳子・冨永昌敬ら

 

 その他、多様なジャンルとの往来は例をあげればきりがなく、江戸小唄演奏家として活躍するの千紫巳恵佳(平山佳子)との歌詞とうたものシリーズでは、小唄や三味線のサウンドをベースにした美しい小品が多くのこされています。

 

 また、私が設立より役員をつとめているファッションブランド「シアタープロダクツ」では、ブランドの黎明期、本田がファッションショーのために書いた「バロック式庭園組曲」という傑作が誕生しました。デザイナーの武内昭は「数少ない仲間とよべる人間だったし、まだまだ作って欲しい作品はいっぱいあった。彼の作品が楽譜として遺されているということは、シアタープロダクツにとってもとても大事なことだ。」と語ります。

 

 そのほか映像作家(冨永昌敬、嘉悦基光、ほか)写真家(小沼慶太郎、関口美意、春木麻衣子、ほか)や美術家(施井泰平、せきねちか、ほか多数)らの友人も多く、彼らとは共同制作をしたり、朝まで熱く芸術談義することもしばしばだったといいます。

 

本田没後にトリビュートしたメンズコレクション。シアタープロダクツ2006SS「本田祐也と万国旗」

 

 時を経て今年は、渡邉理恵が開始した「トラベルムジカ」企画の一環で、ドイツ人音楽家ジモン・ルンメルが来日することになりました。彼は今回の日本滞在でリサーチを重ね、本田祐也と日本へのオマージュとしての新作楽曲を制作予定です。(ドイツで2017年に世界初演予定)楽譜やアーカイブがあればこそ、このような奇跡的な出会いはこれからも未来に開かれて続いていくのです。

 

 

楽譜が遺せるもの・楽譜ではのこせないもの

 

 私はこうして、彼の楽譜や音源を皆が各々整理してきたことを思い返しつつ、関係者と少しずつコンタクトを取り始めました。すると、10人に会えば10通りの思いがあり、それぞれ彼との大切な結びつきを胸にぎゅっとしまいこみ、その関係性を抱きながら現在を生きているのだ、ということ、本田祐也の実験精神や言葉の記憶というものが、それぞれの心に未だ鮮烈に宿っており、いきいきと信頼関係を育て続けていることを、今一度確認したのです。

 

 そして「楽譜」だけではなく、言葉や、魅力的なドローイングや詩的なフレーズも数々のこしており、その妥協のない生き様こそが、音楽家にかぎらず多くの表現者や仲間にとって、忘れられないものだったことを改めて思い出しました。盟友であった写真家の小沼慶太郎は言いました。「ホンダのおもしろさは、楽譜じゃ伝わらないよ。あれは、哲学ってうか、考え方がすごかった。何で伝わるかっていったら、、、、うーん。。。 パワポかな?!」(笑)

 

 

「楽譜」と「思い出」と未来につづくアーカイブ

 

 私は、「音楽・楽譜」というものと、固有の「思い出・記憶」、そして、本田という人物やその作品との出会いからうまれた「演奏・表現」を、それぞれどのように生きた「アーカイブ」にできるだろうか、と考え始めました。

 

 本田祐也は、生前「街からファンタジーをもらって、それを街に返す」と言い続けていましたが、わたしたちこそ、彼からもらったファンタジーとエネルギーを、いまいちど街に放って、土に還したい。

 

 そこでわたしは、先述の渡邉理恵をはじめ、阿部海太郎、本田とも交流があったメディアアーティストの施井泰平氏、プロデューサーの後藤工氏らとも連絡をとり、具体的な方法を相談しました。大きくは、楽譜を適切なかたちで保存すること、楽譜以外の作品についても閲覧できるようにすること、そして、現在進行形の生きたアーカイブを蓄積し得るようなプラットフォームをつくること、をすすめたいと考えています。

 

楽譜からスタートしてコミュニケーションがひろがっていくイメージ

 

 

