
戦争、いじめ、差別・・・を無くし、平和な世の中に。
「表現の不自由展かんさい」の会場側が利用承認を取り消した問題で、大阪地裁は、会場側の処分を執行停止とし、実行委員会に会場の使用を認めることを決定した。
表現の自由の侵害、暴力は権力の独裁化を生み、戦争にまで発展することを歴史は教えてくれる。
第二次世界大戦(1939~1945年)前、ドイツでも日本でも共産主義者から弾圧された。中国共産党は日本帝国主義と戦った。
しかし、今、中国共産党は香港、ウイグル等を弾圧している。まず、表現の自由の侵害から始まった。
権力の独裁を許さないために表現の自由は尊重されなければならない。

楽しみにしていたのに、またもや少女像に会うことをじゃまされてしまい、ショックです。都合で抗議行動に参加できない応援応援カンパします。

表現を守るために応援しました。

頑張ってください!

戦争、いじめ、差別・・・を無くし、平和な世の中に。
展示会3日目の7月8日、突然、名古屋市から施設利用停止を言われ、展示が中止となったとのこと。
やはり反対勢力は強いですね。
多くの市民から支持される河村名古屋市長や「Yes!」「高須クリニック」の高須克弥院長のように桁違いの大金持ち達を相手にするのは大変ですね。
愛知県の大村秀章知事のリコール(解職請求)運動を主導した運動事務局が約6千万円を支出していたのに対し、このCFは120万円集めるのも大変な状況で、50倍の資金力の差もありますね。
ただ、今回の展示中止はマスコミでも取り上げられたので、無関心層にも少しでも伝わればと願っています。
表現の自由の侵害、暴力は権力の独裁化を生み、戦争にまで発展することを歴史は教えてくれる。
1923年、関東大震災後、朝鮮人とともに無政府主義者大杉栄一家は虐殺された。
1933年、日本共産党員、小説家 小林多喜二は拷問死した。
1936年2月26日 二・二六事件
約1500人の在京部隊が、首相・蔵相官邸、警視庁はじめ、政府首脳や重臣の官・私邸、朝日新聞社などを襲撃。
岡田啓介首相と誤認された松尾伝蔵海軍大佐射殺。高橋是清蔵相、斎藤実内大臣、渡辺錠太郎教育総監を殺害。
1941年12月8日~45年9月2日 太平洋戦争
2,000万人以上の死者
日本人死者は、310万人(軍人・軍属230万人、民間人80万人)
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)

応援しています。
日本で、当たり前に、この平和の像が展示され、しっかりと過去に向き合い、心に刻むことのできる人が増えてゆくことを願います。

戦争、いじめ、差別・・・を無くし、平和な世の中に。
愛知県の大村秀章知事のリコール(解職請求)運動を主導した運動事務局は、約6千万円を支出していたとのことです。内訳はクラウドファンディング(CF)による収入が約3950万円、寄付も約870万円、また収入不足を補うため、政治団体代表の「高須クリニック」の高須克弥院長から1200万円を借り入れていたとのことです。
このCFは120万円集めるのも大変な状況ですね。
でも、お金で勝てなくても、一人一票の平等な選挙があるのでは!?
しかし、河井夫妻選挙違反事件など、票も、お金で買える時代ですね。
確か、河井夫妻選挙違反事件は広島県でしたね。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)

暴力や差別で日本を貶める者たちに負けず、何度でも再開を目指そう。
お疲れ様です。絶対に負けないでほしいです。ずっと応援してますので、

妨害に負けず頑張って下さい。

初日に鑑賞させていただきました。
先入観をもって見るのでなく、又聞きの情報で批判するのでもなく、直接みて、感じることが本当に大切だと思いました。
ありがとうございました。
作家さんの意図、自分の内面に問いかけてくるもの、社会の在り様など、いろんな事に思いを巡らしながら鑑賞しました。
とても意義ある展示だったことを思うと、これらの作品が「消されて」いく社会はとても恐ろしいと思います。
どんな状況でも芸術が自由に表現されるよう、応援しています!

いくつかのライングループ、個人に案内を流しました。
東京、大阪では妨害により、中止、延期になったと聞きました。名古屋でぜひ成功させてください。見にも行きます。

あいちトリエンナーレには関東から4度足を運びましたが、終ぞ公式に拝見すること叶いませんでした。 様々なプロセスを経ての再度開催、大変御目出度う御座います。

頑張ってください!
暗くなっていくこの頃、今が踏ん張り時です。絶対に負けずに頑張りましょう!

