「戦没学生のメッセージ」プロジェクト第2章終了報告
◆ご支援者の皆さまへ
7月29日(日)、戦没学生のメッセージⅡ「戦時下の音楽~教師と生徒」トークイン・コンサートが終了いたしました。22日(日)に開かれたシンポジウム共々、皆さまのご支援の賜物であり、このプロジェクトにご支援くださったすべての皆さまに、改めて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
◆トークイン・コンサート「戦時下の音楽~教師と生徒」
トークイン・コンサート「戦時下の音楽~教師と生徒」は、7月29日(日)午後1時から東京藝術大学奏楽堂で開催されました。「トークイン・コンサート」というのは、単に曲を演奏するだけでなくお話しを交えて進行するコンサートのことで、今回は慶應義塾大学法学部教授・片山杜秀氏をトーク・ゲストにお迎えしました。コンサートは2部構成で、前半が歌曲や独奏曲などの室内楽、後半でオーケストラ曲と合唱曲など全11曲が紹介されました。また今回の演奏会では、戦没学生の作品だけでなく、当時の東京音楽学校で作曲を教えていた4名の教師の作品も取り上げたことが大きな特色でした。以下、コンサートのご報告をいたします。
第1部 歌曲・ピアノ曲・室内楽
第1部では、葛原守(1922.10.22~1945.4.12)、鬼頭恭一(1922.6.10~1945.7.29)、村野弘二(1923.7.30~1945.8.21)の3名の戦没学生と、信時潔(1887.12.29~1965.8.1)、下總皖一(1898.3.31~1962.7.8)の2名の教師の作品が演奏されました。
M-1 葛原 守 歌曲《かなしひものよ》
Sop:金持亜実/Pf:松岡あさひ
M-2 鬼頭恭一 歌曲《雨》(清水史子詩)
Mez:永井和子/Pf:森 裕子
M-3 村野弘二 独唱曲《小兎のうた》(島崎藤村詩)
Mez:山下裕賀/Pf:松岡あさひ
M-4 信時 潔 歌曲《春秋競憐判歌》(額田王詞)
Ten:今尾 滋/Pf:森 裕子
M-5 下總皖一 《箏独奏のためのソナタ》
箏:田中奈央人
M-6 鬼頭恭一 《無題(アレグレット イ短調)》
Pf:田中翔平
M-7 葛原 守 《自由作曲(オーボエ独奏曲)》
Ob:河村玲於/Pf:松岡あさひ
M-8 村野弘二 オペラ《白狐》(岡倉天心台本)より第二幕〈こるはの独唱〉
Mez:永井和子/Pf:森 裕子
戦没学生の作品のうち、M-1、M-2、M-8は昨年の演奏会でも取り上げた曲の再演でした。演奏者はいずれも昨年と同じで、演奏を重ねるたびに表現が深まり、永井和子先生の〈こるはの独唱〉などまさに「自分の歌にしている」といった印象でした。《かなしひものよ》を歌った金持さんにしても、この曲をご自身のリサイタルでも取り上げるなど、戦没学生の作品が少しずつ広がりを見せていることはうれしいことです。

一方、M-3、M-6、M-7は「戦没学生のメッセージ」プロジェクトでは、今回が初めての演奏で、特に村野さんの《小兎のうた》は彼が東京音楽学校に入学する以前の作品で、初々しい魅力に溢れた小品でした。また、教員の作品も滅多に聴く機会のない作品が並びました。信時潔の《春秋競憐判歌》は、昭和19年にラジオで放送されて以来、演奏された記録がなく、下總皖一が箏曲演奏家・中能島欣一のために作曲した《箏独奏のためのソナタ》も、洋楽系の作曲家が邦楽器のために作曲した曲としては極めて初期のものの一つで、貴重な演奏機会となりました。


片山氏のお話しは、明快かつ軽妙な語り口で「学徒出陣」から戦時下の東京音楽学校での音楽教育の話題まで多岐にわたり、曲を聴くにあたっての理解をより深めるものになりました。
第2部 オーケストラ曲・合唱曲
休憩をはさんで第2部では、オーケストラとコーラスが登場し、教師の作品2曲と戦没学生の作品1曲の計3曲が演奏されました。指揮は作曲科の小鍛冶邦隆先生、オーケストラとコーラスは藝大の学生・卒業生によって特別に編成されました。
M-9 橋本國彦 歌曲《をみなら起ちぬ》(深尾須磨子詩)
Mez:山下裕賀/Cond:小鍛冶邦隆/藝大学生・卒業生有志オーケストラ
M-10 細川 碧 東京音楽学校謹撰《明治天皇御製》(明治天皇作歌)
Cond:小鍛冶邦隆/藝大学生・卒業生有志コーラス/Pf:松岡あさひ
M-11 草川 宏 交声曲《昭南島入城祝歌》(佐藤惣之助詩/高橋宏治補作・編曲)
Sop:金持亜実/Alt:山下裕賀/Tem:大平倍大/Bar:今尾 滋
Cond:小鍛冶邦隆/藝大学生・卒業生有志オーケストラ&コーラス

