プロジェクト報告書ほかの送信について
標記プロジェクトにご支援いただいた皆様
昨年4月から始まったプロジェクトは、
これからも私たちの研究活動が終わるわけではありませんので、
プロジェクトのページは、
なお、以下に報告書のテキスト部分と写真の一部を掲載しますが、Readyforとの契約上、当該システムを利用する必要があるとの指摘を受けたためです。従いまして、内容は先日お送りした報告書と同じです。
茂木
報告書
「海鷹丸」で探る!南極海で生まれ育つ "魚" の暮らしと地球の未来
茂木正人・立花愛子・長谷川真由美
(東京海洋大学)
私たちは今回のプロジェクトで二つのことをめざしました。ひとつは生まれて間もない魚類(仔魚)や頭足類の子ども(イカ類稚仔)の生活史を探る研究にDNA解析の技術を用いること、そしてこれらの研究成果に加えて、南極海の生態系について一般方々に伝えていくこと(アウトリーチ)です。
2023年4月1日から1年間に渡る活動の概要と成果をご報告いたします。
1.研究の概要
1)航海の概要
トライアル航海(千葉県東方沖) 2023年10月2-6日
茂木、立花の他、6名の学生が乗船しました。この航海の目的は、南極航海で使用する観測機材のテストと取扱いに慣れることが目的です。MOHT、VMPSおよびORIネット(いずれもプランクトン採集機器)について、組み立てから、実際の観測・採集を実施(これは2回行いました)、そして分解・片づけまで手順を確認しました。得られたサンプルから魚類・頭足類の稚仔をデッキ上で直ちに選別し、それに続いて、それらの体表からDNAを採取するという本番(南極航海)と同じ作業を体験し、手順を確認しました。トライアルとはいえDNAバーコーディングという技術によって、仔魚の正確な同定が行われており、これらのサンプル・データも貴重な情報を含んでいます。今後の研究で活かして行く予定です。
実は、2023年度は8月にも同様の航海を計画していましたが、悪天候のために乗船が叶いませんでした。そのため、この10月航海は本番直前の重要なトライアルとなりました。
南極航海 2024年1月11日-2月7日
1月10日フリマントル(西オーストラリア州)を出港してからホバート(タスマニア州)入港の2月7日まで、日誌の配信という形で航海中の様子を毎日ご報告させていただきました。この航海には、茂木、立花の他学生2名が乗船しました。学生2名は船酔いと闘いながら最後までがんばってくれました。いつものことではありますが、この航海も一部の期間は悪天候に悩まされたり、予定した観測点に多数の氷山があったりしたため、私たち生物チーム以外のチームでは計画した観測が十分にできないという事態に陥りました。しかし、偶然ではありますが、私たちのチームは、上述の困難な状況にはあまり影響を受けなかったことなどから、計画のほぼ100%をこなすことができました。南極海の観測は70~80%達成できれば良い方で、今回は目標を絞ったこともありますが実り多き航海となりました。
今回は、このクラウドファンディングの目的である、DNAによる仔魚の正確な同定にもとづく分類学的研究や、DNAメタバーコーディングによるハダカイワシ類やソコイワシ類、イカ類稚仔の食性(初期生活史)の解明を目的として、サンプル・データを収集してきました。現場での作業は10時間以上の連続作業となることもありましたが、およそ800個体の魚類・頭足類の稚仔を採集することに成功しました。
2)サンプルの処理・分析
DNAバーコーディングによる仔魚の同定
仔魚(ふ化直後の最初の発育段階)の同定にはシリーズ法が用いられることが一般的です。仔魚は親と形態が大きく異なることから、仔魚を1個体採集してきてもそれが何という種の子どもなのか分かりません。しかし、仔魚から次の発育段階の稚魚まで順番に、形態的に連続な複数個体(これをシリーズとよびます)が揃い、そして稚魚が同定(種名を特定すること)できさえすれば、そのシリーズがすべて同定されるという仕組みです。稚魚はまだ子どもですが親に近い形態をもった発育段階なので、種同定ができることが多いです。しかし、この方法も、仔魚から稚魚までシリーズがうまくできることが前提です。これまで研究者の努力によってさまざまな種の仔魚がこの方法によって同定されて来ましたが、ひんぱんに行くことのできない南極海では仔魚や稚魚を一定数集めることは困難です。そこで、私たちは仔魚やイカ稚仔の種同定にDNAバーコーディングを用いることにしました。その手順を以下に説明いたします。