「『表現の不自由展・その後』をつなげる会」の取組みに敬意を表し、微力ながら繋がりの輪に加わりたいと思います。

この展覧会に出品されている作品はとても素晴らしいものがあります。それに難癖をつけられる方は何か強い偏見をお持ちなのだろうと思います。「少女像」、虚心坦懐にご覧になってください。

お疲れさまです。開催の成功を願っています!

頑張ってください!

頑張ってください!

頑張ってください!
頑張ってください!

本来は妨害などあってはならないことです。
展示の成功を祈ります。

頑張ってください!

愛知トリエンナーレで観ることを楽しみにしていましたが叶いませんでした。皆さんの粘り強い活動があっての今回の展示。心から成功を願っています!

戦争、いじめ、差別・・・を無くし、平和な世の中に。
選択的夫婦別姓を認めないことを合憲とするなど、日本は互いの価値観、個人を尊重しない国のようです。そんな全体主義的価値観が、また同じ過ちを起こさないかと不安になります。
「平和の少女像」をバージョンアップし、渋沢栄一のアンドロイド像のように声も発し、さらに涙を流すようにし、韓国の入国ゲートなどに置き、韓流ファンなどが訪れるたびに、日本語、英語、中国語などで「慰安婦をやめさせて!」「朝鮮の家に帰らせて!」「お母さん、助けて!」・・・などと泣き叫ぶ、ようにしてはとの声を聞きます。
また、韓国もベトナム戦争の時、ベトナム女性を慰安婦にしたとのことです。世界各地の「平和の少女像」の隣にベトナム版の「平和の少女像」を置いては!?との声も聞きます。
また国会議員にもなった元従軍慰安婦支援団体代表などが自分達の利権のために元従軍慰安婦の方々を食い物にしてきたことを聞きます。
様々な情報が飛び交う中、互いを尊重できる社会ができればと願います。

戦争、いじめ、差別・・・を無くし、平和な世の中に。
オランダ人女性も慰安婦にされました。しかし、時は過ぎ、知人の日本人女性はオランダ人と結婚され、子どもさんもヨーロッパ各地を転々とされているとのこと。日本人男性と結婚された韓国人女性。20年以上前にニュージーランドの長距離バスで出会った日本の女の子はワーキングホリデー先のキューイ農園で韓国人の女の子と親しくなったとのこと。
2001年1月26日、JR山手線の新大久保駅で、韓国人留学生、イ・スヒョン(李秀賢)さんは、ホームから転落した男性を助けようと線路に降り、入ってきた電車にはねられ、亡くなりました。
イさんの両親は、イさんが日本と韓国の懸け橋になりたいと留学していたことから、見舞い金などをもとに基金を設立し、18以上の国と地域から来日した998人以上の留学生に奨学金を渡していて、イさんの志が次の世代に引き継がれています。

戦争、いじめ、差別・・・を無くしたい。
慰安婦問題、日本対韓国の問題に矮小化させるべきではないだろう。
日本の帝国主義化、軍国主義化の流れの中でとらえなければ、歴史の教訓は導き出せない。
1923年、関東大震災後、朝鮮人とともに無政府主義者大杉栄一家は虐殺された。
1933年、日本共産党員、小説家 小林多喜二は拷問死した。
1941年12月8日~45年9月2日 太平洋戦争
2,000万人以上の死者
日本人死者は、310万人(軍人・軍属230万人、民間人80万人)
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった
(ドイツの牧師 マルティン・ニーメラー)

戦争、いじめ、差別・・・を無くしたい。
延期となった東京開催の「表現の不自由展・その後」
原因は街宣車などの抗議とのことだが、私も、そちら側にいたかも、と思った。小学生の時、朝鮮学校の生徒とのケンカの話をよく聞いた。電車の発車を遅らせるような行為や登校時、道いっぱいに広がり、車を通らせてくれなかったり、また皇室をお守りするという考えが、その回りの日本国民でない民族への差別思想につながったと思う。高校の時は某大学生による「朝鮮人狩」の話をしたらクラスメートの在日朝鮮人が机に顔を伏せたのを思い出す。
「Yes!」「高須クリニック」の高須克弥院長のように桁違いの大金持ちの著名人や多くの市民から支持される河村名古屋市長など・・・、互いを尊重し合える社会の構築は、楽ではなく、時間のかかるものだと思う。
イスラエルとパレスチナのように。