橋本國彦(1904.9.14~1949.5.6)の歌曲《をみなら起ちぬ》の「をみな」は女性のことで、銃後の女性たちを鼓舞するその激しい歌詞と、流麗な音楽にある種のギャップが見られる作品でした。橋本作品のリストにも含まれていないいわば「忘れられた作品」で、昨年11月の「アーカイブ推進コンサート1」でピアノ伴奏で演奏されたのに続き、今回、オーケストラ伴奏による初披露となりました。
細川碧(1902.5.15~1950.8.21)は、記録によればオーケストラ作品なども数多く作曲していますが、その譜面の多くが散逸してしまい、ほとんど演奏される機会のない謎に満ちた作曲家です。今回は藝大の図書館に所蔵されている数少ない譜面の中から、《明治天皇御製》を選曲しました。曲は国民精神総動員運動に寄与するため、明治天皇の4編の和歌に東京音楽学校の教員たちが競作の形で作曲した、いかにも戦時下の音楽といえる意味合いの曲です。

(Sop:金持亜実/Alt:山下裕賀/Ten:大平倍大/Bar:今尾滋)
そしてコンサートの最後を飾ったのが、戦没学生の草川宏(1921.10.28~1945.6.2)の《昭南島入城祝歌》でした。太平洋戦争(大東亜戦争)開始間もない1942年2月、日本軍は当時イギリス軍が統治していたシンガポールに侵攻し、わずか10日余りで陥落させ、シンガポールを「昭南島」という日本名に改めました。内地ではその勝利に湧きかえり、祝賀行事なども開かれましたが、そうした中で生まれたのが、佐藤惣之助の『昭南島入城祝歌』という詩です。
その詩に当時、本科作曲部2年生だった草川さんが作曲を試みたのがこの曲です。草川さんは、当初ソリストとコーラス、そしてオーケストラという大規模な編成によるカンタータの構想を持っていたようですが、スコアの完成には至らず、残された譜面はピアノ伴奏による2種類のスケッチのみでした。そこで今回は、作曲家の高橋宏治さんに補作と編曲を依頼し、草川さんが目指したであろうオーケストラの響きを蘇らせようと考えました。演奏時間30分の大作で、片山さんは「学生が当時このような曲を書こうとしていたとはある意味衝撃的」と評していました。
◆ホワイエでの展示
今回もまた、ホワイエでは自筆譜あるいは附属図書館所蔵の貴重楽譜など、コンサートで取り上げた曲の譜面を中心に資料を展示しました。入場者は400名で、そのうちクラウドファンディングのご支援者は約40名でした。

◆収支報告(2018.8.4現在)
今回のクラウドファンディングでは、イベント開催費250万円の一部に充てるため、100万円を目標金額に設定しました。ご支援は順調に伸び、最終的に目標を大きく上回る171万円のご支援が集まりました。コンサートは終了したものの、現時点では経費の最終的な締めが出ていないため下記は概算です。ご支援いただいた1,710,000円は、全額を「楽譜浄書・編曲等音楽費」「演奏者等出演費」「スタッフ人件費」に充てさせていただきます。
●楽譜浄書・編曲等音楽費……………………………230,000円
●演奏者等出演費……………………………………1,040,000円
●舞台技術者、会場整理等スタッフ人件費…………600,000円
●リターングッズ制作費………………………………330,000円
●今後に実行する見学会等のリターンの経費……… 40,000円
●チラシ、プログラム等印刷費………………………180,000円
●リターン等郵送代…………………………………… 80,000円
●その他物品購入費…………………………………… 50,000円
合計 2,550,000円
◆リターンの発送状況
ご支援者全員へのリターンであるクリアファイル、「東京藝大アーカイブズ友の会」会員証(すでに会員である方を除く)、さらに10,000円以上のご支援者へのリターンである29日(日)のコンサートのご招待券(希望者)と、昨年のコンサートのライブ録音盤CDはすでに送付済みです。それ以外のリターンについては、これからの対応となります。概ね以下のようなスケジュールになりますので、リターンを心待ちにしている皆さまには申し訳ありませんが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。近々、文書にてご案内をお送りします。
3,000円のリターン
・オリジナルクリアファイル(全員)……発送済み
・「東京藝大アーカイブズ友の会」会員証(すでに会員の方を除く)……発送済み
10,000円のリターン(コンサートにお越しいただける方)
・7月29日(日)コンサートのご招待券……発送済み
・昨年のコンサートのライブ録音盤CD……発送済み
10,000円のリターン(コンサートにお越しいただけない方)
・7月29日(日)コンサートの録音CD……9月中に発送予定
・昨年のコンサートのライブ録音盤CD……発送済み
30,000円のリターン(10,000円のリターンは上記参照)
・大学史史料室の解説付き見学会or奏楽堂バックステージ・ツアー……近日中に複数の候補日を決めてご案内いたします。
50,000円のリターン(30,000円のリターンは上記参照)
・7月29日(日)コンサートの記録DVD……10月中に発送予定
100,000円のリターン(50,000円のリターンは上記参照)
・演奏藝術センター主催コンサートにご招待……近日中にご案内、9~11月に奏楽堂で行われる演奏会のうち、演奏藝術センター主催の6公演が対象となります。
◆今後の計画について
2年間にわたって、皆さまからのご支援で展開してきた「戦没学生のメッセージ」プロジェクトは、2回の演奏会で20曲ほどの戦没学生の音楽作品を紹介し、さらに大学史史料室のホームページでは、彼らの資料も少しずつ公開するところまでこぎつけました。しかし大学としてのアーカイブ構築という大きな目標の点では、まだまだ不十分と言わざるを得ません。このプロジェクトにゴールはないとも言えます。これからは皆さまからのご支援だけに頼らずとも、大学として自立の道をも探りながら、「Web資料館」(仮称)の開設などアーカイブの充実を図っていく所存です。これからも引き続き我々の活動を見守っていただきたく、応援のほどよろしくお願い申し上げます。
プロジェクト代表実行者 大石 泰(東京藝術大学演奏藝術センター)