【其の壱】「本田祐也の作品整理室」が継続的に運営される基盤づくり

作品のリストの整理・公開をし、サポーター会員をとおして資金を集めて運営資金とし、継続運営できるような基盤をつくり、楽譜利用受付対応を始める。

 

【其の弐】「楽譜」を、次世代へ渡せるようなアーカイブのカタチにする

デジタルデータで楽譜の保存を行い、より安定して継続性のある保管・管理方法(浄書譜の制作やアートブックとしての出版など)を探る。

 

【其の参】過去の映像記録をまとめ、新しい演奏などの資料を収集する

過去の映像アーカイブを整理し、インタビュー、エピソードなどを収集。また、新しい演奏(ライブ)を記録し映像作品にまとめる。

 

【其の四】創作の連鎖をまとめるウェブサービスを制作する

彼をとりまくさまざまなアーティストによる、録音・映像・テキスト・画像などを紹介してインスピレーションの連鎖を可視化するようなウェブサービスの制作を行う。

 

 

最後に・お願い

 

 本田祐也くん、「都市生活者のための応援歌をつくるんだ」と、豪語していた本田くんの言葉を、わたしたちは覚えています。そんな君が全力で駆け抜けるようにして生きて、人類においていった落し物を、わたしたちは拾い上げ、いまいちど宇宙にはなってみたいと思っています。それがきっと、誰かを応援するかもしれないし。

 

 あなたは天才でしたか?道にたむろするやんちゃな青年でしたか?思い出は少しずつうすれていきますが、この「楽譜」たちは、微塵も色褪せることなく、むしろ、年月のうちになにかが削ぎ落とされて、輪郭がはっきりしてきたようにさえ思います。あなたが何者なのか問われるのは、もしかしたら、もっともっと、わたしたちさえ知り得ない、未来のことなのかもしれません。

 

 この活動は、現在有志のボランティアによってスタートしましたが、この活動をおしすすめ継続するには、皆様のご支援が不可欠です。彼の楽譜や各種音源を整理し、必要に応じて新たな録音をし、その演奏事例を総合的にアーカイブできるようなウェブサイトを作り、また、中長期的な目標として、一部楽譜の浄書・出版まで企画をもっていくために、どうか、このクラウドファンディングを通して、ご支援をいただけますよう、お願いします。

 

  死後12年という年月は、思いのほか長く、当時はfacebookもtwitterも一般的ではありませんでした。連絡先もわからなくなってしまった関係者も多く、できるだけ、SNSなどで拡散したり、噂をながす、などして、多くの人に伝わっていくように、拡散につきましても、どうかご協力をおねがい申し上げます。

 

「本田祐也の作品整理室」発起人のひとり 金森香

 

 

 

賛同人 

 

相川瞳( 打楽器奏者 )、阿部海太郎( 作曲家 )、井上梨江( クラリネット奏者 )
、石川紀子、伊藤愉( 研究者 )、大友良英( 音楽家 )、リューディガー・ウィルヘルム( オルガン奏者 )、マティアス・ウィルヘルム( 画家 )、上原なな江( 打楽器奏者 )、植原亮輔( アートディレクター ) 、江川良子( サクソフォン奏者 )、江川清二・京子、大口俊輔( 作曲家・鍵盤奏者 )、小沼慶太郎( 写真家 )、金森香( プロデューサー )、金森美弥子( プロデューサー )、金巻勲( 映像作家 )、木崎昌子、木村仁哉( チューバ奏者 )、小坂逸雄( 編集者 )、後藤工( クリエイティブコーディネーター )、小林武文( 打楽器奏者)、小峰 和子( 曼荼羅美術館館長 )、権頭真由( 音楽家 )、佐々木美穂子( ピアニスト )、齋藤寛( フルート奏者 )、佐藤秀徳( トランペット奏者 ) 施井泰平( 現代美術家 )、鈴木広志( サクソフォン奏者 )、染川英輔( 日本画家 )、孫家邦、武内昭( ファッションデザイナー )、高橋千佳子( 作曲家)、天宅正( デザイナー )、冨永昌敬( 映画監督 ) 、中島章隆( 毎日新聞記者 )、東涼太( サクソフォン奏者 )、エファ・ペーゲル( 制作・ドイチェムジークラート )、メルヴィン・ポーレ( チューバ奏者 )、本田文子・本田亮( 親族 )、水田拓郎 /dj sniff( 音楽家 )、水野祐( 弁護士 )、松浦寛美( 建築家 )、皆川厚一( ガムラン演奏家 )、三輪映子( 詩人・版画家 )、山崎真央(音楽ディレクター )、山本さくら( プロジェクトマネージャー )、ジモン・ルンメル( 作曲家・鍵盤奏者 )、ディルク・ロトブルスト( 打楽器奏者 )、渡邉理恵( 打楽器奏者 )、コデマリイ、山岸清之進( ディレクター )、佐野光司( 音楽学 学者 )、今込治( トロンボーン奏者 )、竹内吉夫( 出版・イベントプロデューサー ) 、角倉一郎・英子( 東京芸術大学名誉教授 夫妻 )