皆さんの創作活動こそ歴史に向き合い、多くの人に勇気を与えると私は確信しています。私は今、仕事がないので多くの寄付ができませんが「表現の不自由展」の成功に役立つことを希望します。

戦争、いじめ、差別・・・を無くしたい。
昨日、「表現の不自由展・その後」の東京開催延期のニュースを全国放送で知った。街宣車などの抗議が原因とのことだ。
同じ日、香港のリンゴ日報発行停止のニュースが流れた。
表現の自由の侵害は権力の独裁化を生み、人権侵害、戦争にまで発展することを歴史は教えてくれる。

戦争、いじめ、差別・・・を無くしたい。
30年以上前にニューヨークに行き、観光用の空母でイギリスの青年と親しくなった。しかし、迎えに来た彼の父親は、厳しい顔で私をにらみつけた。日本と戦い、捕虜にもなったようだ。
レストランで私が日本人とわかると老婦人が「パールハーバー」と言葉を投げかけた。すると他のテーブルから「ヒロシマ」、また別のテーブルから「ナガサキ」と言葉が飛び交った。
今、ミャンマー、日本国民の血税は、ODA(政府開発援助)となり、自由、民主主義、平和を叫ぶミャンマーの人々の弾圧に回っていると言われている。いつか、今の韓国のように日本を糾弾する声になるかもしれない。

貴会の皆さまの活動と献身に、心からの感謝をしております。私も、当市市長河村の、その公的立場を弁えない数々の不当な言動には、市民の一人としてまことに恥ずかしく腹立たしい思いをさせられています。先般のベルリンミッテ区への「市の名前を使った」不当な少女像撤去要求も看過できず、個人的に市当局と市長本人宛に抗議とその要求自体の撤回を求めましたが、今に至るまで返事もなくなしのつぶてです。市民の正当な意見に返答も出来ないのなら、最初から不当行為やるなよという話しですが、そのような人物が今だ市長を続けている事実は、市民として本当に恥ずかしい限りです。計画されている来月の展示会、あるいは卑劣な妨害等もあるかもしれませんが、ぜひ無事予定通り開催され、一人でも多くの方に観覧いただきたいとそう心から祈っています。私も出来たら行きたいです。皆さまの今後の活動のさらなる進展を祈りつつ。。
伊藤亮典さま
ご支援、ご声援ありがとうございます。
河村市長の暴言、行動は目に余るものがありますが
それでも再選するとは… 恥ずかしさと怒りを覚えます。
ぜひ、時間を作って遊びに来てください。
「わたしたちの『表現の不自由展・その後』」を一緒に
つくりましょう。

30年以上前、大韓航空でパリから戻って来た時だと思う。パリで韓国男性に日本語で助けていただいた。彼に「日本語は、どこで覚えたのか?」しつこく聞いた。しかし、返事は無かった。
日本が朝鮮を支配していた時に覚えさせられたのだろう。
「自分は人間だ。・・・天の下、人類はひとつの家族だ。」 (ブルース・リー)

「表現の不自由展・その後」に最高の注目をあびさせた大村秀章愛知県知事へのリコール偽造署名問題、リコール団体の代表「Yes!」「高須クリニック」の高須克弥院長は人権意識が高い。今日、世界的に批判をあびている中国のウイグル族弾圧についても、かなり前から批判の発信をしていたと思う。
河村名古屋市長も「南京大虐殺」など歴史問題を提議してきた。
日本は「アメリカと戦争」をしたことを知らない若者がいるなど歴史教育が弱い。
彼らのような問題提議は「歴史問題」を考える良い機会でもあると思う。

あいちトリエンナーレ2019内企画展「表現の不自由展・その後」
大村秀章愛知県知事へのリコール偽造署名問題、リコール団体の代表「Yes!」「高須クリニック」の高須克弥院長や「精一杯、リコール運動を応援させてもらった。」河村名古屋市長のおかげで、最高に注目をあびた。
「表現の自由」や「歴史問題」などを考える機会を与えていただき感謝します。




日本でいまだ継続する植民地主義に風穴を開ける重要な取り組みです。こうした機会ができたこと、嬉しく思っています。