ネットで採集されたプランクトンはまずバケツの中に集められます。総量はだいたい10~15リットルくらいになります。そこから料理用のお玉で小さいバットに少しずつすくい入れ、照明を当てながら仔魚やイカをピンセットで、1個体ずつ拾って300 mLの広口びんに集めていきます。この作業は、やや気温の高い亜南極海域では氷で冷やしてサンプルの劣化を防ぎながら行いますが、もちろん高緯度域に入り極寒になってからは、氷は不要です。この作業はだいた1時間以上かかりますが、デッキ上の比較的風が当たらない場所で行います。
次に、魚類やイカの入った広口びんは、デッキのひとつ下のフロアに設営されたインスタントラボに持ち込まれ、そこで1個体ずつDNAを採取したり、写真撮影したりします。ここは風が無いのでデッキよりは何倍もましですが、基本的には冷蔵庫内で作業しているのと同じです。このラボには顕微鏡が設置され、この顕微鏡をのぞきながらDNAを採取します。DNAの採取にはスワブとよばれる綿棒のような道具を用います。実は、これまで仔魚からDNAを採取するときは、筋肉を採取したり、丸ごとすりつぶしたりしていました。私たちは、この道具を使うことで、やわらかい脆弱な仔魚からDNAを採取しDNAバーコーディングに供することができることを確認しました。これにより、DNA採取後の仔魚は破壊されることなくそのまま固定・保存できるので、このあとの形態観察にも使用可能となりました。
仔魚あるいはイカ稚仔の、ミトコンドリアDNAのCOIとよばれる領域を増幅したのち、塩基配列をシーケンサーで読み取ります。この塩基配列を、すでに知られている各種の塩基配列のデータベースを検索して、完全に合致するか、ほぼ合致する(97%以上)種を探します。と書くと簡単なようですが、このデータベースに該当する種の塩基配列が登録されていなければこの方法は役に立ちません。世界中の研究者が日々協力し合って、このデータベースの充実に努めているからこそ可能な方法といえます。
DNAメタバーコーディングによる仔魚・イカ類稚仔の食性の研究
食性の研究は、これまで胃内容物を顕微鏡観察し、残っている餌生物の痕跡から形態分類したり、体の一部を化学分析(炭素や窒素の同位体比やアミノ酸などを分析することで餌の由来を推定)することで進展してきました。しかし、体の小さい仔魚や稚仔では、胃にほとんど何も残っていないか、モヤモヤした不定形の何かが観察できるだけで形態から餌生物を分類できなかったり、化学分析するには体長が小さすぎたりといった問題があり、ほとんど分かっていないのが現状でした。そこで私たちは、従来の顕微鏡観察に加えてDNAメタバーコーディングを用いることにしました。DNAメタバーコーディングとは、環境中のDNAを解析することで、そこに生息する生物の種類を同時に識別できる手法です。今回は、仔魚や稚仔の胃内容物から得られたDNAから餌生物を網羅的に調べます。以下に手順を説明します。
まずはネットで採集された仔魚やイカ稚仔を広口びんに集めます。その後、顕微鏡下で形態分類により分類し(食性の研究対象とした種はすでに仔魚・稚仔の形態による分類が可能)、それぞれ体長あるいは外套長を測定し、99%のエタノールで個別に固定し、冷凍庫で保存します。船上での作業はここまでです。
サンプルは研究室に持ち帰ったのち、1個体ずつシャーレに移し、顕微鏡下で解剖し消化管を 取り出します。消化管をミリQ水で洗浄したのちスライドグラスに移し、消化管を開き内容物を展開させます。仔魚・稚仔の体長は10 mm以下から20 mmと非常に小さく、そこから解剖するとなるととても細かい作業となります。もちろんここまでの作業は実体顕微鏡の下で行います。胃内容物は生物顕微鏡で観察し、形態分類できるものは記録します。その後、胃内容物はマイクロピペットを用いてマイクロチューブに回収しDNAを抽出します。DNAメタバーコーディングには、真核生物を網羅的に検出できる領域(rRNAの18S v9)を増幅させ次世代シークエンサーにより解析を行いました。真核生物全般なので1サンプルから植物から動物まで幅広い生物を同時に検出することが可能です。
- 研究成果
ハダカイワシ科魚類の仔魚の同定と記載
下の図は、2020年と2023年に採集されたハダカイワシ科仔魚のDNAの塩基配列とデータベース上の塩基配列を合わせて解析して得られた系統樹です。細かい文字で書かれた種名(学名)がデータベース上、大きい文字の方は本研究で分かった同定の結果です(文字の近くにある赤い小さい文字はその標本番号)。DNAメタバーコーディングによって同定されたハダカイワシ科仔魚は12種に上りました。この他にも、イカ類稚仔が複数種同定されました。同定された仔魚やイカ類稚仔は、順次形態観察し、論文として出版していきます。以下は、修士論文に用いた写真とスケッチです。解説に記した通り、新たに様々なことが分かりました。
仔魚・イカ類稚仔の食性の研究