(2016年8月29日現在)

 

 

発起人 

 

 阿部海太郎 (作曲家)
「制度とか社会的な常識とか、あきらかに分が悪いって思う闘いに、限界まで立ち向かっていったことを、やっぱり僕はいまだに尊敬しているし、思い出さない日はない。いま自分が作曲するときに、あの姿をみたから立ち向かえる部分も大きい、出来事はのこせないけれど、楽譜はのこる。この筆跡からも、彼の姿勢は強くつたわってくる。」
1978年生まれ。幼い頃よりピアノ、ヴァイオリン、太鼓などの楽器に親しみ、独学で作曲を行うようになる。東京藝術大学と同大学院、パリ第八大学第三課程にて音楽学を専攻し、その頃から実験映画や舞台に作曲で参加するようになる。帰国後、シアタープロダクツのファッションショーや、D-BROSの映像作品、SOFINA
beauté の広告等の音楽制作を経て作曲活動の機会が広がり、近年は、舞台、映画、ドラマなどの音楽制作のほか、アーティストやアートディレクターなど他ジャンルのクリエイターの作品制作に音楽で携わることも多い。

 

 金森香(プロデューサー/「シアタープロダクツ」役員)

「街に還したいと言ってたその言葉どおりに、作品が循環するような日がくるよう願ってこの活動を始めます。忘れるのか記憶するのかは人間の問題であり、「作品」は人の思いや人間の寿命を越えて、そこに「在る」ようにしたいです。」

▶セントラル セント マーチンズ カレッジ オブ アート アンド デザインの批評芸術学科を卒業後、チンドン屋をして出版社リトルモアに勤務。2001年にデザイナーの武内昭氏、中西妙佳氏と『シアタープロダクツ』を設立、現在まで広報ほかコミュニケーションにまつわる企画やマネジメント業務を担当。2010年にはNPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』を設立。クリエイティブサマースクールや地域活性イベントや、レクチャーや勉強会の企画などもおこなう。

 

 後藤 工 (クリエイティブコーディネーター)
「本田祐也くんの残した数多くの楽曲を適切な形で残すことで、誰もが自由に知る場あり、様々な方々が独自の解釈で演奏し、まだ誰も見た事のない楽譜の未来に期待を込めて、本プロジェクトにチャレンジしていきたいと思います。」
▶東京都生まれ。桑沢デザイン研究所ドレスデザイン科卒業。グラフィックデザイン会社の「DRAFT」及びプロダクトブランド「D-BROS」に関わるプロデューサー、クリエイティブコーディネーターに従事。2015年よりフリーランスとして活動をはじめる。本田祐也とは中学校時代に同じ陸上部に所属。その後「チャンチキトルネエド」の立ち上げ時のイベントの企画をした。

