手織りの西陣織を100年先へ残すために。機織り機を修理したい
- 支援総額
- 1,619,000円
- 終了日
261%
1958年12月に京都紫竹で生まれる。高度瀬長期で、西陣の織り屋は、目まぐるしい忙しさで、ガッチャンガッチャ機織りの音が朝早くから夜ふけまで、鳴りやむことのない環境で育った。高校から大学卒業まで、アメリカンフットボールに没頭し、先輩後輩上下関係、逃げ出したくなるような苦しい部活生活の毎日から、人生を学んだと感じている。
1981年、専修大学を卒業後、即、西陣の現機屋に入社。機織りの就業を経て、営業、デザイン、組織開発といそしみ、三代目として代表取締役社長となって20年となる。
家業ではあるが、機織りを勉強するうちに、組織へのこだわりやデザインの斬新さ、日本古来の配色や海外の配色の違いなど、深く興味を持ち、現在まで、天職と感じ機屋の経営に努力してきた。
時代の流れからの呉服離れと販売の負のイメージから、需要が減りる中、後世に貴重な機織り技術と作品を残すことを目標に日々研鑽している。