仔魚が何を食べているか(食性といいます)、これは南極海かどうかに関わらずあまりよく分かっていません。その理由はいくつかありますが、顕微鏡観察では消化管内(胃)が空であることが多いからです。その理由は、餌が消化管を通る速度が速いためなどと説明されて来ましたがよく分かっていません。私たちは、数年前からDNAメタバーコーディングを用いて仔魚の食性を明らかにする試みをしてきました。その結果、胃にほとんど何も残っていないか、モヤモヤした不定形の何か(デトリタスといいます)が入っているだけの状態でも、この方法で食べたものが詳細に分かってきました。その一部を以下に紹介します。下の写真は、胃内容物の解析を行った仔魚2種(ナンキョクナメハダカNotolepis coatsorum とナンキョクソコイワシBathylagus antarcticus)とイカ稚仔1種(ナンキョクスカシイカGaliteuthis glacialis)の顕微鏡で観察された餌生物です。カイアシ類や植物プランクトンが観察される場合もありますが、多くはデトリタスでした。
次にDNAメタバーコーディング解析の結果を示します。この図はナンキョクスカシイカ103個体中の胃内容解析で検出された餌生物の出現頻度を示したグラフです。黒で示したバーは動物プランクトン、緑は植物プランクトンの各分類群を示しています。カイアシ類と珪藻は全ての稚仔から検出されました。また、その他にも出現頻度はそれぞれ異なりますが、様々な分類群が胃内容物として検出されています。
2種の仔魚についても、餌生物の出現頻度はそれぞれ異なりますが、様々な動植物プランクトンが胃内容物として検出されました。特に、植物プランクトンの珪藻はいずれの種においても出現頻度が高いこと、カイアシ類などの甲殻類だけでなく、サルパや尾虫類などの脊索動物やクラゲなどのゼラチン質プランクトンも比較的高頻度に検出されたことなど、顕微鏡観察では分からなかった餌生物の存在が明らかとなりつつあります。
2.アウトリーチ(ワークショップ)
研究を通して知り得たことを、できるだけ研究者以外の方々に知っていただくことは、科学が市民全体のものであるという考え方から、とても重要です。今回のプロジェクトではこの活動にも力を入れてきました。これをアウトリーチ活動とよんでいます。下に、アウトリーチ・プログラムの一例を示しました。これが1回分の流れで、1.5時間から2時間くらいのプログラムです。
プログラムの一例
- 南極、南極海の概要についてのお話
- 南極海の動物プランクトン・魚類の観察
- 氷山の氷の体験
- まとめのお話
1)では、地球儀、写真、動画などを使って、馴染みがあまり無い南極海の概要についてお話しします。2)では、本物のプランクトンを樹脂に埋め込んだサンプルを、顕微鏡やルーペで観察し、スケッチをします。用いるのは大学でも使っている顕微鏡ですが、小学生でもうまく使いこなします。3)は、氷山の成り立ちについての話をしながら、皆さんに氷山のかけらをさわってもらったり、融けるときに発する音を聞いてもらったりします。この氷山のかけらは、私たちが南極海から持ち帰ったものです。4)では、南極海や地球全体の生態系についてお話ししたり、質問に答えたりします。他にも、私たちが実際に見に着ける防寒着やヘルメットを試着してもらうこともあります。
ワークショップは様々な場所で行ってきましたが、大学の研究室でも行いました。大学では、合わせてマリンサイエンスミュージアムの見学も行いました(南極海で見られるペンギン類、鯨類、海鳥類などの展示があります)。
このプログラムが、南極海のみならず身近な自然や生態系について考えるきっかけとなることを目指しています。
ワークショップ・講演会の開催
7月22日:わくわく南極教室(台東区)、小学生30名
7月25日:鎌倉市たんぽぽ保育園、園児30名
7月28日:大田区梅田小学校、小学生20名と家族
7月31日:研究室訪問(ワークショップ、リターン)、1組4名
8月21日:鎌倉市(個人宅)、小学生4名と家族(計10名)
8月25日、26日:研究室訪問(ワークショップ、リターン)、5組15名
9月9日:オンライン講演会(リターン)、3組
3.研究発表
今回のクラウドファンディングに関連し、以下の研究発表を行いました。
研究論文(1本)
Tachibana, A., Y. Ohkubo, K. Matsuno, K. D. Takahashi, R. Makabe, and M. Moteki: Interannual and spatial variation in small zooplankton off Vincennes Bay, East Antarctica (2023). Polar Biol. 46: 915–932. https://doi.org/10.1007/s00300-023-03174-0.
