プロジェクト概要

忘れてはいけないカンボジアの歴史を、日本のみんなに伝えたい。

 

はじめまして。秋山直宏と申します。


僕が世界のことに関心を持ち始めたのは、5年前にブラジルに留学したことがきっかけでした。裕福な人と非常に貧しい人が隣り合わせに住む日常に身を置いてみて、国や地域によって「いろんな普通」があることを痛感したことをよく覚えています。

 

そして昨年、アジアの貧困に関心を持ち調べていたところ、過去にカンボジアで起きた虐殺の歴史を知りました。僕は、自分自身の目で、耳で、肌でカンボジアに起きたことを知りたいと想い、実際にカンボジアを訪れてみました。

 

現地の方々から見聞きしたことは、平和な現代の日本で暮らす僕にはあまりに衝撃的な内容でした。多くの日本人にとって、40年前のカンボジアで起きたことなど、「貧しい東南アジアの国で起きた昔話」と感じてしまうかもしれません。でも僕は、このあまりに悲劇的な歴史を皆さまに知っていただきたいのです。

 

そこで、今回のプロジェクトでは、当時の状況を経験しているカンボジア人の友人Siv Pech (シウ)さんを日本に招き、講演会の開催と、参加者同士で世界の未来を考えるワークショップを開催したいと思います。

 

講演会の開催にあたり、シウさんのパスポートと日本入国のためのビザの発行、カンボジアから日本までの往復の航空券と滞在費を賄うために資金を必要としております。

 

どうか、皆さまからのあたたかいご支援・応援をよろしくお願いいたします。

 

A17c9aaa61e80a1bf71d0d850af4e5baa9800bbd
左:シウさん、右:秋山 今年2月、シウさんの自宅にて

 

 

「国民の4人に1人が虐殺」カンボジアの首都プノンペンで起きた悲劇

 

昨年私は、40年前にカンボジアのポル・ポト政権下で起こった、カンボジア人同士の虐殺の歴史を初めて知りました。

 

1970年代、カンボジアはベトナム戦争に巻き込まれ、ポル・ポト派(クメールルージュ)が政権を握りました。彼らは「文明が発達する以前の世界こそが最善である」という思想を掲げ、農業重視の極端な政策を打ち出しました。貨幣は廃止され、市民は農村部へ強制的に移動させられて農業に従事することになりました。

 

この後、首都プノンペンは、わずか3日間でゴーストタウンと化しました。

 

ポル・ポト政権は、文明が発達する以前の社会こそが最善であるという思想を持っていたため、彼らにとって、教師・医者・学生などの「知識人」は邪魔な存在でした。教育を受けた人々は政権に反対する可能性があると考えられたからです。これらの人々は、家族もろとも強制収容所に入れられ、拷問の末に無実の罪で処刑されていきました。

 

当時のカンボジアの人口は約800万人、虐殺による犠牲者は200~300万人にものぼると言われています。これは、国民の約4人に1人が殺されたことになります。わずか4年の間にです。

私は、この歴史を、実際にこの目で見て知る必要があると感じ、カンボジアを訪れることにしました。

 

現在は博物館となっているプノンペンのトゥール・スレン収容所の最後の収容者が安置された棺 

 

 

当時、シウさんは8歳の幼い子どもでした。

 

現在、シウさんは5人の子供を抱えながら、タクシードライバーとゲストハウスのホストで生計を立てております。また、夕方以降は自宅を開放し、経済的に大変苦しいにもかかわらず週5回無料で英語の授業を行っています。

 

カンボジアでの僕とシウさんとの出会いは偶然でした。

 

カンボジア滞在の目的であった、トゥール・スレン虐殺犯罪博物館を訪れた後、あまりに惨い光景に僕は気が滅入ってしまい、シェムリアップに移動しました。その時、僕が宿泊したゲストハウスのオーナーがシウさんだったのです。

 

トゥール・スレン収容所A棟 全部で4棟あるうちでこの棟の印象が一番強かったです 

 

ポル・ポト政権による虐殺が始まった頃、彼はまだわずか8歳でした。シェムリアップに両親や兄弟と一緒に暮らしていましたが、新たな政策により家族は引き離され、食糧生産のために農村部での強制労働を強いられました。

 

シウさんは、子どもたちだけの収容所で、ろくに食事も与えられず、毎日朝から晩まで働かされる日々が続きました。食糧庫にネズミが出れば10匹捕まえるまで眠ることを許されず、そのまま夜が明けて次の日の労働が始まってしまうこともありました。過酷な環境下で皆やせ細り、命を落とす人もいました。みんな、まだほんの子供です。無理もありません。