 

 dj sniff /水田拓郎(音楽家)
「様々な人々を巻き込みながら時代を駆け抜けた稀代の作曲家、本田祐也の作品を幸運なことに僕はリアルタイムに直接触れることが出来ました。「本田祐也の作品整理室」が時代や世代をこえて同じように多くの人に彼の作品を届けてくれることを願っています。」
▶ターンテーブル奏者、DJ、キュレーター。オランダ、アムステルダムのSTEIM電子楽器スタジオで長年ArtisticDirectorを任され、100以上のコンサートプログラムやプロジェクトを企画/製作。演奏家としてはターンテーブルと独自の演奏ツールを組み合わせながら実験音楽/インプロビゼーション/電子音楽の分野で活動。現在は香港に拠点を移しアンサンブルズ・アジア/アジアン・ミュージック・ネットワーク・プロジェクトダイレクターと香港城市大學創意媒體學院で客員助教授を務める。

 

 水野祐 (弁護士)

「私は生前の本田祐也氏と面識はありませんが、クリエイターが遺した作品(今回のプロジェクトで言えば、楽譜や音源)をどのように保存するか、作品の豊かな継承をどのように実現していけるのか、には興味があります。創作の連環をどのようにつむいでいけるのか、楽しみにしています。」

▶弁護士。シティライツ法律事務所代表。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。慶應義塾大学SFC研究所所員。その他、FabLab Japan Networkなどにも所属。著作に『クリエイターのための渡世術』(ワークスコーポレーション)(共著)、『オープンデザイン 参加と共創からはじまるつくりかたの未来』(オライリー・ジャパン)(共同翻訳・執筆)、連載に『法のデザイン インターネット社会における契約、アーキテクチャの協働』(Business Law Journal)などがある。

 

 渡邉理恵(パーカッショニスト)

「演奏者も聴衆も、本田祐也の事をまったく知らなくても、楽譜を通じて生まれる一体感を感じ、その作曲家の力に改めて感銘を受けるのだということ、自分も読んだ事があるはずだった楽譜がまだまだ知らない可能性を秘めていること、ドイツでの演奏会の経験を通じて実感しました。
楽譜があれば100年後の人も作曲家と直接に出会うことができるのです。
それを可能にしたのも本田祐也が作品を楽譜で記していたおかげだと思っています。」
▶ドイツと日本を股にかけ活躍するパーカッショニスト。東京芸術大学入学と同時に「チャンチキトルネエド」を始め様々なプロジェクトで本田祐也作品を演奏。蜷川幸雄演出の舞台「NINAGAWAハムレット」を始め、演劇・ダンスパフォーマンスでの打楽器演奏を担当する。2005年渡独。現在はケルンを拠点にヨーロッパを中心に現代・即興音楽の分野で活動。同世代の作曲家、演奏家から絶大な信頼を持つ打楽器奏者の一人となる。近年では、H.ゲッベルス/H.パーチ、M.カーゲル等のミュージックシアター作品の出演や隠された名作・作曲家の紹介を目的とする演奏会の企画など、その活動の幅を広げている。本田祐也の曲を独自の視点で紹介する「トラベルムジカ」を立ち上げる。

 

 施井泰平(現代美術家)
本田祐也がこの世にいた10数年前に比べ、世界は大きく変わりました。例えば、いま音楽はすごいスピードでシェアされ、影響を及ぼし、新たな作品を誘発しています。作り手と受け手の関係はどんどんフラット化して行き、音楽の作り方も楽しみ方も随分と多様化しています。今彼がこの世に生きていたら、きっとこのダイナミズムを歓迎し、大いに楽しんでいたのではないか。そんな想像を巡らせながら今回のウェブ企画を設計しております。
▶現代美術家。スタートバーン株式会社代表取締役。2016年東京大学大学院修了。2001年、多摩美術大学絵画科卒業後「インターネットの時代のアート」をテーマに美術制作を開始し現在に至る。ギャラリー、美術館での展示と平行してオンライン・プロジェクトも行っている。2014年、大学院在学中に東京大学構内にて起業。2015年末には、テクノロジーでアートの課題を解決することをミッションに掲げたオンライン・プラットフォーム「startbahn」をローンチした。


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