2023年度修士論文(東京海洋大学 海洋資源環境学専攻、3本)
阿比留 旺司「南大洋インド洋セクターにおけるクレフトハダカKrefftichthys anderssoni(ハダカイワシ科)仔稚魚の形態発育と食性」
馬淵 瑛子「南大洋インド洋セクターで採集されたハダカイワシ科Gymnoscopelus braueri とElectrona paucirastra 仔魚の記載」
水谷 純「南大洋インド洋セクターにおける Galiteuthis glacialis 稚仔の食性」
2023年度卒業論文(東京海洋大学、1本)
原田 崇希「インド洋セクターVincennes湾沖におけるBathylagus antarcticus (ソコイワシ科) 仔稚魚の食性」
学会発表(国内学会、4本)
阿比留旺司,立花愛子,茂木正人: 南大洋インド洋セクターにおけるハダカイワシ科魚類 Krefftichthys anderssoni の形態発育日本魚類学会 2023 年度日本魚類学会年会,長崎大学文教キャンパス,2023年9月1~4日.
馬淵瑛子,青木 輪,立花愛子,茂木正人:DNAバーコーディングを用いた仔魚の同定と記載-南大洋のハダカイワシ科魚類について-. 日本魚類学会 2023年度日本魚類学会年会,長崎大学文教 キャンパス,2023年9月1~4日.
立花愛子,宇野 唯,若林敏江,茂木正人:南大洋におけるナンキョクスカシイカGaliteuthis glacialis の発育初期における食性変化.日本海洋学会 2023年度秋季大会, 京都大学吉田キャンパス, 2023年9月24~28日.
水谷 純,宇野 唯,立花愛子,若林敏江,茂木正人:南大洋インド洋セクターにおけるナンキョク スカシイカGaliteuthis glacialis 稚仔の分布と形態発育.日本海洋学会 2023年度秋季大会, 京都大 学吉田キャンパス, 2023年9月24~28日.
学会発表(国際学会、2本)
Mabuchi, A., Aoki, R., Tachibana, A., Moteki, M.: Identification of myctophid larvae in the Southern Ocean using DNA barcoding. The 14th Symposium on Polar Science. 14-17 November 2023, Tokyo, Japan.
Tachibana, A, Moteki, M.: DNA metabarcoding analysis of the early-stage diet of mesopelagic fishes and squids in the Southern Ocean. The 14th Symposium on Polar Science. 14-17 November 2023, Tokyo, Japan.
4.寄附金の使途
皆様から頂いたご寄付は、2023年度内に以下の通り全額を使用させていただきました。主な費目としては、南極航参加費用、学会発表経費、事務補佐員の雇用、ワークショップ関連(機材の輸送費)、無停電電源装置(海鷹丸での観測で使用)などです。
5.今後の展開
皆様からの支援にもとづくプロジェクトは一旦終了となりますが、観測の様子を伝える動画配信が遅れています。たいへん申し訳ありません。編集が終了した部分から順次配信してまいります。
また、このプロジェクトで得られたサンプルやデータの解析はこれから数年続きます。今年度は、これらの解析と、分かってきたことを論文として出版していくことを目指していきます。分かってきたことを科学論文として世に出していくことは、科学の進歩につなげる作業としてとても重要です。論文は国際誌とよばれる科学雑誌に英語で書いて投稿します。その原稿が一定のレベルに達していると判断されれば、こんどは査読とよばれる過程に回っていきます。査読では、複数の査読者によって科学的価値や、データの読み方に間違いが無いかなどについてていねいに審査され、改訂作業を経て受理されるか掲載不可という判断が出ることもあります。掲載不可の判断をされると心が折れそうになることもありますが、気を取り直して改訂し、他の雑誌に再度投稿します。このような過程はときに1年以上もかかることもあり、とても根気のいる作業です。
アウトリーチも引き続き行ってまいります。これまで関東を中心に行っていますが、地方でも行います。謝金も不要ですので、お気軽にお声がけください。また、研究室訪問も今後も受け付けますので、こちらもご相談ください。
2024年度いっぱいは、クラウドファンディングのサイトは開設したままとし、分かったことなどをお伝えしていきたいと思います。私たちはこれまでも南極海の生物や生態系について研究を長く続けてきましたが、研究者以外には私たちの研究が知られているとはいえませんでした。今回のプロジェクトで、私たちの活動や考えていることなどが皆様に少しでも伝わったことは、私たちにとって得難い経験でした。今後もこれを励みにしていきたいと思います。
本報告書に関するお問い合わせ先
電話: 03-5463-0527
Email: masato@kaiyodai.ac.jp
東京海洋大学 教授 茂木正人