忘れられた歌　（残さなかった歌たち）

　　鎮静剤　忘れられたる女よりもっと哀れなのは忘れられた歌　　蝦名泰洋

 

『イーハトーブ喪失』には、こんな一首があります。マリー・ローランサンに「鎮静剤」という詩があり、「死んだ女より　もっと哀れなのは　忘れられた女です」と終わる。そのあとに、蝦名さんが続けるとこうなりました、という感じの。

 

蝦名さんは、どんどん歌を捨ててゆくのでした。こちらが心細くなるほど。それも捨てるの？　それ捨てないでほしい、と命乞いした歌も「ニューヨークの唇」にはいくつかあります。残してくれた歌はいいのですが、残してくれなかった歌は、もう本当に残りません。

蝦名さんが残さないと言ったので、残さないのが正しいかもしれないんだけれど。私が、好きなので、こっそりここに置いておきます。

以前に、ひとりの男の一生を描こうと試みて、破綻した一連があったようです。いくつかの歌は、ほかの作品の一部になりましたが。捨てられた最初のほうの歌たち。

 

　　あやす人にぼくの気持ちはとどかないおなかがすいているすいている

　　ぼくたちのあたまのうえをからすゆくママの個性をわらうことなく

 

この歌たち、見せてもらったとき、私は小学生の子の子育て中だったのですが、ちょっと救われた気持ちになりましたね。ママの個性をわらうことなく、の歌には。

 

　　犬がかけまわるぼくさえいなければ宇宙は正しい法則の中

 

こんな歌も、私好きなんですけど。

最後のほうの歌たち。

 

　　指先から弟を埋める砂粒が足りない果てしない砂漠でも

　　馬車は運ぶ死者と死の使者御者も死者獅子の模様の使者の死の私書　　

 

ほんとよ、砂粒が足りない、砂粒が足りないって、いま思っています。

 

 

　　

 

​​