 

シウさんは、なんとか生き延びることができましたが、彼のお父さんは別の農村部で亡くなりました。彼は、お父さんの死因についてまでは話してくれませんでしたし、聞くこともできませんでした。


私は、この話を聞いたとき、あまりにショックで言葉が出ませんでした。そして、「今の自分は無力だけれども、カンボジアの未来に貢献できることはないのだろうか?」と考えるようになりました。


帰国後、僕はカンボジアで体験したことを友人、知人に可能な限り伝わるように話しました。しかし、残念ながら僕の口からカンボジアで起きたことを、日本の方々に話してもあまり伝わりませんでした。

 

ならば、シウさんを日本に連れてきて、彼の口から直接伝えられれば、きっと日本の方々の胸に響くはず。遠い国の出来事ではなく、自分事として目を向けてくれる人が出てくるかもしれない。そう考えたことが、このプロジェクトを立ち上げたきっかけです。

 

そして、これが私のカンボジア支援の第一歩となります。

 

シウさんと彼の生徒たち 100人近い子供たちが彼の自宅へ英語を学びに来ます


 

皆さまからのご支援で、みんなで「世界の未来」を語り合う場をご提供します

 

今回のプロジェクトでは、東京と私の地元・山形県庄内地方にシウさんをお招きし、講演会を開催します。皆さまからのご支援は、彼のカンボジアから山形県までの渡航費や滞在費として、大切に活用させていただきます。

 

この会では、シウさんの幼少期の壮絶な体験談をはじめ、子どもたちに無償で行っている英語授業のことや、カンボジアの生活環境についてお伝えします。講演会の後には、参加者同士で世界の未来について語り合う時間を設ける予定です。

 

【資金の内訳】計200,000円

・往復航空券(プノンペン~成田):¥65,000

・パスポート取得費用:¥15,000

・日本入国ビザ取得費用:¥40,000

・移動費(東京~山形県庄内):¥35,000

・日本滞在費:¥15,000

・雑費:¥30,000

 

庄内に住んでいる方はもちろん、年齢・性別関係なく、様々な方にご参加いただきたいです。日本とはもちろん、アメリカやヨーロッパとも違う文化に触れることができるため、多くの方にとって、とても有意義な時間となるはずです。

 

当時のカンボジアと比べれば、今の日本は途方もなく裕福です。私たちがいかにチャンスに恵まれ、豊かな生活ができているのかを実感し、社会のために自ら行動を起こしてくれることを願って、私はこのプロジェクトに取り組んでいます。


カンボジアで起きた悲劇が遠い異国の昔話ではなく、友人をさいなむ問題であることを理解し、ともに未来について考える時間となれば幸いです。

 

【開催概要】

講演会名:「ともに未来を考える会  --カンボジアと日本--」

開催日時:2018年9月14日~2018年9月16日

会場(予定):公益文化大学、まちづくりスタジオ 鶴岡Dada

主催:秋山 直宏

お問い合わせ:cambodia.friends.2018@gmail.com 

 

A17c9aaa61e80a1bf71d0d850af4e5baa9800bbd
シウさんの自宅3階の教室の様子。午後5時~8時まで3クラスに分かれて100人近い子どもたちが学んでいます


 

カンボジアと日本が、一緒に世界の未来を考えるきっかけに。

 

今回の講演会開催は、カンボジアと日本をつなぐプロジェクトの第一歩です。​

 

この会が終わった後には、カンボジアの子どもたちを日本に招待し、鶴岡市の子どもたちとの文化交流会を開催したり、鶴岡市の子どもたちにカンボジアに行って異文化体験ができるような企画を考えています。

 

異なる文化の中で過ごし、違った価値観を持つ人との交流をすることで、自分たちとは違う「普通」があることを体感してほしいと思っています。


庄内地方を含め、東北地方ではカンボジアについてほとんど知らない方が多いです。知らないことを、人は好きにも嫌いにもなれないと思います。だからこそ、カンボジアと日本の交流の機会を設け、お互いに理解を深めることができる活動を行っていきたいと思います。


皆さまからのあたたかいご支援・応援を、どうぞよろしくお願いいたします。

 

A17c9aaa61e80a1bf71d0d850af4e5baa9800bbd
シウさんの野外学校の授業の様子

 


最新の新着情報